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第三十話
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あと自分にはわずかな時間しか残されていない。
(余命七日の日から、五年も長く生きられたのよ、エマ。そのことに満足しないでどうするのよ)
そう自身を慰めてみるものの、生きたいという思いがどうしても勝ってしまう。
「……うだ」
悲しみに暮れていると、レオナルドが何かを呟いた声が耳に届いた。レオナルドに視線を向けると、涙に塗れた瞳が希望を見つけ出したようにエマを見つめていた。
「エマ、耳は聞こえるかい? 聞こえるなら返事をしなくていい。ただ僕が今から言うことを実行してみて欲しいんだ」
(レオが言うことを?)
首を動かすことはできないので、とにかく話の続きを聞くことにした。
「僕はウィリアムから、エマが倒れる前にどんな風に活躍をしたか少しだけ聞いたんだ。ねぇ、エマ。この王城……ううん、この部屋だけでもいいんだ。『オムニア』の治癒魔法を使ってくれないか?」
「王太子殿下、なぜそのようなことを今のエマに!!」
非道な願いだと思ったのだろう。咎めるような口調でハリーがレオナルド申し立てる。
「わかっている! ただ、これしかエマを助ける方法が浮かばないんだ!!」
確かにレオナルドの願いは、傍から見れば現状維持がやっとのエマにとって非道な願いだ。しかしエマに好きだと伝えたばかりのレオナルドが、そんな非道なことをするだろうか。そこまで考えてレオナルドがやろうとしていることがわかってしまった。
(私の魔力を少しでも少なくしようとしているってこと?)
『オムニア』を使用した魔法であれば、範囲を固定したあと、その範囲内の者が完全に治癒しない限り、魔力の発動は止まらない。王城には何千人、という規模の人数が勤めている。さらには鍛錬場に騎士たちもいる。その人たちが怪我を全くしていない状態というのは現実的にはありえないこと。つまり『オムニア』が使用できれば、一時的とはいえ、エマの体への負担はかなり少なくなる。
それに体内に治癒魔法をかけるより、外に治癒魔法として魔力を放出する方が、ずっと体への負担が少ない。体内にかけ続けるということは、魔力が外に放出されないため、治癒魔法であっても、体内に同じ量の魔力が残り続けると同意義だからだ。
余命七日の時に成功したのは、今よりも魔力量がずっと少なかった上に、治癒魔法に魔力を変換したことによって体が耐えきれるラインに落ち着いたからだ。
(やってみる価値は……あるわ)
ただ、魔法の発動には呪文を唱える必要がある。そのためには声を出す必要があった。
(治癒魔法でなんとか治して動かしているのは、聴覚と視覚。この部分にかけている治癒魔法を喉へと集めれば、なんとかなるかもしれない)
ずっとでなくてもいいのだ。呪文を唱える数秒だけ持てば、それだけでいい。
ただ、失敗する可能性もある。失敗する覚悟ではなく、成功することだけを祈って魔法を使うつもりだが、その前に、と家族、ウィリアム、そしてレオナルドの顔を順に見ていった。
その間に、レオナルドが部屋にいる者たちへ説明をしたらしく、気づけば部屋中の視線がエマに集まっていた。
(やればできるわ、エマ。助かるために、成功させくちゃ駄目なのよ)
片方の手をリカルドとミアカーナが、そしてもう片方の手をレオナルドが握っているのが視界の端に映った。その光景を最後に、視覚と聴覚へと流していた治癒魔法を喉へと映す。数秒もしないうちに大きな耳鳴りが再開し、視界もぼんやりとしてきた。
「……ぁ、……っ…………」
