3 / 41
第二話
しおりを挟む
王国騎士団専属の治癒魔法師としての仕事は、治癒魔法さえ使えればそこまで難しくはない。フォルモーサの令嬢として様々な教養を身に着けなければならなかった頃も確かに忙しく充実はしていたが、その時とは別の意味で充実しているとも言えた。
基本的に治癒魔法師は、小さないながらも与えられた診療室という名の個室で、怪我をしてきた騎士たちを手当てするのが主な仕事だ。騎士が交代制で任務についているように、治癒魔法師もそれに合わせて交代制で勤務しているのが現状である。とはいえそれほど大変な仕事でもない。王国の騎士といえば何千人もいるが、擦り傷や打撲などは重症でない限り魔法に頼らず、普通の治療をする医者が診てくれるからだ。
だから十人という少数精鋭で交代しながら勤務についていた。これについては治癒魔法という魔法が使える者自体がとても希少な存在であるため、仕方ないことである。
日中は鍛錬場への出張も仕事内容に含まれているので五人、夜勤は何か起こったときに対応できるように控えているだけなので二人が常駐している。勤務時間は十二時間と結構長いが、人が来ない時は休憩しているようなものなので、それほど疲れることもない。それに四日に一度は必ず休みがもらえるので、働き詰めという訳でもなかった。
午前の診療が終わり、数十分の休憩を挟んで午後の診療へと移る。壁に貼ってある予定表を確認すると、午後から鍛錬場への出張する治癒魔法師の名前にはエマの名前が記載されていた。鍛錬場には包帯やカーゼなどは常に置かれているし、治癒魔法師ということだけあって、特別に持っていくものは何もない。エマは診療室のドアにかけていたプレートを外出中へ裏返すと、ウィリアムを引き連れて鍛錬場へと向かった。
鍛錬場の入り口に到着すると、早速金属同士がぶつかり合う音や足音、魔法を打ち合う音等、鍛錬中の音が幾つも聞こえてくる。
普段と同じように堂々とした足取りで中に入った。
鍛錬場は王城の中とは違い、汗や土埃の匂いが充満している。外ではあるが、やはり大人数が鍛錬している場所とあって、匂いはどうしても残ってしまう。春という比較的体を動かしやすい気候ではあるが、動けば汗を掻いてしまうは人間として当たり前のことなのだから仕方がない。貴族の令嬢や子息はこの汗や土埃の匂いを毛嫌いする傾向があるようだが、エマは別段気になることはなかった。むしろこうして汗水垂らして鍛錬をし、いざというときに民を守るために前線へと立ってくれているのだ。そんな彼らの匂いを毛嫌いする理由が見当たらなかった。
鍛錬場内に一か所だけ屋根のついた区画があり、そこには同僚である他の治癒魔法が座っていた。挨拶を交わし、治癒魔法師である彼女と交代をする。今日あったことや、注意してほしいことなど、引き継ぎをして、エマは置いてある椅子に座った。
ウィリアムはといえば、当然とばかりに椅子に座ったエマの斜め後ろに控えるように立った。本音を言えば、ウィリアムにも楽な体勢をしていて欲しいのだが、こればかりはウィリアムが頑なに譲ってくれないのですでに諦めていた。
怪我人がいなければ、エマの仕事は特にない。怪我人がいないことは喜ばしいことなので、騎士たちが鍛錬している姿をぼうっとしながら眺めていた。
「――――」
「―――、――――――」
汗水垂らしながら、騎士たちが鍛錬する中、ふと若い女性の声が耳に入った。その女性と会話をしているのか、男性の声も聞こえてくる。内容まではさすがに聞こえてはこないが、楽しそうな雰囲気だけは伝わってきた。
(たまにいるのよね。興味本位で見に来る令嬢たちが)
鍛錬場を囲うように、観覧席が設けられているため、騎士たちの姿を見にやってくる令嬢が一日に何人か訪れることがある。騎士たちの中には顔の造形が整っており、腕がたしかな者も何人かいるのでその人たち目当てに来ているのだ。鍛錬している姿が格好良く見えるのか、そういう令嬢たちは匂いも気にせず日参することが多い。
(でも男性とこの場所に来る令嬢は、そうそういないはず)
もしかして自身の侍従と足を運んだのだろうか。
(いや、そうしたらこんなにも和気あいあいと話すはずがない)
そう思い、興味本位で声のする方向へ視線を向けた。
そうして二人の姿を視界にとらえた途端、後悔がエマを襲う。
「レオ……ミア……」
そこには、見目麗しい男女がいた。女性の方は数週間振りに、男性の方は五年ぶりにその姿を見たが、エマがその姿を見間違えるはずがなかった。
基本的に治癒魔法師は、小さないながらも与えられた診療室という名の個室で、怪我をしてきた騎士たちを手当てするのが主な仕事だ。騎士が交代制で任務についているように、治癒魔法師もそれに合わせて交代制で勤務しているのが現状である。とはいえそれほど大変な仕事でもない。王国の騎士といえば何千人もいるが、擦り傷や打撲などは重症でない限り魔法に頼らず、普通の治療をする医者が診てくれるからだ。
だから十人という少数精鋭で交代しながら勤務についていた。これについては治癒魔法という魔法が使える者自体がとても希少な存在であるため、仕方ないことである。
