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迫る毒牙

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 あまり良い顔をしない雅を見て、何を思ったのか余計なことを言う桂。しかし、続けざまに雅の気を引く一言を発する。

「それに、うまくいけば膨大な資料を元に聞き込みをして回る必要もなくなる。つまり、これまで手伝ってもらったような激務とはおさらば。なんなら、さっさと事件を解決してしまってみんなで休暇でも取ればいいさ。六課は僕がいればとりあえず回るだろうし」

 桂が提示した交換条件に、雅は瞳を輝かせながら飛びついた。合コンを封印され、桂の下でリストアップ作業をしていた雅からすれば、パトロンの相手なんて楽勝であろう。

「本当に? 本当にいいの?」

「あぁ、本当さぁ。田之上と堀口も久方ぶりに羽を伸ばせばいいさ」

 基本的に六課にいたところで仕事がないのであるが、組織に縛られて、決められた時間に警察署に来ているというのはストレスである。これは六課の人間にしか分からないかもしれないが、やはり非番は非番で嬉しいものなのだ。

「雅、俺達のためにも科捜研のお偉さんと寝ろ。今すぐにだ」

 田之上は激務から解放されたい一心で、雅の背中を言葉という暴力で押す。あの、平日の午前中から教育テレビを見るという背徳感を味わうことができるのだ。そりゃ、雅には頑張ってもらわねばならない。

 田之上の一言は軽く聞き流されてしまったが、雅はそれを了承したようだった。さっさと荷物をまとめ、爛々と目を輝かせながら六課から姿を消してしまったのだから。

「後は天野待ちだねぇ――。万が一、僕の推測が間違っていた時に備えて、いつでも聞き込みに出れるように、担当区域を決めておこうか」

 雅の後ろ姿を見送った桂は、欠伸を噛み殺しながらデスクに腰をかける。

「桂さん、聞き込みが無駄だとは思いませんが、少し休まれたらいかがですか? ここ数日、ろくに睡眠すらとっていないのでは?」

 桂の身体を気遣ってか、堀口がそう口にする。桂は好きでやっているのだから勝手にやらせておけばいい――と思うのは、田之上の思いやり不足なのだろうか。

「……そうだねぇ。お言葉に甘えて少しだけ休ませてもらおうか。ローテーションで休めればいいんだろうけど、全員が休むというわけにはいかない。誰かがここに残っている必要があるだろう」

 堀口の進言を受け入れながらも、いつ何が起きても対処できるように、誰かを六課へと残しておく。雅はパトロンのところに行っただろうし、桂はこれから少し休む。となると、人柱になるのは田之上か堀口だ。指名されたら、高額な指名料を提示して逃げ切ってやろうと思っていた田之上だったが、しかし杞憂に終わったようだ。
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