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紅茶の香りと沈黙
29話 二度目の抱擁、そして約束
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ルシアンが目を開けたのは、夜の静けさが部屋を包みこんでいた頃だった。
意識はまだ朦朧としていて、ぼんやりと灯るランプの柔らかな光だけが視界に滲んでいる。
手に、確かなぬくもりがあった。
その温もりを辿るように視線を向けると、椅子に腰掛けたレオニスの姿が見えた。
「……ルシアン。気づいたか」
その声に小さく目を開けたまま、ルシアンはかすかに首を振った。
記憶は途切れがちで、何が現実なのかはまだ曖昧だった。
けれど――次の瞬間。
レオニスが強く、強く、ルシアンを抱きしめた。
「……良かった……君が目を覚まして……本当に、良かった……」
震える声が耳元に落ちてくる。
レオニスは――泣いていた。
「君まで……君までいなくなったら、私は……」
その言葉にルシアンは一瞬だけ混乱した。
だが胸の奥に触れるその震えが、嘘ではないことを告げている。
ルシアンはそっと腕を回し、抱きしめ返した。
この温もりが、心から――好きだと思った。
あの日の最初の抱擁から数えて、これは二度目の抱擁だった。
けれど、今日のぬくもりは前よりも確かで、深かった。
しばらく静かな空気が二人を包む。
やがてルシアンが、かすかな声で口を開いた。
「……ユリウス様は、大丈夫……? きっと、別館に来たんじゃないかと思って……」
レオニスは頷き、柔らかく答えた。
「無事だ。君の部屋に行き、異変に気づいた。すぐに私へ知らせてくれた……君を救ったのは、あの子だよ」
ルシアンはほっと息をついた。
その表情を見て、レオニスの胸に鈍い痛みが走る。
(……私は、こんなにも君を遠ざけていた)
短い沈黙のあと、レオニスが問いかけた。
「……具合はどうだ?」
ルシアンはゆっくりと天井へ視線を漂わせ、かすれた声で答える。
「……体は、大丈夫です。でも……」
その先は言葉にならなかった。
レオニスは少し黙り、それから静かに尋ねる。
「……何か、欲しいものはあるか?」
わずかな間ののち、ルシアンはぽつりと呟いた。
「……僕の……赤ちゃんに、会わせてほしい」
それは長く胸にしまい込んでいた、けれどどうしても伝えたかった願いだった。
「……無理なら、いいです。わがままを言ってしまって……」
申し訳なさそうに言いかけたとき、レオニスが慌てて身を乗り出す。
「違う、違うんだ。君は、わがままなんかじゃない」
ルシアンの瞳がわずかに揺れた。
「君の気持ちを、私が知らなかっただけなんだ。それは私の落ち度だ。……本当にすまなかった」
一呼吸おいて、レオニスはさらに言葉を重ねる。
「……あのとき、君が“怖い”と口にしたと聞いて……どうしていいか分からなくなった。
君の顔を見ることさえ、私の存在がまた君を傷つけるのではと……怖かった」
「でも――それでも会いに行くべきだった。君の声を、想いを、ちゃんと聞くべきだったんだ」
その声には深い後悔が滲んでいた。
「メイドに任せてしまったことも、君と子どもを引き離してしまったことも……全部、私の弱さのせいだ。本当に……申し訳なかった」
悔しさと痛切な想いが、低い声に宿る。
「……だから、無理なんて言わないでくれ。今すぐには難しいが……夜が明けたら、明日にでも会わせよう。必ず」
その言葉に、ルシアンの目尻から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……ありがとう」
それだけで十分だった。
やっと、自分の声が届いた。
そう思えた瞬間、胸の奥に温かな灯がともった気がした。
意識はまだ朦朧としていて、ぼんやりと灯るランプの柔らかな光だけが視界に滲んでいる。
手に、確かなぬくもりがあった。
その温もりを辿るように視線を向けると、椅子に腰掛けたレオニスの姿が見えた。
「……ルシアン。気づいたか」
その声に小さく目を開けたまま、ルシアンはかすかに首を振った。
記憶は途切れがちで、何が現実なのかはまだ曖昧だった。
けれど――次の瞬間。
レオニスが強く、強く、ルシアンを抱きしめた。
「……良かった……君が目を覚まして……本当に、良かった……」
震える声が耳元に落ちてくる。
レオニスは――泣いていた。
「君まで……君までいなくなったら、私は……」
その言葉にルシアンは一瞬だけ混乱した。
だが胸の奥に触れるその震えが、嘘ではないことを告げている。
ルシアンはそっと腕を回し、抱きしめ返した。
この温もりが、心から――好きだと思った。
あの日の最初の抱擁から数えて、これは二度目の抱擁だった。
けれど、今日のぬくもりは前よりも確かで、深かった。
しばらく静かな空気が二人を包む。
やがてルシアンが、かすかな声で口を開いた。
「……ユリウス様は、大丈夫……? きっと、別館に来たんじゃないかと思って……」
レオニスは頷き、柔らかく答えた。
「無事だ。君の部屋に行き、異変に気づいた。すぐに私へ知らせてくれた……君を救ったのは、あの子だよ」
ルシアンはほっと息をついた。
その表情を見て、レオニスの胸に鈍い痛みが走る。
(……私は、こんなにも君を遠ざけていた)
短い沈黙のあと、レオニスが問いかけた。
「……具合はどうだ?」
ルシアンはゆっくりと天井へ視線を漂わせ、かすれた声で答える。
「……体は、大丈夫です。でも……」
その先は言葉にならなかった。
レオニスは少し黙り、それから静かに尋ねる。
「……何か、欲しいものはあるか?」
わずかな間ののち、ルシアンはぽつりと呟いた。
「……僕の……赤ちゃんに、会わせてほしい」
それは長く胸にしまい込んでいた、けれどどうしても伝えたかった願いだった。
「……無理なら、いいです。わがままを言ってしまって……」
申し訳なさそうに言いかけたとき、レオニスが慌てて身を乗り出す。
「違う、違うんだ。君は、わがままなんかじゃない」
ルシアンの瞳がわずかに揺れた。
「君の気持ちを、私が知らなかっただけなんだ。それは私の落ち度だ。……本当にすまなかった」
一呼吸おいて、レオニスはさらに言葉を重ねる。
「……あのとき、君が“怖い”と口にしたと聞いて……どうしていいか分からなくなった。
君の顔を見ることさえ、私の存在がまた君を傷つけるのではと……怖かった」
「でも――それでも会いに行くべきだった。君の声を、想いを、ちゃんと聞くべきだったんだ」
その声には深い後悔が滲んでいた。
「メイドに任せてしまったことも、君と子どもを引き離してしまったことも……全部、私の弱さのせいだ。本当に……申し訳なかった」
悔しさと痛切な想いが、低い声に宿る。
「……だから、無理なんて言わないでくれ。今すぐには難しいが……夜が明けたら、明日にでも会わせよう。必ず」
その言葉に、ルシアンの目尻から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……ありがとう」
それだけで十分だった。
やっと、自分の声が届いた。
そう思えた瞬間、胸の奥に温かな灯がともった気がした。
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