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黒の■■ 二
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西園一彦は、引き攣った呼吸を繰り返す少女を眺めながら、あ、これはもう駄目だなと確信した。こういう人間は何度も見てきたのだ。絶望に心を満たされて、壊れてしまった人間。その末路は、死だ。それが思い詰めた先の自殺か、自暴自棄になった挙句の他殺かは半々だが。
ちらと横にいるウサギとやらに目を向ければ、少女を見詰めて沈痛な表情をしていた。コイツはコイツで、よく見た表情をしている。助けたいのに助ける方法がない、八方塞がり四面楚歌、そういう追い詰められ方をした人間の顔だ。
協力しようと手を握った途端の空中分解である。まぁ、一彦自身はあの狂女がいようがいまいが、そりゃいない方がありがたいが、どちらでもどうとでもなるからどうでもいいのだが。と、そこで少女が急に立ち上がった。
「ひ、ひひ、そうだよ、殺れる、私は有子なんだから、ははは、殺れないはずがない、殺れる、私なんだから、私は全員殺せたんだから……」
バネ仕掛けの人形のように、ギクシャクした動きだ。私が、私は、と繰り返している。そうして一彦が声をかけようとした瞬間、彼女は走り出した。
教室の扉がとんでもない音を立てて開かれる。あっははは、と高笑いを響かせながら飛び出した少女の行く先はどうやら家庭科室らしい。一彦は壁を抜けて先回りした。
「あれ、どうしたの? ……メイドさん?」
「包丁寄越せぇ!!」
強盗だ。家庭科室を根城にしているカイが呆然としている間に抉じ開けた扉から押し入り、落ちている死体から二本、包丁を抜き取って笑っている。右手と左手で二本、自然な動きで迅速な手際だった。そうして、カイが我に返る寸前に家庭科室を脱出して再び走り出す。
「ねぇ!? 今の何!? 何されたのボク!?」
「さァ?」
一周回って面白くなってきたので、一彦は少女の後を追った。あはははは、と濁った笑い声が廃校中に響き渡る。次に強襲したのは三階の空き教室で、しかし少女の標的はいなかったらしい。少女が机を蹴倒したらしき音がして、続いて窓ガラスが割れる音もした。どうやら蹴倒したのではなく引っ繰り返して投げ飛ばしたらしい。ひょい、と覗き込めば二つ目の机がかっ飛んできた。
とはいえ、悪霊に物理的な打撃は効かない。特にここは一彦の支配下にある。自分の手で自分を殴るなんて馬鹿なことになるはずもない、と、思っていたのだが、不意に背筋に寒気が走り、反射的に机を避ける。ぢり、と掠めた机の脚が一彦の頬に引っ掻き傷を作った。
「は?」
思わず声が漏れる。続いて落ちてきたガラス片が、今度は確かな傷を作った。理由や原理はわからないが、少女の巻き起こす暴力は、幽霊にも通用するらしい。そんな馬鹿な、と思うも起きていることが全てである。
少女は机を投げては廊下側の窓を割り続けていて、控えめに言っても大惨事だ。音を聞きつけたのか、少女の仲間も、一彦の配下も、それ以外も、皆が集まってきている。そう、少女と同じ顔をしたあの狂女の気配も、近づいてきている。
「全員殺す殺せる私は殺れる私は有子鏡野有子殺ってやる皆殺しだ殺れる殺せる私ならできる私なら殺れる私は鏡野有子鏡野有子鏡野有子!!」
放り出されていた二本の包丁を改めて手に取った少女は、そう吠えた。その、最初の獲物は、駆け込んできた茶髪の男。心臓を一突き、刃を横にしている所が殺意に満ちている。恐らく、何が起きたかもわからず死んでしまっただろう。
そして、何が起きたかわかっていないのは他の人間も同じ。それでも少女を押さえようとした黒髪の男は、現れた狂女によって吹き飛ばされ、三階の窓から落下していく。ここでようやく追いついたらしいウサギは少女と狂女が揃っているのを見て息を呑み、そんなウサギと同じ顔をした少年はぎょっとしていた。
その隙に、包丁が何度も振り下ろされる。少年は真正面から滅多刺しにされた。少女の悲鳴じみた歪んだ笑い声が高らかに響き、しかしそれは唐突に途切れる。少女の胸元からは、巨大な鎌の切っ先が生えていた。
「壊れてしまっては、どうしようもありませんね」
一彦は、本能的な恐怖に後退った。コイツは、ダメだ。勝つだの負けるだの、そういう次元ではない。しかし、そんな死の具現に向かって、狂女が襲いかかった。
「首をはねておしまい!!」
