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第5章 崩れた日常
第129話 下衆な味方
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「これからも生きて勇者を名乗るが良い」
魔王ガルヴォートがそう言うと、勇者工藤蓮はあからさまに嬉しそうな顔になる。
その蓮の顔を見て、魔王はニヤリと笑い言葉を続ける。
「勇者よ。汝は今までと同様に人々に希望を与え、正しき道へ導き、悪しきを挫き、汝の思うがままに進むが良い」
魔王がそういうと、蓮は首を前後にぶんぶんと振る。
「勇者よ。それではな。己が使命を果たすが良い」
魔王はそういうと、蓮を掴んだ漆黒の手をしならせて、自らが入ってきた極淵魔将アゼルファードが開けた穴の方に振り切り、タイミングよく蓮を掴んでいた漆黒の手を開放した。
「うわああああああああああああああ」
すると、蓮は絶叫と共に穴を抜けて飛んでいった。
魔王は満足そうに言う。
「勇者の身体能力なら、これくらいでは死にもしないだろう」
スクリーンの向こうでは帝都民が勇者の敗北に慄いている。
『勇者様が負けてしまったぞ』
『魔王が強すぎる』
『やっぱり終わりなんだ』
『でも、あの勇者の言動は酷かったぞ』
『ああ、皇女様たちにも不敬だったな』
『あの勇者に救われなくて良かったんじゃないのか?』
『でも、どうするんだよ。俺たち殺されるんだぞ』
『ああ、もうダメかもしれない……』
『せめて、子供だけでも助けたい……』
帝都民たちはもはや希望にも縋れず諦めムードになっている。
魔王は謁見の間の一角、長いカーテンがかかっているところを見る。
「さて、この場にいる皇族の他にも皇族はいるようなのだが……、汝はそこで何をやっている?」
すると、びくりとカーテンが動いたように見えた。
しかし、何も出てくる様子はない。
「それでは、その場を吹き飛ばすとしようか?」
すると、カーテンが開いて、慌てた声が謁見の間に響いた。
「ま、ま、ま、待ってください~。魔王陛下~」
カーテンの中にいたのは、第一皇子ヨーゼフ・マーヴィカンだった。
ヨーゼフは走り込んできて、魔王の前で膝をついた。
「ま、魔王陛下。お初にお目にかかります。マーヴィカン帝国第一皇子ヨーゼフ・マーヴィカンと申します。
以後、お見知り置きを」
魔王はつまらないものを見るような目で、ヨーゼフを見る。
「ふん、知っておく必要などないわ。汝ら皇族はここで死に絶えるのだからな」
「ひえ、そ、そんなことおっしゃらずに、なんとかご助命いただければ……」
「ふむ……」
魔王はまた思案顔になる。
そして、側近を見ると、側近がスクリーンの水晶を操作する。
そして、ヨーゼフに聞いた。
「ここから先は民には見えない。正直に答えよ。少しでも嘘だと我が感じたら、その時点でその首、繋がっていないと思え」
「は、はぃぃぃぃぃ」
「貴様は、帝都民、皇族、家臣、そして自分。どの命が一番大切だ?」
「!?」
「どうした? 早く答えろ。沈黙でも首を落とすぞ」
そういうと、魔王はヨーゼフを睨む。
魔王が睨むだけで、弱いものは失神する。
事実、ヨーゼフも失神しそうだったが、失神したら命がないと思い、必死に耐えた。
(な、なんて答えるのが最適なんだ。帝都民、皇族、家臣か? いや、魔王は正直に答えろと言った。それならば)
ヨーゼフは顔を上げて言った。
「自分でございます!」
「ふむ、良い答えだ」
ヨーゼフは、正解だったと知って、ホッとする。
しかし、皇族や家臣の方は見ることができない。ヨーゼフは、自分が悪く言われることを極端に恐れるからだ。
