縁仁【ENZIN】 捜査一課 対凶悪異常犯罪交渉係

鬼霧宗作

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事例1 九十九人殺しと孤高の殺人蜂【プロローグ】

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 倉科は検閲済みの茶封筒を、鉄格子の隙間から投げ入れた。司法取引と言っても、黙殺されているだけで明確な取り決めはない。それに、彼が興味を持ってくれれば、面倒な交換条件を提示する必要もなかった。とにかく、彼の反応を見るほうが先決であろう。しかし、拳銃だけは下ろさない。鉄格子の向こう側にいるとしても、拳銃だけは絶対に下ろさない。これは物理的な威嚇というよりも、倉科の精神安定剤のようなものだった。

「最初の事件は三ヶ月ほど前に起きた。でもって、今月に入って四人目の犠牲者が出ている。捜査本部を立ち上げて捜査にあたっているが、今のところ有力な手掛かりはなしだ」

 彼は面倒くさそうに立ち上がると、足枷を邪魔そうにしながら茶封筒を拾い上げ、それを片手に気だるげな表情でベッドの上へと戻った。

「被害者は全員未成年の女性――。決まって若い女が狙われている。被害者の友好関係などを洗ってはみたが、共通点はそれくらいで、全くの赤の他人同士だった。大量殺人をやらかした殺人鬼様だ。これくらいの事件、朝飯前だろう?」

 倉科の言葉を丸無視して、彼は茶封筒の中から資料を取り出すと、恐ろしいほどの速さで目を通す。ただペラペラと資料をめくっているだけなのでは――と、何度も疑ったこともあるが、これで彼の頭の中には事件の概要が流れ込んでくるようで、ただ一度目にしただけで、事件の全てを把握してしまう。馬鹿と天才は紙一重というが、彼の場合、狂人と天才は紙一重と例えるべきだろう。

「くくっ……くくくくくくっ。俺が知らない内にシャバも物騒になったなぁ」

「お前が言うな、お前が。むしろ、お前がいなくなって平和になったくらいだ」

 資料に目を通しながら肩を震わせる彼の姿に、倉科は大きな溜め息を漏らした。この光景を見ているだけでも、正直なところ気味が悪くて仕方がない。

「――女だ。一晩だけ好き放題できる女を用意しろ。そうすりゃ、この事件のこと……教えてやってもいいぜぇ」

 司法取引のことを批判しておきながら、しっかりと自分の要求を提示する彼に、倉科は反吐へどが出る思いだった。これまで多くの人間を殺害してきた殺人鬼に、誰が女などあてがうものか。

「駄目だ――。だってお前、散々犯した後に殺すんだろ? そんな要求は認められない」

 倉科が語気を強めると、彼は特に気を悪くするでもなく、実に不気味な笑みを浮かべる。

「別にいいだろうが……。たった一人の人間が犠牲になることで、これから増えるであろう犠牲者をなくすことができるんだ。安いもんじゃねぇか」
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