甲高い声が狂ったような音程で紡ぎ、廃校の支配権が奪い取られる。四方からそれに襲いかかるのは、巨大な刃物だ。普段は一彦が使っている罠だが、今は一切干渉ができなくなっていた。
が、それは少女から抜き取った大鎌を無造作に振るう。それだけで刃は断ち切られ、狂女も、自分も、首を。
ちらと横にいるウサギとやらに目を向ければ、少女を見詰めて沈痛な表情をしていた。コイツはコイツで、よく見た表情をしている。助けたいのに助ける方法がない、八方塞がり四面楚歌、そういう追い詰められ方をした人間の顔だ。
協力しようと手を握った途端の空中分解である。まぁ、一彦自身はあの狂女がいようがいまいが、そりゃいない方がありがたいが、どちらでもどうとでもなるからどうでもいいのだが。と、そこで少女が急に立ち上がった。
「ひ、ひひ、そうだよ、殺れる、私は有子なんだから、ははは、殺れないはずがない、殺れる、私なんだから、私は全員殺せたんだから……」
バネ仕掛けの人形のように、ギクシャクした動きだ。私が、私は、と繰り返している。そうして一彦が声をかけようとした瞬間、彼女は走り出した。
教室の扉がとんでもない音を立てて開かれる。あっははは、と高笑いを響かせながら飛び出した少女の行く先はどうやら家庭科室らしい。一彦は壁を抜けて先回りした。
「あれ、どうしたの? ……メイドさん?」
「包丁寄越せぇ!!」
強盗だ。家庭科室を根城にしているカイが呆然としている間に抉じ開けた扉から押し入り、落ちている死体から二本、包丁を抜き取って笑っている。右手と左手で二本、自然な動きで迅速な手際だった。そうして、カイが我に返る寸前に家庭科室を脱出して再び走り出す。
「ねぇ!? 今の何!? 何されたのボク!?」
「さァ?」
一周回って面白くなってきたので、一彦は少女の後を追った。あはははは、と濁った笑い声が廃校中に響き渡る。次に強襲したのは三階の空き教室で、しかし少女の標的はいなかったらしい。少女が机を蹴倒したらしき音がして、続いて窓ガラスが割れる音もした。どうやら蹴倒したのではなく引っ繰り返して投げ飛ばしたらしい。ひょい、と覗き込めば二つ目の机がかっ飛んできた。
とはいえ、悪霊に物理的な打撃は効かない。特にここは一彦の支配下にある。自分の手で自分を殴るなんて馬鹿なことになるはずもない、と、思っていたのだが、不意に背筋に寒気が走り、反射的に机を避ける。ぢり、と掠めた机の脚が一彦の頬に引っ掻き傷を作った。
「は?」
思わず声が漏れる。続いて落ちてきたガラス片が、今度は確かな傷を作った。理由や原理はわからないが、少女の巻き起こす暴力は、幽霊にも通用するらしい。そんな馬鹿な、と思うも起きていることが全てである。
少女は机を投げては廊下側の窓を割り続けていて、控えめに言っても大惨事だ。音を聞きつけたのか、少女の仲間も、一彦の配下も、それ以外も、皆が集まってきている。そう、少女と同じ顔をしたあの狂女の気配も、近づいてきている。
「全員殺す殺せる私は殺れる私は有子鏡野有子殺ってやる皆殺しだ殺れる殺せる私ならできる私なら殺れる私は鏡野有子鏡野有子鏡野有子!!」
放り出されていた二本の包丁を改めて手に取った少女は、そう吠えた。その、最初の獲物は、駆け込んできた茶髪の男。心臓を一突き、刃を横にしている所が殺意に満ちている。恐らく、何が起きたかもわからず死んでしまっただろう。
そして、何が起きたかわかっていないのは他の人間も同じ。それでも少女を押さえようとした黒髪の男は、現れた狂女によって吹き飛ばされ、三階の窓から落下していく。ここでようやく追いついたらしいウサギは少女と狂女が揃っているのを見て息を呑み、そんなウサギと同じ顔をした少年はぎょっとしていた。
その隙に、包丁が何度も振り下ろされる。少年は真正面から滅多刺しにされた。少女の悲鳴じみた歪んだ笑い声が高らかに響き、しかしそれは唐突に途切れる。少女の胸元からは、巨大な鎌の切っ先が生えていた。
「壊れてしまっては、どうしようもありませんね」
一彦は、本能的な恐怖に後退った。コイツは、ダメだ。勝つだの負けるだの、そういう次元ではない。しかし、そんな死の具現に向かって、狂女が襲いかかった。
「首をはねておしまい!!」
甲高い声が狂ったような音程で紡ぎ、廃校の支配権が奪い取られる。四方からそれに襲いかかるのは、巨大な刃物だ。普段は一彦が使っている罠だが、今は一切干渉ができなくなっていた。
が、それは少女から抜き取った大鎌を無造作に振るう。それだけで刃は断ち切られ、狂女も、自分も、首を。
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