今、幻滅した親兄弟や家臣たちが何を言っているかわからない。
「それでは次の問いだ」
(ま、まだ、あるのかー)
「は、はひっ……」
「国を治める時、汝は誰の利益を最優先にするか? 国民か? 家臣か? 皇族か? それとも自分か?」
「じ、自分であります!」
一度、自分と答えてしまっていたヨーゼフはすでに迷いはなかった。
魔王の問いに、即座に、だが正直に答える。
「ふむ、なかなかではないか。では次の問いだ」
「はい!」
自分の生殺与奪を握っている魔王に肯定的な返事をもらったヨーゼフは、自信を持って返事ができるようになっていた。
「国を治める時、汝は何をする? 陣頭指揮をとって適正な税をかけ、国の是正に励むか。適材適所で人を配置し、税の負担を軽くし、運営を任せるか。民に重税を課し、自分は贅沢に酒色に励み、同じ考えのものを優遇するか」
もう、ここまで来れば、ヨーゼフは正しい答えがわかっていた。
自分がやりたくてもできないだろうと諦めていたことである。
「民に重税を課し、自分は贅沢に酒色に励み、同じ考えのものを優遇します」
魔王がニヤリと笑う。
「ヨーゼフとやら、よくできたではないか」
「はい! ありがとうございます!」
ヨーゼフは褒められて、心底嬉しそうに笑う。
ウォーレン以下皇族が苦々しい顔をしていることにヨーゼフは目を向けない。
家臣たちのほとんどには聞こえていなかったのが、せめてもの救いだ。
「それでは、最後の質問だ。汝、かなりの見どころがある。汝はあらゆることが最初から分かっているな?そうだろう?」
「はい! その通りであります」
「そんな正しい汝に意見をするものをどうする? 意見を聞き、前向きに検討する。意見を聞かないで好きなようにする。意見など不要だし害悪にすぎん。そのような者は処刑する」
今度もヨーゼフは答えが瞬時に分かった。
この恐ろしい魔王様の言わんとしていることが、自分に分かって嬉しかった。
「もちろん、意見など私には要りません。そのような者即刻処刑します」
魔王は我が意を得たりとばかりに、大きく豪快に笑った。
「フハハハハハハハハハ。良い。良いぞ、ヨーゼフよ」
「ああ、魔王様! ありがとうございます」
「それでは、ヨーゼフよ。なぜ、汝は今言った通りの生活をしていないのだ?」
「そ、それは……」
「まさか、汝は我に嘘をついたのではないのか?」
「い、いえ、そんなことはございません。今語ったのは、紛れもない私の本心でございます」
「それでは、なぜ酒色に励んでいない?」
「そ、それは……」
ここで、魔王は圧をかけた。
心身ともに弱いヨーゼフは容易く、圧倒される。
圧倒された心は、その重圧から逃れようと、必死に答えを探す。
なかなか、答えが見つからなくキョロキョロとすると、その目に皇帝ウォーレンが映った。
ウォーレンは苦しげな顔でヨーゼフを見つめていた。
その表情は何かを訴えていた。
しかし、今のヨーゼフには届かない。
かわりに、ヨーゼフは閃いた。
(そうだ。魔王陛下はこれを聞きたかったんだ。でも、これを言ってしまったら……)
ヨーゼフは、最後の一線を越えるかどうか迷っていた。
そこへ魔王が口を開く。
「答えはないのか? なかなかに見どころのある者だと思ったのだがな」
ヨーゼフは焦った。ここで、魔王に見放されたら、間違いなく殺されてしまう。
正直に言うしかない。今、自分が思ったことを。
「皇帝です!」
と、言いながら、ヨーゼフは皇帝を指差した。
ウォーレンも皇族たちも驚いた顔でヨーゼフを見ている。
魔王が意外そうな顔をして、聞き返す。
「皇帝とな?」
「はい、皇帝が我々に酒色に励むことを許さなかったのです」
「そうか、だから汝はできなかったと言うのだな。では、汝は我の見込み違いということだな」