日中は鍛錬場への出張も仕事内容に含まれているので五人、夜勤は何か起こったときに対応できるように控えているだけなので二人が常駐している。勤務時間は十二時間と結構長いが、人が来ない時は休憩しているようなものなので、それほど疲れることもない。それに四日に一度は必ず休みがもらえるので、働き詰めという訳でもなかった。
午前の診療が終わり、数十分の休憩を挟んで午後の診療へと移る。壁に貼ってある予定表を確認すると、午後から鍛錬場への出張する治癒魔法師の名前にはエマの名前が記載されていた。鍛錬場には包帯やカーゼなどは常に置かれているし、治癒魔法師ということだけあって、特別に持っていくものは何もない。エマは診療室のドアにかけていたプレートを外出中へ裏返すと、ウィリアムを引き連れて鍛錬場へと向かった。
鍛錬場の入り口に到着すると、早速金属同士がぶつかり合う音や足音、魔法を打ち合う音等、鍛錬中の音が幾つも聞こえてくる。
普段と同じように堂々とした足取りで中に入った。
鍛錬場は王城の中とは違い、汗や土埃の匂いが充満している。外ではあるが、やはり大人数が鍛錬している場所とあって、匂いはどうしても残ってしまう。春という比較的体を動かしやすい気候ではあるが、動けば汗を掻いてしまうは人間として当たり前のことなのだから仕方がない。貴族の令嬢や子息はこの汗や土埃の匂いを毛嫌いする傾向があるようだが、エマは別段気になることはなかった。むしろこうして汗水垂らして鍛錬をし、いざというときに民を守るために前線へと立ってくれているのだ。そんな彼らの匂いを毛嫌いする理由が見当たらなかった。
鍛錬場内に一か所だけ屋根のついた区画があり、そこには同僚である他の治癒魔法が座っていた。挨拶を交わし、治癒魔法師である彼女と交代をする。今日あったことや、注意してほしいことなど、引き継ぎをして、エマは置いてある椅子に座った。
ウィリアムはといえば、当然とばかりに椅子に座ったエマの斜め後ろに控えるように立った。本音を言えば、ウィリアムにも楽な体勢をしていて欲しいのだが、こればかりはウィリアムが頑なに譲ってくれないのですでに諦めていた。
怪我人がいなければ、エマの仕事は特にない。怪我人がいないことは喜ばしいことなので、騎士たちが鍛錬している姿をぼうっとしながら眺めていた。
「――――」
「―――、――――――」
汗水垂らしながら、騎士たちが鍛錬する中、ふと若い女性の声が耳に入った。その女性と会話をしているのか、男性の声も聞こえてくる。内容まではさすがに聞こえてはこないが、楽しそうな雰囲気だけは伝わってきた。
(たまにいるのよね。興味本位で見に来る令嬢たちが)
鍛錬場を囲うように、観覧席が設けられているため、騎士たちの姿を見にやってくる令嬢が一日に何人か訪れることがある。騎士たちの中には顔の造形が整っており、腕がたしかな者も何人かいるのでその人たち目当てに来ているのだ。鍛錬している姿が格好良く見えるのか、そういう令嬢たちは匂いも気にせず日参することが多い。
(でも男性とこの場所に来る令嬢は、そうそういないはず)
もしかして自身の侍従と足を運んだのだろうか。
(いや、そうしたらこんなにも和気あいあいと話すはずがない)
そう思い、興味本位で声のする方向へ視線を向けた。
そうして二人の姿を視界にとらえた途端、後悔がエマを襲う。
「レオ……ミア……」
そこには、見目麗しい男女がいた。女性の方は数週間振りに、男性の方は五年ぶりにその姿を見たが、エマがその姿を見間違えるはずがなかった。
3
あなたにおすすめの小説
助けた騎士団になつかれました。
藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。
しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。
一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。
☆本編完結しました。ありがとうございました!☆
番外編①~2020.03.11 終了
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
社畜の私は異世界でも社畜精神が残ったままだった
木嶋うめ香
恋愛
貴族学園の小さな部屋で、私は一人書類仕事に追われていた。
今日も寮には帰れそうにない、机の上には大量の未処理の書類。
せめて空腹を紛らわそうと、ビスケットを鞄から取り出し水を汲んでこようとして立ち上がった途端、視界が暗くなり倒れた。
床に倒れた反動で、頭を床にぶつける。
その衝撃で思い出した、私は前世ブラック企業に勤めていた社畜で、二十三連勤サービス残業付きの末、体調を崩し亡くなったアラサー営業職だった。
他サイトでもアップしています。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる