34 / 41
第三十三話
しおりを挟む
つられるようにエマもライアンと同じ方向へ視線を向ける。
「え…………」
そこには、先程の立ち位置より数歩前に出たレオナルドが微笑んで立っていた。
「この国の王太子、レオナルド・フォン・スペルクスとの婚約を再度認めようと思う」
目を丸くして、口が開いたままのエマに、ライアンが耳を疑うようなことを口にした。
「どういう、ことですか……?」
かろうじて絞り出した声はなんとも情けなかった。
しかし聞かずしてはいられなかった。
レオナルドとの婚約は魔力過多症になった五年前に解消された。言い出したのはエマからではあるが、速やかに処理された。そして魔力過多症を克服してからも婚約解消が無しになることはなかった。その理由は、自身の身に絶えず治癒魔法をかけているせいで、子どもを宿すことができなくなってしまったからだ。
しかし貴族の権力構成を考えるには、レオナルドの相手はフォルモーサ公爵家の者が望ましい。そんな理由もあってミアカーナとの婚約に変わった。
魔力が増幅し、どうにか膨大な魔力を治癒魔法として徐々に制御できるようになってきた今も、子どもを宿す可能性はゼロに等しい上に、ミアカーナという婚約者もいる。どうしてこのようなことになってしまったのか理解をすることができなかった。
そんなエマの疑問に答えてくれたのは、一人の少女の声だった。
「国王陛下、発言をお許し頂けますでしょうか?」
「ミアカーナ・フォルモーサか。発言を許す」
背後から聞こえてきた声は妹であるミアカーナのものだった。振り返れば、そこには臣下の礼をとったミアカーナが頭を下げていた。ライアンが発言を許したことによって、顔を上げる。そこにあった顔は、数日前に見舞いに来てくれた時に、元気になってきたエマを喜ぶ表情と同じものがあった。
「お姉様、お姉様が魔物討伐に出かける際、帰ってきたらお話がたくさんしたいと言っていたこと、覚えていますか?」
「ええ、もちろん。でも、そのことと何が関係あるの? 魔物討伐に出かける前の夜にミアが部屋を訪ねてきたときに貴女言ったじゃない。私には負けません、って」
互いにレオナルドが好きなのだと話した夜。確かにミアカーナはそう言っていたことを覚えている。
「言ったことは覚えていますわ。でも私はそのあとにこう言ったはずですわ『いろんな意味で』と」
いろんな意味で。その言葉が何を指していたのか、エマが聞くことはなかった。でもそれはエマが、レオナルドに関することで、だと思っていたからだ。
「実はあの時、決めていたのですわ。レオナルド殿下と婚約を解消しようと。……まあ、婚約解消というよりは婚約者候補を降りると言った方が正しいかもしれませんが」
「え……?」
「お姉様に負けませんと言ったのは、レオナルド殿下のことではなく、お姉様のような素敵な女性になることを負けません、と。そういう意味だったのです。お姉様は私の目標であり、いずれ追い越したい人物でもあるのですから」
「でも、レオナルド殿下をお慕いしているって」
「言いましたわ。でも、お姉様やレオナルド殿下が両想いであることを知っていながら、邪魔をすることはどうしてもできませんでしたの。……だって私、お姉様のことも大好きなんですもの。それに私、この失恋を新しい恋で乗り越えることに致しましたの。お姉様に負けないくらい素敵な恋にしてみせますわ!」
照れたように笑うミアカーナに涙がこみ上げてくる。
「お姉様は幸せになるべきですわ。だってこんなに頑張り屋で素敵な私のお姉様なんですもの。……私に遠慮なんていりませんわ。ですからこの褒章をお受け取りください」
嘘偽りのない瞳は、真っ直ぐとエマを見据えていた。
アネットやリターニャ、リカルドたちに言われた言葉を思い出す。
(私も自分の気持ちに正直になってもいいのかもしれないわ……)
エマは意を決して、ライアンの方へ体を向けた。
「国王陛下、此度の褒章とても嬉しく存じます。しかしながら、私の体は子供を宿すことができない身。それでもレオナルド殿下との婚約をさせていただけるのでしょうか?」
「その件ならば問題ない。レオナルドやウィルフレッドと話はすでについておる。此度の褒章に伴い、ウィルフレッド・フォン・スペルクスとミアカーナ・フォルモーサの婚約も決定したのだよ」
「そうなのですか?」
名前を呼ばれたウィルフレッドがエマの後ろにいたミアカーナの元へ行き、元いた場所へと連れ帰る。レオナルドとウィルフレッド。系統は違うが、どちらも顔はかなり整っている。そんなウィルフレッドに連れていかれ、現在腰を抱かれているミアカーナは顔を真っ赤にしていた。
(ウィルがミアの新しい恋の相手なの?)
