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第十六話
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両親と出かけた日の夜。
ベッドの上で本を読んでいると、エマの部屋のドアを誰かがノックをする音がした。
「だれ?」
ウィリアムがなにか言いに戻ってきたのかと声を上げるが、ドアの向こうからしたのはミアカーナの声だった。
「お姉様、入ってもいいかしら」
夕食はミアカーナが王城で食べてきたため、今日顔を合わせるのは今が初めてとなる。魔物討伐前にピアスを渡しておきたかったので、ちょうどいいタイミングだと思った。
「もちろん、いいわよ」
拒否する理由も特にないので、すぐに入室を承諾する。読みかけだった本を閉じて枕元に置いたタイミングで、ミアカーナがドアを開け、中へと入ってきた。
「就寝前にごめんなさい」
「構わないわ。まだ本を読んでいただけだから。それに私もミアに用があったもの」
色んな人の目がある王城ではミアカーナと一線を引いた話し方をしていたが、公爵家ではそんな目を気にする必要はない。だからエマはレオナルドの婚約者候補としてではなく、姉妹としてミアカーナに話しかけた。それがミアカーナも嬉しかったのか、胸を撫で下ろしているようにも見えた。
「私に、ですか?」
「ええ。けれどミアも私に用があって来たのでしょう? 私の用はそれからでいいわ」
ミアカーナにソファに座るよう促し、その隣にエマも腰かける。けれどミアカーナは口を開いては閉じ、また開いては閉じの繰り返しをするばかりで、エマの部屋まで来たはいいものの、いざとなって話すかどうかを迷っているようだ。
だからエマは急かすことはせず、ただ隣でミアカーナが話始めるのを待った。特に時間に追われているわけでも、眠いわけでもない。幸いなことに明日も休暇日だ。少しくらい寝るのが遅くなったところで、大した影響は出ない。
無音が部屋を包むこと数分。ようやく気持ちの決心がついたのか、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「お姉様」
「なに?」
「あの……」
「うん」
「お姉様は、まだレオナルド様のことを好きでいらっしゃいますか?」
(鍛錬場でのことを気にしていたのね……)
レオナルドの態度は、明らかにエマのことを想っていた。婚約者としてそれほど悔しいことはない。
ミアカーナの問いかけに少し前のエマなら、胸の痛みを堪えて即座に否定をしたことだろう。下手にミアカーナを不安がらせたくはなかったからだ。
けれど今のエマは違った。
アネットとリターニャの言葉に心は自由だと背中を押され、リカルドにピアスを再びつけることを後押しされたからだ。
「ええ、今でも好きよ」
ミアカーナは覚悟して聞いてきたとはいえ、その衝撃もやはり大きかったのだろう。唇を噛みしめ、下を向いてしまった。そんなミアカーナの頭を優しく撫でる。
「でもねミア。私はレオナルド殿下の隣に立とうなんて、もう考えてはいないの。私はもう子どもを産めない体になってしまったから」
「お姉様……ごめんなさい」
エマにとって一番辛い言葉を言わせたからなのか、ミアカーナはその橙の瞳を潤ませていた。エマをはっと見上げるその顔は、どこか罪悪感があった。
「いいのよ、ミア。気にしないで。それよりもね、私はレオナルド殿下の隣ではないけれど、こうして治癒魔法師として役に立てていることが嬉しいのだから。今はそれでいいのよ。今の婚約者はミア、貴女なのだからもっと自信を持ちなさい」
好きという言葉で、ミアを傷つけたかったわけではない。レオナルドのことは確かに好きだが、ミアカーナのことも大切な家族で妹なのだから。
ミアはエマがレオナルドの婚約者である時から、レオナルドのことを異性として想っていた。それは叶わぬ恋だったというのに、エマが魔力過多症になったことで降って沸いてきた地位。もうエマが戻れないと知っていても、不安は拭い切れないのだろう。
「でも、まだ候補でしかないわ」
「大丈夫よ、ミアなら。だって私の自慢の妹ですもの。自信を持ちなさい」
