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事例2 美食家の悪食【プロローグ】

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 得体のしれない人物――。いいや、化け物が戻ってくる。それはもはや、少女の目には人の皮を被った化け物にしか映らなかった。

 鼻歌混じりの化け物は、その手に計測用のメジャーと、マジックペンを持っていた。ホームセンターなどで売っている、どこにでもありそうなメジャーだ。マジックペンにいたっては言うまでもない。メジャーを引き出すと、それを少女の顔に当て、マジックペンの先っぽを額に押し付けられた。少し位置をずらして、また同じようにマジックペンを押し付けてくる。額から目頭、目頭から鼻の頭、鼻の頭から鼻の下、そしてあご――。頭から下に向かって、何度かマジックペンを押し付けられた。

 果たして何をしているのか……。理解不能なその行動に、少女は恐ろしさを通り越して興味すら抱いた。相変わらず口の中はパンパンで、吐き出すこともできなければ、飲み込むなんて冗談じゃない。呼吸は苦しいし、その呼吸に混じって何とも言えない臭いが肺へと落とし込まれるのが、なんとも不気味だった。

 化け物が再び少女の元を離れる。そして、今度は計測用のメジャーやマジックペンとは比べ物にならないほど物騒なものを引きずりながら戻ってきた。それが床に擦れて出るキィキィという甲高い音は、小さい子の悲鳴であるかのように思えた。――大振りのなただった。

 声を上げようにも上げることができない。逃げ出そうにも逃げ出すこともできない。人の肉を調理して食べるなんて行為は全く理解できないし、計測メジャーとマジックペンで印のようなものを付けた意味も分からない。ただ、大振りの鉈の存在は、嫌でも化け物の次の行動を予測させた。それは少女にとって絶対にあってはならないことだった。いいや、両手の指が全て切断されてしまったのだ――。考えようによっては、化け物がこれから行うであろうことを迎合げいごうすべきなのかもしれない。

 仮にここで助かったとしても、両方の指がないまま一生を過ごさねばならない。それは到底考えられることではなく、想像するだけでもゾッとした。

 化け物は鉈を床に放ると、残っていた人肉野菜炒めに手を伸ばす。鷲掴わしづかみにして迷わず自分の口の中へと放り込んだ。しゃくしゃく、ごりごり、ぐちゅぐちゅ――と、並べ立てるだけでも嫌な擬音を発し、挙げ句の果てには骨を吐き出した。むろん、それは少女の指の骨だった。人間の骨というのは、思ったよりも太いんだな――。まるで他人事のように思った少女だったが、もはや恍惚感のような不思議な感覚は消え失せていた。あるのは麻痺した恐怖感だけ。
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