余命七日の治癒魔法師

鈴野あや(鈴野葉桜)

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第十五話

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 リカルドはエマの自室でも、リカルドの部屋でもない、数ある客室の一室の扉を開けた。

「入ってください、姉上」

「わかったわ」

 なぜ客室なのか疑問が沸くが、リカルドが意味のないことをしないのは姉であるエマが一番理解している。だから疑いもなくその部屋に足を踏み入れた。エマの後ろには当たり前のようにウィリアムが控えている。信用のおける侍従であることはリカルドも知っていたので、ウィリアムが一緒に部屋の中へ入ってきても、なにも言うことはしなかった。むしろウィリアムも含めて、用があったのかもしれない。

 客室の中にあるソファに腰を下ろせば、自然な動作でウィリアムはソファの後ろに控えた。リカルドはエマが座ったソファの対面にあるソファに腰を下ろし、真っすぐにエマを見つめた。その瞳にはどこか申し訳なさが浮かんでいた。

「どうしたの?」

 リカルドが言いにくいのであればと、言い出す手助けをすれば、リカルドは息を一つ吐いて実は、と切り出した。

「今日姉上たちが街へ出かけている間、王城へ仕事の関係で出向いていたのですが、そこでレオナルド殿下とミアカーナに偶然会いまして。その際に主にレオナルド殿下からではありますが、尋ねられたのです。『エマは魔物討伐に治癒魔法師として同行するのか』と」

 公爵でもある父親のもう一つの職業、宰相は継がなくとも、公爵の位は嫡男であるリカルドが受け継ぐことになる。次期公爵ともなれば、王城で行わなければならない仕事も多々ある。そしてその仕事の幾つかは王家の者たちも関わってくるものがある。

 だからリカルドも必然的に、王家の者たちが生活をしている範囲に足を踏み入れることになる。この三日間のうちにリカルドや父親がレオナルドに偶然会うことも予想していた。もちろんこんなに早く会うとは思ってもみなかったが。

「ちなみにそれは、肯定の意味で聞かれたの? それとも魔物討伐の話が出ているから?」

 前者の場合だとすでにばれているも同じだ。後者であることを祈るしかない。

「口ぶりからしておそらく後者かと。A級の魔物討伐となると、王族にも伝えられますから。まだ治癒魔法師の発表がなかったため、姉上ではないかと心配していたようです。念のため姉上ではないことと、魔物討伐に行く治癒魔法師と、元々申請していた姉上の休暇日が偶然重なったことを伝えしておきました」

「そう、ありがとうリカルド」

 リカルドの機転に心から礼を伝える。

「しかし、本当によろしいのですか?」

「なにが?」

「レオナルド殿下に本当のことを伝えなくて、です」

 ミアカーナに伝えないで欲しいと口止めした時点で、一度はリカルドも納得していたはずだ。

 しかしレオナルドが心配そうになって尋ねきたせいか、迷いが生じてきたらしい。

(本当に心の優しい弟だわ)

 エマがお願いをしたことなのに、リカルドの方が心を痛めている。優しくなければ、胸は痛まないはずだ。エマはソファから立ち上がり、リカルドの隣へ再び腰を下ろした。膝上に置かれている手を両手でそっと包み込む。

「……いいのよ。知ってしまったら、お優しいレオナルド殿下は私のことを止めてしまうと思うから。リカルドにも変に気遣わせてしまって、ごめんなさい」

「俺のことはどうだっていいんです。ただ、すれ違う二人を見てられない……ただ、それだけですから」

(すれ違う二人、ね……)

 リカルドの言葉に胸が痛くなる。その痛みに気づかないふりをして、顔に笑顔を張り付けた。

「何を言っているのよ、リカルド。私とレオナルド殿下はすれ違ってなんていないわ。だってもう終わったことなんだもの。それに今の婚約者はミアなのよ」

「ミアはあくまでも婚約者候補、です」

「候補でもミアに代わりないわ。私はレオナルド殿下の婚約者ではないの。今は治癒魔法師のエマなのよ」

 何度かリカルドとの押し問答が続き、最初に折れたのはリカルドの方だった。その顔には諦め半分、そしてなぜかすっきりとした表情が浮かんでいた。

「……姉上は頑固者ですね」

「知らなかった?」

「ここまでとは知りませんでした」

「ふふっ、そう」

「姉上」

 顔を上げれば、ミアカーナと同じ橙の瞳は真っすぐにエマを見ていた。

「なに?」

「姉上は今、幸せですか?」

「幸せよ。こうして余命一年と言われていたのに、諦めずに努力をしたから、余命からさらに四年も生きることができた。そして今は人の命を助けられる立場にある。それってとても素敵なことでしょう?」

「余命の残り七日にして、魔力過多症を克服できた人の言葉は重いですね」

「七日は余計よ。生きていければそれでいいのよ。ねぇリカルド、手を開いてもらえるかしら」

 エマが包み込んでいる方の手を、リカルドが力を抜いて開けてくれた。ラッピングされた小さな箱をウィリアムから受け取り、その手の上に置く。

「これは?」

「開けてみて」

 街で購入した箱の中に入っているのは、家族お揃いのピアスだ。

「家族全員でお揃いの物をつけるって中々ないでしょう? だから欲しくて今日街で買ったのよ。お父様とお母様もつけてくださっているよ。もちろん私も」

 亜麻色の髪を耳の後ろに持っていき、耳についているピアスを見せる。

「つけてみても?」

「ええ、もちろんよ」

 リカルドは顔を綻ばせながら、片耳にピアスをつけてくれた。

「お揃いね」

「はい。とても嬉しいです、姉上。ありがとうございます」

「どういたしまして。さあ、話はこれで終わりよ。お父様たちが待つリビングへ向かいましょう?」

「はい。あ、ですがその前に一つけよろしいですか?」

「いいわよ」

「姉上、レオナルド殿下にもらったピアスはもうその耳に飾らないのですか? 婚約者ではなくてもそれくらいは許されるでしょう?」

 レオナルドにピアスをプレゼントしてもらってから、何度もそのピアスで耳を飾ってきた。エマが嬉しそうに耳を触っていたのを、ピアス関連で思い出したのだろう。

 つけるつもりはない。そう口に出すつもりだったが、ふとアネットとリターニャの言葉を思い出す。

『気持ちを抑えるだけ、エマが辛くなるだけでしょう? 私はエマの親友だもの。エマには幸せになってほしいから。レオナルド殿下と結ばれる運命ではなくても、レオナルド殿下を想う心はエマのものよ。そんなエマの心を縛る人なんて誰もいないでしょう?』

『アネットの言う通りさ。私も今の旦那と結婚する前は、好きな人がいたよ。まあ失恋したけどね。それをいつか乗り越えられた時、エマにも新しい好きな人が現れるさ。私のようにね。だからその時まで、その恋心を大事にすればいい』

(そうだったわ。私の心は私のもの、よね)

 元に戻るつもりはない。

 レオナルドの隣にはエマではなく、ミアカーナがいる。

 エマは公爵令嬢ではなく、治癒魔法師なのだから。

 でも、心は。心だけは自由でいいのかもしれない。

 だからこそ、ここから踏み出してもいいのではないかと思った。第一歩を踏み出すいいきっかけだ。

「ありがとう、リカルド。久しぶりに今度つけてみるわ」

「……っ、はい!」

 まさかリカルドも、エマがつけると口にするとは思ってもみなかったのだろう。目を大きく見開けたのち、自分のことのように嬉しそうに笑ってくれた。
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