余命七日の治癒魔法師

鈴野あや(鈴野葉桜)

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プロローグ

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 それは突然だった。胸の辺りが苦しくなって、息ができなくなる。隣には大好きな婚約者がいたから、心配をかけまいと無理矢理笑顔を顔に張り付けた。けれどその虚勢は長くは続かかなかった。

 体中から冷や汗が止まらなくなり、嗚咽がひどくなる。さすがに婚約者もエマの体調が良くないことに気づいたのだろう。横になるといい、とソファを勧めてきた。それはとてもありがたい提案で、申し訳ないと思いつつも頷く。

 婚約者の手を借りて椅子から立ち上がろうとするが、その前に一際大きな波が押し寄せてきた。どうにかしてやり過ごそうとするものの、その勢いに負けて胃からせりあがってきたものを口から吐き出してしまう。最初は汚物だと思っていた。吐く姿を見られたくなくて、せめて視界に映らないようにと婚約者から背を向ける。そうして背を向いて耐えきれず吐いてみたら、口の中は鉄の味が広がっていた。不思議に思い、目をそっと開けてみると、そこには汚物ではなく、血の水たまりがカーペットを汚していた。




 十五歳の誕生日に突如としてエマを襲った病気の名前は、魔力過多症。体に不釣り合いな量の魔力を体が作り出してしまう恐ろしい病。治療法は解明されておらず、病にかかった者は死を待つしかない。だからエマも例に漏れず、余命一年を宣告された。

 こんな厄介な病を抱えた婚約者との婚約は破棄をするのが普通だ。しかしエマの婚約者は婚約を破棄することを中々認めようとしなかった。政略結婚にしては珍しい、相思相愛の婚約者だったからだ。だからエマは余命宣告をされた数日後に両親へ告げた。

 レオナルド殿下との婚約者を辞退いたします、と。

 エマの病に悲しみに暮れていた両親は、エマとレオナルドが相思相愛であることを知っていた。だからこそ両親は最後まで頷こうとはしなかった。それでもその背中を押したのは他ならないエマだった。

「レオには、幸せになって欲しいから。私ではレオを、レオナルド殿下を幸せにしてあげられないもの」

 病を発症して、すでに一カ月が経つ。一カ月前までは元気に外を歩くことも出来たのに、今ではベッドから起き上がることすらできない。そんなエマがレオナルドにしてあげられることは、婚約者の地位から退くことだけ。

 レオナルドは今後、リアム国の王となる人物だ。そんな人物の足を、エマが引っ張っていいわけがない。それにエマが言い出さなくても、レオナルドの父である国王、ライアンがエマとの婚約続行を許すはずがない。だから他人に言われる前に、自身の口から辞退を申し出たかった。

 もちろん後悔などあるはずがない、と言いたいところだが、内心は後悔しかない。

 もっとレオナルドと一緒にいたかった。色んな感情を分かち合いたかった。出来ることならレオナルドと未来を一緒に歩んでいきたかった。

 あれから食事もまともに喉を通らず、肌も魔力にやられてかさついている。こんな姿をレオナルドに見られたくはなかった。レオナルドの記憶の中でだけいい。ずっと綺麗なエマでいたかった。だから両親が渋々頷いたあとに、一つだけ願った。

「お父様、お母様、お願いがあるの。レオにはこんな酷い姿見られたくない。だからもう、この部屋にはレオを通さないで」

 青空みたいだと褒めてくれたエマの瞳は、魔力過多症の影響で金色へと色彩を変えていた。そんな金の瞳から一筋の涙を流す。

「もう、会えないかもしれないのよ?」

 母であるロゼッタは優しかった。エマのことを女性目線で気遣い、見舞いを申し出るレオナルドを今日までの一カ月の間ずっと断り続けてくれた。それでもこうやって言ってくるのは、エマの余命があと十一カ月しかないからだ。

「それでも、いいの」

「分かったわ……。でも覚えておいてちょうだい。私の可愛いエマ。レオナルド殿下は、病気のことを知っても、それでも貴女を妃にと望んでいてくれたことを」

「そうだぞ、エマ。もしレオナルド殿下に会いたくなったら、言いなさい。私たちのことは気にしなくていい。だから最後まで、自由に生きてくれ」

「……っ、ありがとう、お父様、お母様」

 鼻の奥がツンと痛む。ぼろぼろと零れる涙は止まる気配がなかった。そんなエマを二人が優しく抱きしめてくれる。けれど二人の背に手を回す力すらエマにはなく、ただ二人の温かさをその身に受け止めることしかできなかった。




 婚約の辞退は、速やかに受理された。

 そしてエマの願いが両親によって叶えられ、レオナルドがエマの部屋のドアを叩いたのは、十五歳の誕生日の日が最後となった。
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