「い、いえ! 私は皇帝とは違う考えを持っております!」
「違う考えか。話して見せよ」
「はい、皇帝は皇帝にあるまじき質素な生活をしています。
そして、我ら皇族にも質素な生活を強要していました。
しかし、上のものが質素な生活をしていれば、下のものも質素な生活をしなければならないでしょう。
そうすれば、皇室や皇城からは金の流れが生まれません。
すると、出入りする商人も金がなく、また質素な生活をすることになるでしょう。
商人が金がなければ、物流が生まれません。
そうすると、下々のものまで金が回らなくなります。
ですから、我々皇族は金を使わなければなりません。
自ら率先して酒色に励み、贅を凝らして生活をしなければなりません」
ヨーゼフは主張を重ねるほど、どんどんと皇帝を否定していった。
言っていることは、見る角度によれば正論だが、全体として見れば破綻している。
しかし、魔王に認められようと滔々と語るヨーゼフに破綻していることなど見えなかった。
ある種の万能感さえも感じるようになっていた。
「私が皇帝になれば、このようなことを正して、世の中のために贅を凝らした生活をすることをお約束します」
その言葉を聞いた瞬間、魔王ガルヴォートがニヤリと笑った。
「よく言った。ヨーゼフとやら。しかし、それには今のままでは汝は皇帝になれまい。
我は皇族の血を根絶やしにするのが目的だからな」
ヨーゼフはそう言われても怯まなかった。
なぜなら、
(私は魔王陛下に認められている)
と、感じていたから。
「魔王陛下にご提案があります」
「なんだ?」
「私を助命していただければ、魔王国に尽くし、また私自身は贅を尽くした生活をすると誓いましょう」
「しかし、我は帝国の民も苦しめたいと思っている」
「それならば、帝国全体に重税を課しましょう。払えないものは奴隷に落とします。そうすることで、税を払うために民は必死に働くでしょう。それが長く続きます。それこそ生き地獄というものです」
ヨーゼフはすでに魔王の代弁者になっていた。ただし、魔王は別に望んでいない。ヨーゼフの心の醜い部分が正当化されて出てきているだけだった。
それを聞いている皇帝ウォーレンと皇族たちは青い顔をしていた。
ヨーゼフが狂い始めているのを感じ取っているのだ。
「我に汝を帝位につくチャンスを与えろと申すか?」
「はい! ぜひお願いします。必ずやご期待にお応えしましょう」
ヨーゼフは見えてきた自らの帝位と、贅を凝らした生活に、人民を虐げることで得られるであろう快感を想像して、恍惚とした気分になっていた。
あとは魔王の許可を得るだけだ。果たして魔王は……。
「良いだろう。汝を生かそう。ただし、帝位は自分で掴んで見せよ」
ヨーゼフが膝を再び床についた。最初に膝をついた時のようなおどおどした様子はすでにない。
「ハッ! 必ずやご期待に応えて見せます」
「では、ヨーゼフよ。ここはもうすぐ破壊に包まれる。ここから、離れるが良い。リュグナ!」
「ハッ」
絶牙魔将リュグナが短く返事をすると、ヨーゼフに手を向ける。すると、ヨーゼフは空中に浮かび上がり、謁見の間に空いた穴から外に飛び出し、消えていった。
それを見送った、魔王ガルヴォートはウォーレンと皇族たちを見る。
「さて、ヨーゼフとやらは助かったな」
「魔王よ。なぜ、あのようなことをヨーゼフに。それに、勇者殿にも」
皇帝ウォーレンが尋ねると、魔王は笑い出した。
「フハハハハハハ。我は汝ら皇帝の血筋は憎いが、人間も憎いと思っている。
しかし、今日滅ぼすだけでは、苦しみなど一瞬に過ぎぬ。
しかし、我らには一瞬の苦しみしか与えることができぬ。
我ら魔族は人口が少ないのでな。あまり人間にかまけられぬのだ。