治癒魔法を流して回復を待つ。ある程度回復したところで、声を試しに出してみた。まるで老婆のような枯れた声であったが、無事に出ることが確認できた。それだけで耳鳴り以上の歓声が、うっすらと聞こえてくる。呪文を唱えることが出来るのだと、喜んでくれたのだろう。しかしエマに届くような歓声が聞えたのは一秒ほどのみ。すぐに耳鳴りにかき消されてしまった。
最大限回復できるところまで、喉の回復を待つ。そうしてもうこれ以上は無理だろうと判断したところで、呪文を唱えた。
「メ、ア・ドー……ナ」
討伐時のように、すらすらと唱えることができない。ただ唇を動かし、喉から声を出すだけで死にそうなほどに苦しい。
「ア……っ、ボートゥ……ム・オム、ニア……」
それでもエマは呪文を唱えることを止めなかった。この部屋にいる皆が、討伐に一緒に向かった仲間たちが,エマが生きることを望んでくれているのだ。辛いからといって投げ出すわけにはいかない。
「サーナ・ヴ、ルネ……ラ!」
時間をかけて、呪文を紡ぎ終えると同時に、体から魔力が放出されていくのが分かった。エマは範囲を鍛錬場などを含む王城全体に指定する。範囲内にいる何千人という人たちを治療するために、エマから大量の魔力が抜けていく。もちろんエマが放出できる量ずつなため一気に減るわけではない。それでも確実に魔力は抜けていっていた。
体から魔力が減っていくおかげで、少しずつではあるが体が楽になっていく。魔物と対峙しているわけでもないので、魔力が増えることはない。繊細な魔力操作が必要となるため、頭痛がするものの、魔力に体を蝕まれる痛みに比べたらずっとましだった。
しかし順調に減っていったのは、最初の方のみ。
何千人という人が勤めている王城に、重病人がいるわけもなく、徐々に治癒魔法を必要とする者が減っていった。
体の感覚や視力や聴覚といった機能が戻り始めるが、いまだに多い魔力のせいで、体は満足に動かすことができない。
レオナルドの作戦は成功したものの、まだエマの体の中には大量の魔力が有り余っていた。
討伐前のエマの魔力が十だとすれな、魔物を討伐して増幅し終えた魔力が百ほどになる。その感覚でいえば、今の放出で残った魔力は七十ほどだ。三十まで減れば強引に魔力を抑えることができるが、あと四十をどうにかして放出しなければならない。しかし治癒魔法はほぼ全員を治癒し終えたことで静かに終わろうとしていた。
徐々に魔力を必要としなくなっていく治癒魔法に焦った時、なぜか治癒魔法に必要な魔力量が再び増え始めた。
(どうして……?)
その答えは、エマの近くにあった。
(余命七日の日から、五年も長く生きられたのよ、エマ。そのことに満足しないでどうするのよ)
そう自身を慰めてみるものの、生きたいという思いがどうしても勝ってしまう。
「……うだ」
悲しみに暮れていると、レオナルドが何かを呟いた声が耳に届いた。レオナルドに視線を向けると、涙に塗れた瞳が希望を見つけ出したようにエマを見つめていた。
「エマ、耳は聞こえるかい? 聞こえるなら返事をしなくていい。ただ僕が今から言うことを実行してみて欲しいんだ」
(レオが言うことを?)
首を動かすことはできないので、とにかく話の続きを聞くことにした。
「僕はウィリアムから、エマが倒れる前にどんな風に活躍をしたか少しだけ聞いたんだ。ねぇ、エマ。この王城……ううん、この部屋だけでもいいんだ。『オムニア』の治癒魔法を使ってくれないか?」
「王太子殿下、なぜそのようなことを今のエマに!!」
非道な願いだと思ったのだろう。咎めるような口調でハリーがレオナルド申し立てる。
「わかっている! ただ、これしかエマを助ける方法が浮かばないんだ!!」
確かにレオナルドの願いは、傍から見れば現状維持がやっとのエマにとって非道な願いだ。しかしエマに好きだと伝えたばかりのレオナルドが、そんな非道なことをするだろうか。そこまで考えてレオナルドがやろうとしていることがわかってしまった。
(私の魔力を少しでも少なくしようとしているってこと?)