ウィルフレッド第二王子でありながら、騎士団副団長という立派な実力を持っている。浮いた話こそ聞いたことはないが、こうしてミアカーナの反応を見る限り女性の扱いにも長けていそうだ。
混乱している頭で、謎の分析をしながら、ライアンの話に続きに耳を傾ける。
「レオナルドとエマ嬢。二人の間に子供が出来なかった場合、ウィルフレッドとミアカーナ嬢の子供をお前たち二人の養子にすることで、この婚約という褒章が決まった。もちろんミアカーナ嬢には了承を得ておる」
国の情勢上、どうしても今代でフォルモーサの血を王家に入れる必要がある。これは貴族間の中でも決定していた事項のため、レオナルドとエマの婚約が破棄となった際に、ミアカーナが選ばれた。だからこの決定もわからないでもない。
しかしこの褒章のために様々な人が動いてくれたことはわかる。ウィルフレッドと自身の娘を婚約させて王家と顔を繋いでおきたい貴族は決して少なくないのだから。
「私は幸せになってもいいのでしょうか……?」
ぽつりと口から零れ出た言葉は、エマの本心だった。
「もちろんだよ、エマ。僕はエマと幸せな人生を歩むことを望んでいる」
エマの疑問を肯定したのは、いつの間にか歩み寄ってきていたレオナルドだった。
「レオ」
「それにね、僕以外の者たちもそうだよ。貴族も平民も関係ない。魔物討伐で多くの騎士たちを治癒して、死亡者数を数人に抑えた治癒魔法師としてのエマの力は誰もが認めているものだ。そんなエマが不幸になるなんて、そんなの誰も許しはしない。そうでしょう?」
謁見室にいる貴族たちに向けて、レオナルドが問いかける。その問いに答えるように、謁見室には拍手が鳴り響いた。
「この拍手はエマに送られたものだよ」
レオナルドは自身のことのように嬉しそうに微笑み、そのままその場で跪く。
「エマ・フォルモーサ。僕と結婚してくださいますか?」
まるで物語の中のような光景に、口元は自然と上がっていた。
「はい。喜んでお受けいたします」
差し出された手に、自身の手を乗せて頷く。
その瞬間、謁見室は割れんばかりの歓声と、さらに大きな拍手が鳴り響いた。
「え…………」
そこには、先程の立ち位置より数歩前に出たレオナルドが微笑んで立っていた。
「この国の王太子、レオナルド・フォン・スペルクスとの婚約を再度認めようと思う」
目を丸くして、口が開いたままのエマに、ライアンが耳を疑うようなことを口にした。
「どういう、ことですか……?」
かろうじて絞り出した声はなんとも情けなかった。
しかし聞かずしてはいられなかった。
レオナルドとの婚約は魔力過多症になった五年前に解消された。言い出したのはエマからではあるが、速やかに処理された。そして魔力過多症を克服してからも婚約解消が無しになることはなかった。その理由は、自身の身に絶えず治癒魔法をかけているせいで、子どもを宿すことができなくなってしまったからだ。
しかし貴族の権力構成を考えるには、レオナルドの相手はフォルモーサ公爵家の者が望ましい。そんな理由もあってミアカーナとの婚約に変わった。
魔力が増幅し、どうにか膨大な魔力を治癒魔法として徐々に制御できるようになってきた今も、子どもを宿す可能性はゼロに等しい上に、ミアカーナという婚約者もいる。どうしてこのようなことになってしまったのか理解をすることができなかった。
そんなエマの疑問に答えてくれたのは、一人の少女の声だった。
「国王陛下、発言をお許し頂けますでしょうか?」
「ミアカーナ・フォルモーサか。発言を許す」
背後から聞こえてきた声は妹であるミアカーナのものだった。振り返れば、そこには臣下の礼をとったミアカーナが頭を下げていた。ライアンが発言を許したことによって、顔を上げる。そこにあった顔は、数日前に見舞いに来てくれた時に、元気になってきたエマを喜ぶ表情と同じものがあった。
「お姉様、お姉様が魔物討伐に出かける際、帰ってきたらお話がたくさんしたいと言っていたこと、覚えていますか?」
「ええ、もちろん。でも、そのことと何が関係あるの? 魔物討伐に出かける前の夜にミアが部屋を訪ねてきたときに貴女言ったじゃない。私には負けません、って」
互いにレオナルドが好きなのだと話した夜。確かにミアカーナはそう言っていたことを覚えている。
「言ったことは覚えていますわ。でも私はそのあとにこう言ったはずですわ『いろんな意味で』と」
いろんな意味で。その言葉が何を指していたのか、エマが聞くことはなかった。でもそれはエマが、レオナルドに関することで、だと思っていたからだ。
「実はあの時、決めていたのですわ。レオナルド殿下と婚約を解消しようと。……まあ、婚約解消というよりは婚約者候補を降りると言った方が正しいかもしれませんが」
「え……?」
「お姉様に負けませんと言ったのは、レオナルド殿下のことではなく、お姉様のような素敵な女性になることを負けません、と。そういう意味だったのです。お姉様は私の目標であり、いずれ追い越したい人物でもあるのですから」
「でも、レオナルド殿下をお慕いしているって」