「お姉様……ありがとうございます」
「そんな自信のないミアにこれをあげるわ」
「これは……?」
ミアカーナに渡したのは、リカルドに渡した物と同じ。揃いのピアスが入った、可愛らしく包装された小さな箱だった。
「開けてみて」
エマに促され、ミアカーナは包装紙を丁寧に開けていった。
「このピアス、リカルドたちがつけてた」
「ええ、私が皆に贈ったの。家族全員でお揃いの物って中々なかったでしょう? だから皆にプレゼントをしたくて」
「嬉しい。……ありがとう、ございます」
「いいのよ。だからミアもたまにでいいの。これをつけてくれないかしら?」
ピアス自体には何の細工もない。ただエマが揃いのピアスをつけて家族を身近に感じられるように、ミアカーナにも家族を身近に感じて欲しかった。いつでも、どんな時でも、エマたち家族は、ミアカーナの味方だと。
「……やっぱりお姉様には勝てませんわ」
「今、なんて?」
ミアカーナがぼそりと呟いた言葉が聞こえず首を傾げる。しかしミアカーナがそれを教えてくれることはなかった。耳につけていたピアスを外し、代わりにエマがプレゼントをしたピアスをつけてくれた。
その顔にエマに対する嫉妬はまだ見え隠れしていた。けれどその感情とは別に、どこかすっきりとした感情が混ざっていたのも見て取れた。
耳にはエマたちと揃いのピアスが輝いていた。
「お姉様、私レオナルド殿下を慕っています」
「知っているわ」
「だからお姉様には負けません。いろんな意味で」
まさかの宣言に目が丸くなる。エマはすでに婚約者を降りた身だ。すでに勝敗だと見えているというのに、なぜそんなエマに宣戦布告をしてくるのか。瞬きを数回していると、ミアカーナにくすりと笑いを零した。数年振りにミアカーナの本当の笑みを見られた気がする。
ミアカーナはピアスを嬉しそうに指で触りながら、廊下へと続く扉へゆっくりと歩いていった。扉を開き、その扉の向こう側に消える間際、ミアカーナは一度だけ振り返った。
「私、レオナルド殿下を慕っていますけれど、それよりもお姉様のこと、大好きなんです。おやすみなさい」
まるでそれは告白のようだった。
ベッドの上で本を読んでいると、エマの部屋のドアを誰かがノックをする音がした。
「だれ?」
ウィリアムがなにか言いに戻ってきたのかと声を上げるが、ドアの向こうからしたのはミアカーナの声だった。
「お姉様、入ってもいいかしら」
夕食はミアカーナが王城で食べてきたため、今日顔を合わせるのは今が初めてとなる。魔物討伐前にピアスを渡しておきたかったので、ちょうどいいタイミングだと思った。
「もちろん、いいわよ」
拒否する理由も特にないので、すぐに入室を承諾する。読みかけだった本を閉じて枕元に置いたタイミングで、ミアカーナがドアを開け、中へと入ってきた。
「就寝前にごめんなさい」
「構わないわ。まだ本を読んでいただけだから。それに私もミアに用があったもの」
色んな人の目がある王城ではミアカーナと一線を引いた話し方をしていたが、公爵家ではそんな目を気にする必要はない。だからエマはレオナルドの婚約者候補としてではなく、姉妹としてミアカーナに話しかけた。それがミアカーナも嬉しかったのか、胸を撫で下ろしているようにも見えた。
「私に、ですか?」
「ええ。けれどミアも私に用があって来たのでしょう? 私の用はそれからでいいわ」
ミアカーナにソファに座るよう促し、その隣にエマも腰かける。けれどミアカーナは口を開いては閉じ、また開いては閉じの繰り返しをするばかりで、エマの部屋まで来たはいいものの、いざとなって話すかどうかを迷っているようだ。
だからエマは急かすことはせず、ただ隣でミアカーナが話始めるのを待った。特に時間に追われているわけでも、眠いわけでもない。幸いなことに明日も休暇日だ。少しくらい寝るのが遅くなったところで、大した影響は出ない。
無音が部屋を包むこと数分。ようやく気持ちの決心がついたのか、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「お姉様」
「なに?」
「あの……」
「うん」
