サキュバスちゃんは、今度こそ人生を謳歌したい

鈴野あや(鈴野葉桜)

文字の大きさ
21 / 33

第二十一話

しおりを挟む
 スノウマリーの案内の元、リディアリアたちは国境近くの森を歩み進んだ。ただ、スノウリリィの元までは距離があるらしく、道中気になっていたことをリディアリアは聞いて見せることにした。

「ねぇ、スノウマリー。貴女本当に魔王の妃になりたいの?」

 歯に衣着せぬ、率直な質問だった。その質問に、泣いたせいで目下が赤くなっているスノウマリーは、リディアリアを一瞥してまた前を見た。

「なりたいわ。スノウリリィのためにも、私は妃にならなくてはいけないの」

「スノウリリィのため? ディティラスが好きなんじゃなくて?」

「ディティラス様は素敵なお方よ。でも、恋愛対象として見ることはできないわ。だって、恐怖しか感じないんですもの」

「恐怖?」

 リディアリアは首を傾げた。ディティラスのどこに恐怖を感じるものがあるのだろうか。

 仕事もでき、身体能力も高く、容姿端麗で優しい。そして魔族の中でもトップに立つ魔王でもある。だから昔は適齢期に入った魔族の女性がたくさん群がっていた。素敵な要素しかないのに、なぜスノウマリーは恐怖しか感じないのだろうか。

「肩書に見合うだけの仕事ができ、騎士と試合をしても負けなしの身体能力。これだけ見れば完璧なお方よ。でも容姿端麗なのにどんなお話をしても無表情、どんな物事も興味がないのか淡々と事を進める姿は恐怖でしかないわ」

(ディティラスが無表情? 淡々と物事を進める? そんなディティ、私は知らない……)

 リディアリアの知るディティラスはそんな魔族ではない。面白いことがあれば笑うし、楽しいことがあれば、進んで一緒にやってくれる。決して無表情でも、他事に興味が沸かない魔族ではない。

 魔族違いなのでは、と思った。しかし魔王であるディティラスを間違えるなんてマネ、スノウマリーがするはずがない。ならばとライトニングとルナへ聞くことにした。二人ともディティラスのことをよく知っている。二人に聞けば確実だろう。

「ライトニング、ルナ。違うよね? ディティは表情豊かで、淡々と物事を進める魔族ではないよね?」

 疑問形ではあるが、確信を持った質問だった。二人ならば首を縦に振ってくれるであろうと信じて。

 けれど返ってきたのは、否。

 二人とも縦ではなく、横に首を振った。そしてその表情にはどこか痛ましげなものがあった。

「リディアリア様が深い眠りについたあと、ディティラス様は変わられました。戦争が終結し、目を覚まさないリディアリア様を抱きかかえて戻ってきたディティラス様は涙を流しておられました。そして……それが最後の表情でもありました」

 呼吸は辛うじてしているものの、固く閉ざされた瞼は開くことなく、その唇からは慣れ親しんだ声も発せられない。そんなリディアリアを大事に抱え、ディティラスは戦争から戻ってきたという。そしてリディアリアをベッドへ寝かせると、表情と感情を戦場へ置いてきてしまったかのように戦争の後始末を取り組んだらしい。その姿は鬼気迫るものがあったといいう。

「嘘……」

 到底信じられない話に、つい口をポカンと開けてしまう。

「それだけ大事だったのですよ。リディアリア、貴女のことがね。もしあのままリディアリアが息を引き取っていたら、自決していたかも知れません」

 リディアリアがあのまま静かに息を引き取るか、それとも長い眠りののち目覚めるのか。そればかりは誰にもわからなかったという。幸いリディアリアの息が止まることなく、心臓も動き続けたおかげで、目覚めることを切望したディティラスは、リディアリアに再び会うためだけに生き続けてきた。

 それでもリディアリアにいない生活に、感情と表情を失った。表情豊かなディティラスを知らない魔族たちは、そんなディティラスに恐怖しか覚えなかったらしい。その一人がスノウマリーであり、現在のディティラスに女性たちが群がらない理由でもあった。

 知らなかった。深い眠りについていたとはいえ、リディアリアがずっとディティラスを傷つけ続けていたのには変わりない。

「帰ったら、謝らないと」

「そうですね」

 十年も眠り続け、余命半年になった体になったとしても、魔法を使ったことに後悔はない。でもディティラスをそこまで傷つけてしまっていたなんて、考えてもみなかった。複雑な表情をするリディアリアにライトニングは優しく同意をし、頭を一撫でしてくれた。

 話が脱線してしまったこともあって、リディアリアが元の話に戻すと、スノウマリーはなぜ妃になろうかを素直に話してくれた。

「私と違って、妹は半人半魔。人族と魔族、互いの国への行き来も増えたので、半人半魔もいないことはないわ。ですが、それでも半人半魔は稀な存在に変わりありませんの。そして年を重ねた魔族からしたら、中途半端な存在は余計に目をつくのですわ。だから半人半魔の妹を持つ私が妃になれば、妹の立場ももう少しよくなるのでは、と思いましたの」

 スノウマリーの顔に深い皺が刻み込まれる。

(そういうことか……)

 長いこと人族と魔族は戦争をしてきた。だから戦争が終わった今でも、人族を嫌う魔族や、魔族を嫌う人族は少なからず存在する。特にスノウは山奥の氷に囲まれた場所に好んで住む。そういう閉鎖的な考えを持つ魔族が多くいたのだろう。

 怖くとも妹のために。その想いだけで、なれるかもわからない妃になろうとし、リディアリアを蹴落とそうと必死になっていた。あの表情は嫉妬ではなく、必死の形相だったのだと今になってわかる。

 なんだか喧嘩を買おうとした自身が恥ずかしくなってきた。

 最初の印象はだんだんと変化を見せ、今では妹を大切にする素敵な姉にしか見えない。礼儀などを差し引いても、印象を変化させるには十分の話だった。

 話をしているうちに、スノウリリィの元へ辿り着いたのだろう。

 スノウマリーは森の中にひっそり存在していた岩を指さした。一見、なんの変哲もないただの大きな岩。

(けど、近づいてよくみればわかる。あれがただの岩じゃないってことは)

 ごつごつした岩を集中してよくみれば、そこにはおかしな点が一つあった。岩の一部が太陽の光を浴びて反射していたのだ。

「あの岩の一部に偽装して、スノウマリーを隠してありますわ」

 スノウは氷系統の魔法を使用する。詳しくは実際に使用している姿を見たことがないのでわからないが、その魔法で凍らせて、岩と同化させることによって偽装をしたのだろう。

 たしかに氷で閉じ込めてしまえば、魔物も身動きが取れなくなる。けれどそれはずっと持つものではない。魔法は同じ種族魔法でも使う者によって、威力は変化する。スノウマリーは上級魔族といっても、まだ年若い。数か所ヒビ割れているが、それでもここまで持っただけ上出来というべきだろう。

「スノウマリー、魔法を解いていいよ。ただ解いた後はすぐに隠れること」

 遠くへ離れて、と指示をしないのは、目が届かない位置ではもしものことがあった場合に助けることができないからだ。近くにいれば、魔物をそちらへ行かせないこともできるし、いざというとき助けにいくことができる。それでも近すぎてしまえば攻撃の邪魔にもなってしまう恐れがあるため、遠すぎず近すぎないニキロほど先のところへ隠れてもらう手筈となっている。

 ルナから再び槍を受け取り、構えをとる。ライトニングもルナも同じく、己の得物を手に、魔物がどう動いても対処できるよう見据えていた。

「……わかりましたわ」

 リディアリアたち三人の姿を順に見て、スノウマリーは大きく深呼吸をした。

「……氷解せよ」

 魔物を覆っていた氷が徐々に脆くなっていき、中から魔物が出ようとする動きによって、幾つもの亀裂が音を立てて入っていく。最初は小さなものでも、亀裂がどんどん大きくなり、他の亀裂と繋がっていくことによって氷が砕けることとなった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あざとさを捨てた令嬢は、若き公爵に溺愛される

古紫汐桜
恋愛
婚約者の裏切りを目撃し、命を落とした“私”が目を覚ましたのは、 見知らぬ貴族令嬢の身体の中だった。 そこは、誰かの悪意によって評判を地に落とした世界。 かつて“あざとさ”で生きていた彼女の代わりに、 私はその人生を引き受けることになる。 もう、首を揺らして媚びる生き方はしない。 そう決めた瞬間から、運命は静かに歪み始めた。 冷酷と噂される若公爵ユリエル。 彼もまた、自らの運命に抗い続けてきた男だった。 そんな彼が、私にだけ見せた執着と溺愛。 選び直した生き方の先で待っていたのは、 溺れるほどの愛だった。 あざとさを捨てた令嬢と、運命に翻弄される若公爵。 これは、“やり直し”では終わらない、致命的な恋の物語。

婚約破棄された堅物令嬢ですが、鬼の騎士団長の娘として宮廷の陰謀を暴くのに忙しいので、美貌のカストラート(実は王子)に溺愛される暇はありません

綾森れん
恋愛
「お前のような真面目くさった女はいらない。婚約は破棄させてもらう!」 婚約者だった公爵令息に冷酷に言い放たれたリラ・プリマヴェーラ。 だが、彼女の心にあったのは悲しみではなく―― 十年前の王族暗殺事件を調査したいという情熱だった。 伯爵令嬢であるリラは、鉄の掟を守る『鬼の騎士団長』の娘。 彼女には恋よりも何よりも優先すべき使命があった。それは、十年前に幼い王子が暗殺された事件の真相を暴き、父を、そして王国を陰謀から救うこと。 婚約破棄直後、彼女の前に現れたのは、天使の歌声を持つ美貌のカストラート(去勢歌手)、アルカンジェロだった。 彼が十年前の事件について密かに調べていることを、リラは知ってしまう。 真相を探るため、リラは彼を自分の音楽教師として迎え入れ、距離を縮めていく。 事件解決の協力者として彼と接するうち、リラは謎めいたアルカンジェロに危機を救われることになる。 しかし、リラは知らない。 アルカンジェロの正体が、十年前に暗殺されたはずの第三王子であることを。 そして彼にとってリラこそが、初恋の女性であることを。 彼は十年間、密かにリラを想い続けていたのだ。 王位を狙う者たちから身を隠すため、声楽の技術を駆使して、教会歌手として大聖堂で生き延びてきたアルカンジェロだったが、王家を巡る不穏な陰謀が静かに動き始めていた。 捜査に猪突猛進な堅物令嬢と、彼女を影から支え執着を見せる、カストラート歌手のふりをした王子。 宮廷の闇を切り裂く二人の恋と事件の行方は――? ※本作は、過去に投稿していた『真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています』の設定・キャラクター・構成を大幅に改稿し、新作として再構成したものです。 物語の結末やキャラクターの掘り下げを強化しておりますので、初めての方も、以前お読みいただいた方もお楽しみいただけます。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】こっち向いて!少尉さん - My girl, you are my sweetest! - 

文野さと@書籍化・コミカライズ
恋愛
今日もアンは広い背中を追いかける。 美しい近衛士官のレイルダー少尉。彼の視界に入りたくて、アンはいつも背伸びをするのだ。 彼はいつも自分とは違うところを見ている。 でも、それがなんだというのか。 「大好き」は誰にも止められない! いつか自分を見てもらいたくて、今日もアンは心の中で呼びかけるのだ。 「こっち向いて! 少尉さん」 ※30話くらいの予定。イメージイラストはバツ様です。掲載の許可はいただいております。 物語の最後の方に戦闘描写があります。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。

朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。

助けた騎士団になつかれました。

藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。 しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。 一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。 ☆本編完結しました。ありがとうございました!☆ 番外編①~2020.03.11 終了

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

処理中です...