縁仁【ENZIN】 捜査一課 対凶悪異常犯罪交渉係

鬼霧宗作

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事例1 九十九人殺しと孤高の殺人蜂【プロローグ】

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 この男の倫理観はずれている。いや、人間として根本的な部分が大いにずれているのだ。だからこそ、人を殺したって何とも思わないし、そもそも他人を人間として扱っていない。きっと、この世界で人間と呼べるのは自分だけであり、他の人間は道端に転がっている石に等しいのであろう。その石ころに感情があることも知らない。

「――とにかく、女は駄目だ。ただでさえ、ここに無関係の女を連れ込むだけでも面倒なんだよ。しかも、幾ら風呂屋の女だとしても、凶悪な殺人鬼と寝ようとする女なんぞいねぇよ」

 倉科がさらにきつく言い返すと、彼は面白くなさそうに資料を放り投げた。徹夜してまとめ上げた資料が鉄格子の向こう側で散らばる。

「なら、この程度の事件はパスだ。こんな、ちょっと考えれば分かるような事件、わざわざ俺が手をつける義務はねぇよ」

 自分の思い通りにならないと面白くない。まるで子供のような反応であるが、このような事態になることは予め想定済み。彼を相手にして、すんなりと交渉が進むとは思っていない。

「だったら、宝文堂のクリーム焼きプリンでどうだ? しかも、ダースごと買って来てやる。久方ぶりに口と手をクリームでべたべたにしながら甘いもんが食えるぞ」

 交渉決裂と言わんばかりの空気を放っていた彼が、ぴくりと肩を震わせた。どうやら、こちらの交渉条件に食いついたらしい。

 刑務所の食事もさることながら、この拘置所の飯もまずい。そして、なによりも糖分が少ないのは、どこの刑務所飯でも有名な話だ。受刑者の中には甘いものを【甘シャリ】と呼ぶ者がいるくらいである。刑務所や拘置所というものは、それほどまでに甘いものに飢える環境らしい。

「――クリームはプレーンとチョコがミックスされた奴だ。それ以外は認めねぇ」

 案の定、あっさりと交換条件に応じる姿勢を見せてくる彼。倉科は「交渉成立だな」と呟き、引き金から指を外した。甘味の力は恐ろしい。過去に多くの人間を殺した殺人鬼でさえ、従えてしまうのだから。

「ただ、少しばかり時間が必要だなぁ。こうも馬鹿みたいな事件だからよ。俺もそこまでレベルを合わせてやらないと考えがまとまらねぇよ」

 やけに上機嫌になった彼は、自分で資料を拾い集めると、それを眺めながら、こう呟いたのであった。

「まぁ、なんにせよ俺ならもっとスマートに殺るけどなぁ――」

 彼の名前は坂田仁さかたじん……九十九人つくも殺しの殺人鬼だ。
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