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紅茶の香りと沈黙
32話 過ちに、終止符を
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数日をかけて、ルシアンの体はゆるやかに回復していった。
朝はまだ節々が重く、ふとした拍子に鈍い痛みが走る。
それでも、確かに――生きている実感が戻りつつあるのを感じる。
日中、メイドたちが丁寧に世話を焼く様子も、以前とはどこか違って見えた。
彼女たちの間に漂うわずかな緊張、視線の端々に浮かぶ気遣い。
屋敷そのものの空気が、少しずつだが確かに変わりはじめている。
夜はまだ、ひとりで眠れない日があった。
瞼を閉じれば、あの閉ざされた日々の記憶がすぐそこに甦る。
何度も助けを呼ぼうとして、声にならなかった瞬間。
胸が締めつけられ、息が苦しくなることもあった。
そんな時、決まってレオニスがそっとやって来た。
無言のまま手を握り、ただ寄り添う。
「もう、ひとりで泣くな」
そのひと言が、どれほど心を支えてくれたか――ルシアンには計り知れなかった。
そしてある朝。
穏やかな光が差し込む部屋に、控えめなノックが響く。
扉の向こうには、セバスとハンナが立っていた。
二人の顔には深い影が落ちていたが、その瞳の奥には、決意と悔恨がはっきりと宿っている。
「……ルシアン様」
無言のまま部屋に入ると、ベッドの前で深々と頭を下げた。
「このたびは、本当に申し訳ございません」
セバスの低い声。
長年仕えてきた執事としての誇りと、消えない罪の意識が重く滲む。
「我々はセシリアの言葉を疑わず、あなた様の声を聞こうとしませんでした。
本来お守りするべき立場でありながら……あなたに不安と孤独を与えてしまった。
心よりお詫び申し上げます」
続いて、ハンナが唇をかみしめ、震える声を絞り出した。
「言い訳のしようもありません。
すべて、私たちの責任です……」
その様子を背後で見守っていたレオニスが、厳しい口調で言った。
「君が望むなら、メイドは全員入れ替える。
二度と君を傷つける者は置かない。俺が許さない」
ルシアンは静かに首を振る。
その顔には怒りも恨みもなく、ただ切なげな光だけが宿っていた。
「……いいえ。セバスもハンナも、私がこの屋敷に来たばかりの頃――
誰も私を見ようとしなかったときに、優しく接してくださった方です」
そっと目を伏せ、言葉を続ける。
「それに……私自身も、誰かに助けを求める勇気を持てませんでした。
もし、もう少しだけ声を上げていたなら――何かが変わっていたかもしれません」
声はかすかに震えていたが、瞳はまっすぐだった。
沈黙の中、ハンナがさらに深く頭を下げる。
「それでも、私たちは気づくべきでした。
“気づけなかった”のではなく、“見ようとしなかった”。
その過ちを、一生忘れません」
ルシアンは静かに頷き、ひとつの願いを口にした。
「……私を傷つけた者たちには、きちんとした処置をお願いします。
私ひとりなら――きっと我慢できたかもしれません。
でも、ユリウスもユリルクも、この屋敷で生きていく子どもたちです。
彼らが安心して笑える場所にしたい。それだけです」
レオニスが力強く頷く。
「わかった。暴力を振るった者は即刻解雇する。
君が望まぬ者は、二度とこの屋敷に足を踏み入れさせない」
その言葉に、ルシアンはほっと息を吐いた。
セバスとハンナは、もう一度、深々と頭を下げる。
「ありがとうございます……
今後、決してこのようなことが繰り返されぬよう、
私たちの全てをかけて努めてまいります」
その声音には、偽りのない決意が確かに込められていた。
――こうしてこの日、屋敷に巣食っていたひとつの歪みが、静かに正され始めた。
朝はまだ節々が重く、ふとした拍子に鈍い痛みが走る。
それでも、確かに――生きている実感が戻りつつあるのを感じる。
日中、メイドたちが丁寧に世話を焼く様子も、以前とはどこか違って見えた。
彼女たちの間に漂うわずかな緊張、視線の端々に浮かぶ気遣い。
屋敷そのものの空気が、少しずつだが確かに変わりはじめている。
夜はまだ、ひとりで眠れない日があった。
瞼を閉じれば、あの閉ざされた日々の記憶がすぐそこに甦る。
何度も助けを呼ぼうとして、声にならなかった瞬間。
胸が締めつけられ、息が苦しくなることもあった。
そんな時、決まってレオニスがそっとやって来た。
無言のまま手を握り、ただ寄り添う。
「もう、ひとりで泣くな」
そのひと言が、どれほど心を支えてくれたか――ルシアンには計り知れなかった。
そしてある朝。
穏やかな光が差し込む部屋に、控えめなノックが響く。
扉の向こうには、セバスとハンナが立っていた。
二人の顔には深い影が落ちていたが、その瞳の奥には、決意と悔恨がはっきりと宿っている。
「……ルシアン様」
無言のまま部屋に入ると、ベッドの前で深々と頭を下げた。
「このたびは、本当に申し訳ございません」
セバスの低い声。
長年仕えてきた執事としての誇りと、消えない罪の意識が重く滲む。
「我々はセシリアの言葉を疑わず、あなた様の声を聞こうとしませんでした。
本来お守りするべき立場でありながら……あなたに不安と孤独を与えてしまった。
心よりお詫び申し上げます」
続いて、ハンナが唇をかみしめ、震える声を絞り出した。
「言い訳のしようもありません。
すべて、私たちの責任です……」
その様子を背後で見守っていたレオニスが、厳しい口調で言った。
「君が望むなら、メイドは全員入れ替える。
二度と君を傷つける者は置かない。俺が許さない」
ルシアンは静かに首を振る。
その顔には怒りも恨みもなく、ただ切なげな光だけが宿っていた。
「……いいえ。セバスもハンナも、私がこの屋敷に来たばかりの頃――
誰も私を見ようとしなかったときに、優しく接してくださった方です」
そっと目を伏せ、言葉を続ける。
「それに……私自身も、誰かに助けを求める勇気を持てませんでした。
もし、もう少しだけ声を上げていたなら――何かが変わっていたかもしれません」
声はかすかに震えていたが、瞳はまっすぐだった。
沈黙の中、ハンナがさらに深く頭を下げる。
「それでも、私たちは気づくべきでした。
“気づけなかった”のではなく、“見ようとしなかった”。
その過ちを、一生忘れません」
ルシアンは静かに頷き、ひとつの願いを口にした。
「……私を傷つけた者たちには、きちんとした処置をお願いします。
私ひとりなら――きっと我慢できたかもしれません。
でも、ユリウスもユリルクも、この屋敷で生きていく子どもたちです。
彼らが安心して笑える場所にしたい。それだけです」
レオニスが力強く頷く。
「わかった。暴力を振るった者は即刻解雇する。
君が望まぬ者は、二度とこの屋敷に足を踏み入れさせない」
その言葉に、ルシアンはほっと息を吐いた。
セバスとハンナは、もう一度、深々と頭を下げる。
「ありがとうございます……
今後、決してこのようなことが繰り返されぬよう、
私たちの全てをかけて努めてまいります」
その声音には、偽りのない決意が確かに込められていた。
――こうしてこの日、屋敷に巣食っていたひとつの歪みが、静かに正され始めた。
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