「言いましたわ。でも、お姉様やレオナルド殿下が両想いであることを知っていながら、邪魔をすることはどうしてもできませんでしたの。……だって私、お姉様のことも大好きなんですもの。それに私、この失恋を新しい恋で乗り越えることに致しましたの。お姉様に負けないくらい素敵な恋にしてみせますわ!」
照れたように笑うミアカーナに涙がこみ上げてくる。
「お姉様は幸せになるべきですわ。だってこんなに頑張り屋で素敵な私のお姉様なんですもの。……私に遠慮なんていりませんわ。ですからこの褒章をお受け取りください」
嘘偽りのない瞳は、真っ直ぐとエマを見据えていた。
アネットやリターニャ、リカルドたちに言われた言葉を思い出す。
(私も自分の気持ちに正直になってもいいのかもしれないわ……)
エマは意を決して、ライアンの方へ体を向けた。
「国王陛下、此度の褒章とても嬉しく存じます。しかしながら、私の体は子供を宿すことができない身。それでもレオナルド殿下との婚約をさせていただけるのでしょうか?」
「その件ならば問題ない。レオナルドやウィルフレッドと話はすでについておる。此度の褒章に伴い、ウィルフレッド・フォン・スペルクスとミアカーナ・フォルモーサの婚約も決定したのだよ」
「そうなのですか?」
名前を呼ばれたウィルフレッドがエマの後ろにいたミアカーナの元へ行き、元いた場所へと連れ帰る。レオナルドとウィルフレッド。系統は違うが、どちらも顔はかなり整っている。そんなウィルフレッドに連れていかれ、現在腰を抱かれているミアカーナは顔を真っ赤にしていた。
(ウィルがミアの新しい恋の相手なの?)
ウィルフレッド第二王子でありながら、騎士団副団長という立派な実力を持っている。浮いた話こそ聞いたことはないが、こうしてミアカーナの反応を見る限り女性の扱いにも長けていそうだ。
混乱している頭で、謎の分析をしながら、ライアンの話に続きに耳を傾ける。
「レオナルドとエマ嬢。二人の間に子供が出来なかった場合、ウィルフレッドとミアカーナ嬢の子供をお前たち二人の養子にすることで、この婚約という褒章が決まった。もちろんミアカーナ嬢には了承を得ておる」
国の情勢上、どうしても今代でフォルモーサの血を王家に入れる必要がある。これは貴族間の中でも決定していた事項のため、レオナルドとエマの婚約が破棄となった際に、ミアカーナが選ばれた。だからこの決定もわからないでもない。
しかしこの褒章のために様々な人が動いてくれたことはわかる。ウィルフレッドと自身の娘を婚約させて王家と顔を繋いでおきたい貴族は決して少なくないのだから。
「私は幸せになってもいいのでしょうか……?」
ぽつりと口から零れ出た言葉は、エマの本心だった。
「もちろんだよ、エマ。僕はエマと幸せな人生を歩むことを望んでいる」
エマの疑問を肯定したのは、いつの間にか歩み寄ってきていたレオナルドだった。
「レオ」
「それにね、僕以外の者たちもそうだよ。貴族も平民も関係ない。魔物討伐で多くの騎士たちを治癒して、死亡者数を数人に抑えた治癒魔法師としてのエマの力は誰もが認めているものだ。そんなエマが不幸になるなんて、そんなの誰も許しはしない。そうでしょう?」
謁見室にいる貴族たちに向けて、レオナルドが問いかける。その問いに答えるように、謁見室には拍手が鳴り響いた。
「この拍手はエマに送られたものだよ」
レオナルドは自身のことのように嬉しそうに微笑み、そのままその場で跪く。
「エマ・フォルモーサ。僕と結婚してくださいますか?」
まるで物語の中のような光景に、口元は自然と上がっていた。
「はい。喜んでお受けいたします」
差し出された手に、自身の手を乗せて頷く。
その瞬間、謁見室は割れんばかりの歓声と、さらに大きな拍手が鳴り響いた。
0
あなたにおすすめの小説
助けた騎士団になつかれました。
藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。
しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。
一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。
☆本編完結しました。ありがとうございました!☆
番外編①~2020.03.11 終了
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
社畜の私は異世界でも社畜精神が残ったままだった
木嶋うめ香
恋愛
貴族学園の小さな部屋で、私は一人書類仕事に追われていた。
今日も寮には帰れそうにない、机の上には大量の未処理の書類。
せめて空腹を紛らわそうと、ビスケットを鞄から取り出し水を汲んでこようとして立ち上がった途端、視界が暗くなり倒れた。
床に倒れた反動で、頭を床にぶつける。
その衝撃で思い出した、私は前世ブラック企業に勤めていた社畜で、二十三連勤サービス残業付きの末、体調を崩し亡くなったアラサー営業職だった。
他サイトでもアップしています。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる