怪物コルロルの一生

秋月 みろく

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■行き先とコルロル

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「はは、生きてるらしいぞ」

「ぬいぐるみは生きないわ」

「本人が言ってるんだ、動いているし間違いない。見たところ機械仕掛けで動く代物でもなさそうだ」

 確かに、高度な機械がこの汚いぬいぐるみに仕込まれているとは思えない。

「まあコルロルみたいな怪物がいるんだ、ぬいぐるみが生きていても不思議はないさ」

「僕と一緒にしないでくれよ」

「あ、ああ……悪い」

「そのぬいぐるみは、可愛いじゃないか」

「……へえ。そうくるか」

「僕は、その……」、コルロルは自分の羽を控えめに広げ、耳をぴんと立てた。「かっこいい、だから」

 なぜかあたしを見る。『…………』、無言が通過する。すぐにライアンが駆け寄ってきた。

「おいなにやってるんだ、ここで無視はあんまりだぞ。見てられない」

「そうなの?」、あたしはマニュアル本を開き、自分をかっこいいと言っている人への対応を探した。

「なんだそれは」、ライアンは本を覗き込む。

「マニュアルよ、人への自然な対応の仕方が書いて」、本が閉じられる。「ちょっと、なにするの?」

 ライアンは取り上げた本を叩いた。

「マニュアルを見る必要はない。さっきの君たちの思い出話を聞いてなかったのか? コルロルは君の無邪気な笑顔と、心からの『かっこいい』を期待してる」

「すごい、分かるのね」

「まあね。分からないのは君くらいのもんさ」

 あたしはコルロルを見る。その人間離れした出で立ちを見ていると、こう……腹の奥が熱くなるような……。「ダメ、怒りがこみ上げてくる」、あたしは頭を抱えた。

「いや、違うコルロル。怒りって言ったんじゃない。そんなこと言うもんか」、ライアンは慌てる。「いか……イカす、そう。『イカす、リー』がこみ上げてくるってレーニスは言ったんだ」

「……何を言ってるの?」

「俺にも分からない。フォローが追いつかないんだよ、せめてもっと、聞きようによっては『かっこいい』っぽく聞こえることを言ってくれないと」

「無茶言わないで」

「君はいいかもしれない。でもやつが怒り出して真っ先に被害を受けるのは、きっと俺なんだぞ」

「いいんだレーニス」、ぜんぜん良いとは思ってなさそうな暗い声でコルロルは言った。「僕が、盗んでしまったせいだから」

 ライアンはよしきた、というふうにニッと笑う。「この場合、心を」「それはもうやめて」、上げかけのライアンの腕を下ろし、あたしはコルロルへ顔を向けた。

「それで、あなたは、あたしと会ってどうするつもりだったの? 殺されるとは考えてなかったようだけど」

「決まっているじゃないか」、三角水晶が、鋭い爪先に挟まれる。「喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲……この七つを集めれば、僕は人間になる」

 あたしは目を細める。「あと、ひとつ?」、水晶の中には、六つの色が浮かんでいた。

「そうなんだ。僕の察するところ、残りのひとつは愛だ」

「……つまり?」

「僕に向けられた感情しか、この水晶は盗めない。誰かに愛してもらわないと、僕は人間になれないんだ」

 あたしは顔をしかめる。「ええっと……つまり?」

「なんだ、鈍いな。俺はもう分かったぞ」

「あたしだって分かってる。でも信じられないの」、三角水晶は、コルロルに向けられた感情のみを盗む。残るは愛、ただひとつ。「あたしが……こいつを愛するなんて」

 ちゃんちゃらおかしいと思った。百歩譲って、子供頃のあたしはこいつに恋心を抱いていたとしよう。だったとしても、今のあたしは喜びや楽しみを知らない。喜びや楽しみを差し引いて、人を愛せるのか、はなはだ疑問だった。


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