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「男子会」
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しおりを挟む緊張したのがバカらしくなって、朔はソファーにもたれました。
「ていうかあんた、そんなポンコツだったんだ?」
「ポンコツ……」
「なんで舞ちゃんの誘いを受けちゃうんだよ。俺らいるの気づいてただろ?」
「それはもちろん、マンションに着く前から気づいておりましたが」
「おい、おかしいだろ。気づく時点がはやすぎんだろ」
「詩絵子様がどんな反応をされるのか、つい気になってしまいましてね。好奇心に逆らえませんでした」
「ほお~」
「まさかあんなに取り乱されるなんて、やはり飼い犬に噛み付かれたような心持ちになったのでしょう。そこで朔くんに相談ですが」
主任は居住まいを正し、今ままで以上に背筋を伸ばします。
「どうすれば詩絵子様に許していただけるでしょうか」
「……そんなの、謝ればいいんじゃねーの?まだ食事には行ってないわけだし、なんも罪ないじゃん。ていうか今まで話して思ったけど、あんたあんまり心ないよな」
うすうす思ってはいた。舞ちゃんへの態度もそうだし、前の奥さんにも冷たかったみたいだし、人をなんとも思ってないっていうのか……。
主任は少しだけ笑いました。
「気づかれましたか」
「……」
「さすがは朔くんです。実のところを言いますと、関わる人間のことを雑草……いえ、エノコログサくらいにしか思っていません」
「それも雑草って呼ばれてるヤツだかんな!妙な気つかうなよ!ハッキリ雑草って言い切れよ!」
「それで気づいたのですが、僕は仕事以外で人に謝罪した経験がありません。その人との関係を保つための努力を、したことがないのです。詩絵子様の上司、向井主任としてなら謝れそうな気がするのですが……向井帝人という1人の男として、誠意のこもった謝罪をできる自信がないのですよ」
しんしん降り積もる雪のような静かな声で彼は言いました。それはこの男が初めて見せた、弱さのように感じられました。
「謝罪って、あんたの得意とするところじゃないの?いつもの土下座でさ」
「今回のことは、それでは足りない気がするのです。予想外だったとはいえ、僕は詩絵子様を泣かせてしまいました。これを詫びるには切腹以外のいい方法が思い浮かびません」
「いや、そこに行き着く前にもっと選択肢あんだろ。なにかプレゼントするとか」
「例えば?」
「……花?」
「……喜びますか?」
そこで2人はやや無言になります。
「ま、案外ヤっちゃって2人の世界に入れば許してくれることも多いけど」
「……なるほど」
気軽に言ったあとで、朔はハッとします。
「い、今のなしなし!あんたにこの方法は合わないから!俺の必殺だから!」
「そうですね。詩絵子様からそのお許しをいただくには、まだ時間がかかりそうです」
案に相違して、主任はあっさり納得します。
「それでは、助言ありがとうございました。そろそろ、失礼させていただきます」
主任は立ち上がり、礼儀正しく頭を下げますと、紙袋をよこしてきました。
「なにこれ」
「今日のお礼ですよ。きっと気に入っていただけるかと。では」
そうして玄関に向かう主任の背中を、朔は見ていました。そして、ずっと前から言おうと思っていたことが、口をついてでました。
「なあ、あいつと別れてよ」
後ろから、さっくりナイフで刺すような心持ちでした。しかし主任はびくともせずに、ちょっとだけ振り返ります。
「詩絵子様が望まれるなら、そうしますよ」
彼は出ていきます。ばたん、と音がこの部屋に蓋をして、しばらくは閉じたドアを意味もなく見ていましたが、朔はやがて手元の紙袋に目を落としました。
「やったー!!ミニ四駆じゃん!」
朔は目を輝かせて、ミニ四駆を組立て始めました。
最終話へつづく。
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