『オムニア』を使用した魔法であれば、範囲を固定したあと、その範囲内の者が完全に治癒しない限り、魔力の発動は止まらない。王城には何千人、という規模の人数が勤めている。さらには鍛錬場に騎士たちもいる。その人たちが怪我を全くしていない状態というのは現実的にはありえないこと。つまり『オムニア』が使用できれば、一時的とはいえ、エマの体への負担はかなり少なくなる。
それに体内に治癒魔法をかけるより、外に治癒魔法として魔力を放出する方が、ずっと体への負担が少ない。体内にかけ続けるということは、魔力が外に放出されないため、治癒魔法であっても、体内に同じ量の魔力が残り続けると同意義だからだ。
余命七日の時に成功したのは、今よりも魔力量がずっと少なかった上に、治癒魔法に魔力を変換したことによって体が耐えきれるラインに落ち着いたからだ。
(やってみる価値は……あるわ)
ただ、魔法の発動には呪文を唱える必要がある。そのためには声を出す必要があった。
(治癒魔法でなんとか治して動かしているのは、聴覚と視覚。この部分にかけている治癒魔法を喉へと集めれば、なんとかなるかもしれない)
ずっとでなくてもいいのだ。呪文を唱える数秒だけ持てば、それだけでいい。
ただ、失敗する可能性もある。失敗する覚悟ではなく、成功することだけを祈って魔法を使うつもりだが、その前に、と家族、ウィリアム、そしてレオナルドの顔を順に見ていった。
その間に、レオナルドが部屋にいる者たちへ説明をしたらしく、気づけば部屋中の視線がエマに集まっていた。
(やればできるわ、エマ。助かるために、成功させくちゃ駄目なのよ)
片方の手をリカルドとミアカーナが、そしてもう片方の手をレオナルドが握っているのが視界の端に映った。その光景を最後に、視覚と聴覚へと流していた治癒魔法を喉へと映す。数秒もしないうちに大きな耳鳴りが再開し、視界もぼんやりとしてきた。
「……ぁ、……っ…………」
治癒魔法を流して回復を待つ。ある程度回復したところで、声を試しに出してみた。まるで老婆のような枯れた声であったが、無事に出ることが確認できた。それだけで耳鳴り以上の歓声が、うっすらと聞こえてくる。呪文を唱えることが出来るのだと、喜んでくれたのだろう。しかしエマに届くような歓声が聞えたのは一秒ほどのみ。すぐに耳鳴りにかき消されてしまった。
最大限回復できるところまで、喉の回復を待つ。そうしてもうこれ以上は無理だろうと判断したところで、呪文を唱えた。
「メ、ア・ドー……ナ」
討伐時のように、すらすらと唱えることができない。ただ唇を動かし、喉から声を出すだけで死にそうなほどに苦しい。
「ア……っ、ボートゥ……ム・オム、ニア……」
それでもエマは呪文を唱えることを止めなかった。この部屋にいる皆が、討伐に一緒に向かった仲間たちが,エマが生きることを望んでくれているのだ。辛いからといって投げ出すわけにはいかない。
「サーナ・ヴ、ルネ……ラ!」
時間をかけて、呪文を紡ぎ終えると同時に、体から魔力が放出されていくのが分かった。エマは範囲を鍛錬場などを含む王城全体に指定する。範囲内にいる何千人という人たちを治療するために、エマから大量の魔力が抜けていく。もちろんエマが放出できる量ずつなため一気に減るわけではない。それでも確実に魔力は抜けていっていた。
体から魔力が減っていくおかげで、少しずつではあるが体が楽になっていく。魔物と対峙しているわけでもないので、魔力が増えることはない。繊細な魔力操作が必要となるため、頭痛がするものの、魔力に体を蝕まれる痛みに比べたらずっとましだった。
しかし順調に減っていったのは、最初の方のみ。
何千人という人が勤めている王城に、重病人がいるわけもなく、徐々に治癒魔法を必要とする者が減っていった。
体の感覚や視力や聴覚といった機能が戻り始めるが、いまだに多い魔力のせいで、体は満足に動かすことができない。
レオナルドの作戦は成功したものの、まだエマの体の中には大量の魔力が有り余っていた。
討伐前のエマの魔力が十だとすれな、魔物を討伐して増幅し終えた魔力が百ほどになる。その感覚でいえば、今の放出で残った魔力は七十ほどだ。三十まで減れば強引に魔力を抑えることができるが、あと四十をどうにかして放出しなければならない。しかし治癒魔法はほぼ全員を治癒し終えたことで静かに終わろうとしていた。
徐々に魔力を必要としなくなっていく治癒魔法に焦った時、なぜか治癒魔法に必要な魔力量が再び増え始めた。
(どうして……?)
その答えは、エマの近くにあった。
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