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事例1 九十九人殺しと孤高の殺人蜂【事件篇】
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あぁ、またいつものやつか――。姉がおかしなことを言っているのは分かっているし、そんなことがあり得ることではないことも理解している。ただ、それを頭ごなしに否定してしまうと、姉は癇癪を起こして、えらく混乱してしまうのだ。完全に肯定してはいけないと、主治医からもお達しを受けているのであるが、穏便に済ませるために、つい話を合わせてしまう。
「そう――。それは怖かったね。でも、もう大丈夫だよ。もうここには来ないって、さっき言ってたよ」
縁がそう言ってやると、姉は本当に安心したかのように胸を大きくなで下ろす。
「良かった――。あんなのがしょっちゅう家に来てたら、きっと頭がおかしくなっちゃうから」
縁の姉である彼女は山本円といい、縁の唯一の肉親だ。ただ、ある事件のせいで後天性の統合失調症になってしまい、身の回りは全て縁が面倒を見ている。
「そうだね。今、ご飯の準備をするから、お姉ちゃんは部屋でもう少し待ってて」
縁は表情に疲れを出さないようにしながら、姉に笑顔を見せるように努めた。姉は縁にだけは心を許しており、言動に不審な点はあるものの、ごく普通のコミニュケーションを取ることができる。主治医が相手だと完全に支離滅裂なことを繰り返すばかりなのであるが。
「縁ちゃん――。やっぱり、あのマネキンは坂田を探していたのかしら。なんとなくだけど、あのマネキン達、お父さんとお母さんに似ていたのよね。そうよ……きっと坂田を探していたんだわ」
袋からカチカチに凍ったピザを取り出しつつ、縁は思わず手を止めてしまった。姉の口からその名前が出てくることは日常茶飯事であり、それもまたすっかりと慣れたものになっているはずなのであるが、どうにもこればかりは別問題になっていた。以前はすでに死刑が執行されたものだとばかり思っていたから、簡単にあしらうことができたのだが、今となってはそうもいかない。実際に坂田は生きていて、縁はその坂田と関わり合いを持っているのだから――。
「そうなのかもね。だから大丈夫だよ。もうここには誰もいない。私とお姉ちゃんだけ」
縁が言うと、それで納得したのか、姉は気味の悪い笑みを浮かべながら、すっと部屋の中へと消えた。縁は小さく溜め息をこぼしつつ、とりあえず皿にのせたピザを電子レンジへと入れ、自分の部屋に荷物を置きに向かった。少しばかり深呼吸をする。姉の言葉に、自分が直面している現実に、改めて気付かされたからだ。動悸がしていた。
「そう――。それは怖かったね。でも、もう大丈夫だよ。もうここには来ないって、さっき言ってたよ」
縁がそう言ってやると、姉は本当に安心したかのように胸を大きくなで下ろす。
「良かった――。あんなのがしょっちゅう家に来てたら、きっと頭がおかしくなっちゃうから」
縁の姉である彼女は山本円といい、縁の唯一の肉親だ。ただ、ある事件のせいで後天性の統合失調症になってしまい、身の回りは全て縁が面倒を見ている。
「そうだね。今、ご飯の準備をするから、お姉ちゃんは部屋でもう少し待ってて」
縁は表情に疲れを出さないようにしながら、姉に笑顔を見せるように努めた。姉は縁にだけは心を許しており、言動に不審な点はあるものの、ごく普通のコミニュケーションを取ることができる。主治医が相手だと完全に支離滅裂なことを繰り返すばかりなのであるが。
「縁ちゃん――。やっぱり、あのマネキンは坂田を探していたのかしら。なんとなくだけど、あのマネキン達、お父さんとお母さんに似ていたのよね。そうよ……きっと坂田を探していたんだわ」
袋からカチカチに凍ったピザを取り出しつつ、縁は思わず手を止めてしまった。姉の口からその名前が出てくることは日常茶飯事であり、それもまたすっかりと慣れたものになっているはずなのであるが、どうにもこればかりは別問題になっていた。以前はすでに死刑が執行されたものだとばかり思っていたから、簡単にあしらうことができたのだが、今となってはそうもいかない。実際に坂田は生きていて、縁はその坂田と関わり合いを持っているのだから――。
「そうなのかもね。だから大丈夫だよ。もうここには誰もいない。私とお姉ちゃんだけ」
縁が言うと、それで納得したのか、姉は気味の悪い笑みを浮かべながら、すっと部屋の中へと消えた。縁は小さく溜め息をこぼしつつ、とりあえず皿にのせたピザを電子レンジへと入れ、自分の部屋に荷物を置きに向かった。少しばかり深呼吸をする。姉の言葉に、自分が直面している現実に、改めて気付かされたからだ。動悸がしていた。
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