「お姉様は、まだレオナルド様のことを好きでいらっしゃいますか?」
(鍛錬場でのことを気にしていたのね……)
レオナルドの態度は、明らかにエマのことを想っていた。婚約者としてそれほど悔しいことはない。
ミアカーナの問いかけに少し前のエマなら、胸の痛みを堪えて即座に否定をしたことだろう。下手にミアカーナを不安がらせたくはなかったからだ。
けれど今のエマは違った。
アネットとリターニャの言葉に心は自由だと背中を押され、リカルドにピアスを再びつけることを後押しされたからだ。
「ええ、今でも好きよ」
ミアカーナは覚悟して聞いてきたとはいえ、その衝撃もやはり大きかったのだろう。唇を噛みしめ、下を向いてしまった。そんなミアカーナの頭を優しく撫でる。
「でもねミア。私はレオナルド殿下の隣に立とうなんて、もう考えてはいないの。私はもう子どもを産めない体になってしまったから」
「お姉様……ごめんなさい」
エマにとって一番辛い言葉を言わせたからなのか、ミアカーナはその橙の瞳を潤ませていた。エマをはっと見上げるその顔は、どこか罪悪感があった。
「いいのよ、ミア。気にしないで。それよりもね、私はレオナルド殿下の隣ではないけれど、こうして治癒魔法師として役に立てていることが嬉しいのだから。今はそれでいいのよ。今の婚約者はミア、貴女なのだからもっと自信を持ちなさい」
好きという言葉で、ミアを傷つけたかったわけではない。レオナルドのことは確かに好きだが、ミアカーナのことも大切な家族で妹なのだから。
ミアはエマがレオナルドの婚約者である時から、レオナルドのことを異性として想っていた。それは叶わぬ恋だったというのに、エマが魔力過多症になったことで降って沸いてきた地位。もうエマが戻れないと知っていても、不安は拭い切れないのだろう。
「でも、まだ候補でしかないわ」
「大丈夫よ、ミアなら。だって私の自慢の妹ですもの。自信を持ちなさい」
「お姉様……ありがとうございます」
「そんな自信のないミアにこれをあげるわ」
「これは……?」
ミアカーナに渡したのは、リカルドに渡した物と同じ。揃いのピアスが入った、可愛らしく包装された小さな箱だった。
「開けてみて」
エマに促され、ミアカーナは包装紙を丁寧に開けていった。
「このピアス、リカルドたちがつけてた」
「ええ、私が皆に贈ったの。家族全員でお揃いの物って中々なかったでしょう? だから皆にプレゼントをしたくて」
「嬉しい。……ありがとう、ございます」
「いいのよ。だからミアもたまにでいいの。これをつけてくれないかしら?」
ピアス自体には何の細工もない。ただエマが揃いのピアスをつけて家族を身近に感じられるように、ミアカーナにも家族を身近に感じて欲しかった。いつでも、どんな時でも、エマたち家族は、ミアカーナの味方だと。
「……やっぱりお姉様には勝てませんわ」
「今、なんて?」
ミアカーナがぼそりと呟いた言葉が聞こえず首を傾げる。しかしミアカーナがそれを教えてくれることはなかった。耳につけていたピアスを外し、代わりにエマがプレゼントをしたピアスをつけてくれた。
その顔にエマに対する嫉妬はまだ見え隠れしていた。けれどその感情とは別に、どこかすっきりとした感情が混ざっていたのも見て取れた。
耳にはエマたちと揃いのピアスが輝いていた。
「お姉様、私レオナルド殿下を慕っています」
「知っているわ」
「だからお姉様には負けません。いろんな意味で」
まさかの宣言に目が丸くなる。エマはすでに婚約者を降りた身だ。すでに勝敗だと見えているというのに、なぜそんなエマに宣戦布告をしてくるのか。瞬きを数回していると、ミアカーナにくすりと笑いを零した。数年振りにミアカーナの本当の笑みを見られた気がする。
ミアカーナはピアスを嬉しそうに指で触りながら、廊下へと続く扉へゆっくりと歩いていった。扉を開き、その扉の向こう側に消える間際、ミアカーナは一度だけ振り返った。
「私、レオナルド殿下を慕っていますけれど、それよりもお姉様のこと、大好きなんです。おやすみなさい」
まるでそれは告白のようだった。
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