そこで思ったのだ。人間を苦しめるには人間にさせるのが一番いいと。
勇者はあの下衆な性格だ。必ずや、人の世を乱す存在になるだろう。
苦しめられるものが出るが、あれで魔人を倒すほどの技量だ。
人間では止めることもできぬだろう。
そして、ヨーゼフ。あれもなかなかの逸材。
あれは必ず人民を苦しめる暴君になるだろう。
そして、魔王国には従順な傀儡となる。操り甲斐があろうな。
我らのような強大な敵よりも、無能で力のある下衆な味方の方が、帝国民を長く苦しめられるというものよ。
そして、それを諌める皇族はいなくなるのだ。
悪くしかならないだろうな。
そして、折を見て我らは再びこの地に来て、その時こそ人間を叩き潰す。
悪政と暴走勇者に疲弊した帝国を潰すのは容易いだろうな。
どうだ? 帝国の未来は暗かろう?」
皇帝ウォーレンを始め皇族たちは暗い表情で俯いた。
自分たちの無力を噛み締めて。
—————————— 同時刻の美羽 ———————————
「きゃああああああああああああああ」
桜色をした翼を生やした少女は、どんな速い鳥よりも速く飛んでいく。
「あっちに行きたいのにいいいいいいいい」
しかし、思った方には飛べていないようだった。
いっしょに飛んでいるきんちゃんが叫ぶ。
「美羽様、下がりすぎると森に突っ込んでしまいます!」
「わわわ、ぶつかるーーーーー」
大樹の多い原生林に突っ込む。
バキンバキンバキン。
大樹の上部の幹を折りながら、勢いが弱まり抱きつくような形で大樹にぶつかる。
「はあはあはあ。やっと止まった」
メキメキメキ……バキン。
止まったと思い安心したのも束の間、掴まった幹も折れて、いっしょに落下していく。
「きゃああああああああ」
バサン。
運よく幹は大樹の枝と枝の間に引っかかり、美羽はその枝にワンピースの腰の部分が引っかかって、落ちずにすんだ。
「ひーん、怖かったよぉ」
上空から金魚ちょうちんのきんちゃんが降りてきた。
「ああー、美羽様、大丈夫ですか?」
「きんちゃーん、怖かったのぉ」
「大丈夫ですよ、美羽様。今、そこからおろして差し上げますね」
きんちゃんが浮遊魔法で、美羽をゆらゆらと地面まで下ろす。
美羽は、地面に降りるなり、大の字になって寝転ぶ。
「もーーー、なんでうまくいかないの!」
大の字の手足をバタバタさせる美羽。まるで、子供のように見えるが、まさに子供である。
「ぶっつけ本番だから、うまくいかなかっただけですよ」
「きんちゃんは最初から飛んでたじゃない」
「わ、私は、飛べないと魚の体では歩けないので、そうできていたんですよ」
「私がきんちゃんを作ったのにー」
「練習すれば、美羽様ならすぐに飛べるようになりますよ」
「きんちゃんが私を飛ばして」
「はい?」
「きんちゃんが私を浮遊魔法で飛ばして、帝都まで運んで」
美羽は時々理不尽になる。
そんなところも含めてきんちゃんは美羽が愛おしい。
「わかりました。そうしましょう」
素直に従ってくれるきんちゃんに美羽は罪悪感を覚えて、ゴロンときんちゃんの反対側に体を向ける。
「それでは、飛ばしますか? それとも少し休んでから飛ばしますか?」
きんちゃんが優しく問いかける。
「いい」
「なんですか?」
「自分で飛ぶからいいの!」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫なの! すぐに飛べるようになるんでしょ!」
「はい、すぐに飛べますよ」
美羽が立ち上がって、服についた土をパンパンと払う。
『御使いモード』
バァァ。
桜色の翼が広がり、散った桜色の羽が舞い踊る。
美羽は桜色の光を神々しく纏っていて、髪も桜色をさらに輝かしている。
美羽がチラと、きんちゃんを見る。
「……わがまま言ってごめんね」
「美羽様のわがままならいくらでも言ってください」
きんちゃんはわかりにくい金魚ちょうちんの表情でにこりと笑った。
それを見て、美羽も花が咲いたように笑う。
「行こ」
美羽は翼を一度、バサリと羽ばたかせると、木の間を真上に飛び出した。
そのまま雲の高さまで行くと、帝都の方角を確認してそちらの方に向きを変えて飛んで行った。
今度は、うまく飛べたようだった。
魔王ガルヴォートがそう言うと、勇者工藤蓮はあからさまに嬉しそうな顔になる。
その蓮の顔を見て、魔王はニヤリと笑い言葉を続ける。
「勇者よ。汝は今までと同様に人々に希望を与え、正しき道へ導き、悪しきを挫き、汝の思うがままに進むが良い」
魔王がそういうと、蓮は首を前後にぶんぶんと振る。
「勇者よ。それではな。己が使命を果たすが良い」
魔王はそういうと、蓮を掴んだ漆黒の手をしならせて、自らが入ってきた極淵魔将アゼルファードが開けた穴の方に振り切り、タイミングよく蓮を掴んでいた漆黒の手を開放した。
「うわああああああああああああああ」
すると、蓮は絶叫と共に穴を抜けて飛んでいった。
魔王は満足そうに言う。
「勇者の身体能力なら、これくらいでは死にもしないだろう」
スクリーンの向こうでは帝都民が勇者の敗北に慄いている。
『勇者様が負けてしまったぞ』
『魔王が強すぎる』
『やっぱり終わりなんだ』
『でも、あの勇者の言動は酷かったぞ』
『ああ、皇女様たちにも不敬だったな』
『あの勇者に救われなくて良かったんじゃないのか?』
『でも、どうするんだよ。俺たち殺されるんだぞ』
『ああ、もうダメかもしれない……』
『せめて、子供だけでも助けたい……』
帝都民たちはもはや希望にも縋れず諦めムードになっている。
魔王は謁見の間の一角、長いカーテンがかかっているところを見る。
「さて、この場にいる皇族の他にも皇族はいるようなのだが……、汝はそこで何をやっている?」
すると、びくりとカーテンが動いたように見えた。
しかし、何も出てくる様子はない。
「それでは、その場を吹き飛ばすとしようか?」
すると、カーテンが開いて、慌てた声が謁見の間に響いた。
「ま、ま、ま、待ってください~。魔王陛下~」
カーテンの中にいたのは、第一皇子ヨーゼフ・マーヴィカンだった。
ヨーゼフは走り込んできて、魔王の前で膝をついた。
「ま、魔王陛下。お初にお目にかかります。マーヴィカン帝国第一皇子ヨーゼフ・マーヴィカンと申します。
以後、お見知り置きを」
魔王はつまらないものを見るような目で、ヨーゼフを見る。
「ふん、知っておく必要などないわ。汝ら皇族はここで死に絶えるのだからな」
「ひえ、そ、そんなことおっしゃらずに、なんとかご助命いただければ……」
「ふむ……」
魔王はまた思案顔になる。
そして、側近を見ると、側近がスクリーンの水晶を操作する。
そして、ヨーゼフに聞いた。
「ここから先は民には見えない。正直に答えよ。少しでも嘘だと我が感じたら、その時点でその首、繋がっていないと思え」
「は、はぃぃぃぃぃ」
「貴様は、帝都民、皇族、家臣、そして自分。どの命が一番大切だ?」
「!?」
「どうした? 早く答えろ。沈黙でも首を落とすぞ」
そういうと、魔王はヨーゼフを睨む。
魔王が睨むだけで、弱いものは失神する。
事実、ヨーゼフも失神しそうだったが、失神したら命がないと思い、必死に耐えた。
(な、なんて答えるのが最適なんだ。帝都民、皇族、家臣か? いや、魔王は正直に答えろと言った。それならば)
ヨーゼフは顔を上げて言った。
「自分でございます!」
「ふむ、良い答えだ」
ヨーゼフは、正解だったと知って、ホッとする。
しかし、皇族や家臣の方は見ることができない。ヨーゼフは、自分が悪く言われることを極端に恐れるからだ。
今、幻滅した親兄弟や家臣たちが何を言っているかわからない。
「それでは次の問いだ」
(ま、まだ、あるのかー)
「は、はひっ……」
「国を治める時、汝は誰の利益を最優先にするか? 国民か? 家臣か? 皇族か? それとも自分か?」
「じ、自分であります!」
一度、自分と答えてしまっていたヨーゼフはすでに迷いはなかった。
魔王の問いに、即座に、だが正直に答える。
「ふむ、なかなかではないか。では次の問いだ」
「はい!」
自分の生殺与奪を握っている魔王に肯定的な返事をもらったヨーゼフは、自信を持って返事ができるようになっていた。
「国を治める時、汝は何をする? 陣頭指揮をとって適正な税をかけ、国の是正に励むか。適材適所で人を配置し、税の負担を軽くし、運営を任せるか。民に重税を課し、自分は贅沢に酒色に励み、同じ考えのものを優遇するか」
もう、ここまで来れば、ヨーゼフは正しい答えがわかっていた。
自分がやりたくてもできないだろうと諦めていたことである。
「民に重税を課し、自分は贅沢に酒色に励み、同じ考えのものを優遇します」
魔王がニヤリと笑う。
「ヨーゼフとやら、よくできたではないか」
「はい! ありがとうございます!」
ヨーゼフは褒められて、心底嬉しそうに笑う。
ウォーレン以下皇族が苦々しい顔をしていることにヨーゼフは目を向けない。
家臣たちのほとんどには聞こえていなかったのが、せめてもの救いだ。
「それでは、最後の質問だ。汝、かなりの見どころがある。汝はあらゆることが最初から分かっているな?そうだろう?」
「はい! その通りであります」
「そんな正しい汝に意見をするものをどうする? 意見を聞き、前向きに検討する。意見を聞かないで好きなようにする。意見など不要だし害悪にすぎん。そのような者は処刑する」
今度もヨーゼフは答えが瞬時に分かった。
この恐ろしい魔王様の言わんとしていることが、自分に分かって嬉しかった。
「もちろん、意見など私には要りません。そのような者即刻処刑します」
魔王は我が意を得たりとばかりに、大きく豪快に笑った。
「フハハハハハハハハハ。良い。良いぞ、ヨーゼフよ」
「ああ、魔王様! ありがとうございます」
「それでは、ヨーゼフよ。なぜ、汝は今言った通りの生活をしていないのだ?」
「そ、それは……」
「まさか、汝は我に嘘をついたのではないのか?」
「い、いえ、そんなことはございません。今語ったのは、紛れもない私の本心でございます」
「それでは、なぜ酒色に励んでいない?」
「そ、それは……」
ここで、魔王は圧をかけた。
心身ともに弱いヨーゼフは容易く、圧倒される。
圧倒された心は、その重圧から逃れようと、必死に答えを探す。
なかなか、答えが見つからなくキョロキョロとすると、その目に皇帝ウォーレンが映った。
ウォーレンは苦しげな顔でヨーゼフを見つめていた。
その表情は何かを訴えていた。
しかし、今のヨーゼフには届かない。
かわりに、ヨーゼフは閃いた。
(そうだ。魔王陛下はこれを聞きたかったんだ。でも、これを言ってしまったら……)
ヨーゼフは、最後の一線を越えるかどうか迷っていた。
そこへ魔王が口を開く。
「答えはないのか? なかなかに見どころのある者だと思ったのだがな」
ヨーゼフは焦った。ここで、魔王に見放されたら、間違いなく殺されてしまう。
正直に言うしかない。今、自分が思ったことを。
「皇帝です!」
と、言いながら、ヨーゼフは皇帝を指差した。
ウォーレンも皇族たちも驚いた顔でヨーゼフを見ている。
魔王が意外そうな顔をして、聞き返す。
「皇帝とな?」
「はい、皇帝が我々に酒色に励むことを許さなかったのです」
「そうか、だから汝はできなかったと言うのだな。では、汝は我の見込み違いということだな」
「い、いえ! 私は皇帝とは違う考えを持っております!」
「違う考えか。話して見せよ」
「はい、皇帝は皇帝にあるまじき質素な生活をしています。
そして、我ら皇族にも質素な生活を強要していました。
しかし、上のものが質素な生活をしていれば、下のものも質素な生活をしなければならないでしょう。
そうすれば、皇室や皇城からは金の流れが生まれません。
すると、出入りする商人も金がなく、また質素な生活をすることになるでしょう。
商人が金がなければ、物流が生まれません。
そうすると、下々のものまで金が回らなくなります。
ですから、我々皇族は金を使わなければなりません。
自ら率先して酒色に励み、贅を凝らして生活をしなければなりません」
ヨーゼフは主張を重ねるほど、どんどんと皇帝を否定していった。
言っていることは、見る角度によれば正論だが、全体として見れば破綻している。
しかし、魔王に認められようと滔々と語るヨーゼフに破綻していることなど見えなかった。
ある種の万能感さえも感じるようになっていた。
「私が皇帝になれば、このようなことを正して、世の中のために贅を凝らした生活をすることをお約束します」
その言葉を聞いた瞬間、魔王ガルヴォートがニヤリと笑った。
「よく言った。ヨーゼフとやら。しかし、それには今のままでは汝は皇帝になれまい。
我は皇族の血を根絶やしにするのが目的だからな」
ヨーゼフはそう言われても怯まなかった。
なぜなら、
(私は魔王陛下に認められている)
と、感じていたから。
「魔王陛下にご提案があります」
「なんだ?」
「私を助命していただければ、魔王国に尽くし、また私自身は贅を尽くした生活をすると誓いましょう」
「しかし、我は帝国の民も苦しめたいと思っている」
「それならば、帝国全体に重税を課しましょう。払えないものは奴隷に落とします。そうすることで、税を払うために民は必死に働くでしょう。それが長く続きます。それこそ生き地獄というものです」
ヨーゼフはすでに魔王の代弁者になっていた。ただし、魔王は別に望んでいない。ヨーゼフの心の醜い部分が正当化されて出てきているだけだった。
それを聞いている皇帝ウォーレンと皇族たちは青い顔をしていた。
ヨーゼフが狂い始めているのを感じ取っているのだ。
「我に汝を帝位につくチャンスを与えろと申すか?」
「はい! ぜひお願いします。必ずやご期待にお応えしましょう」
ヨーゼフは見えてきた自らの帝位と、贅を凝らした生活に、人民を虐げることで得られるであろう快感を想像して、恍惚とした気分になっていた。
あとは魔王の許可を得るだけだ。果たして魔王は……。
「良いだろう。汝を生かそう。ただし、帝位は自分で掴んで見せよ」
ヨーゼフが膝を再び床についた。最初に膝をついた時のようなおどおどした様子はすでにない。
「ハッ! 必ずやご期待に応えて見せます」
「では、ヨーゼフよ。ここはもうすぐ破壊に包まれる。ここから、離れるが良い。リュグナ!」
「ハッ」
絶牙魔将リュグナが短く返事をすると、ヨーゼフに手を向ける。すると、ヨーゼフは空中に浮かび上がり、謁見の間に空いた穴から外に飛び出し、消えていった。
それを見送った、魔王ガルヴォートはウォーレンと皇族たちを見る。
「さて、ヨーゼフとやらは助かったな」
「魔王よ。なぜ、あのようなことをヨーゼフに。それに、勇者殿にも」
皇帝ウォーレンが尋ねると、魔王は笑い出した。
「フハハハハハハ。我は汝ら皇帝の血筋は憎いが、人間も憎いと思っている。
しかし、今日滅ぼすだけでは、苦しみなど一瞬に過ぎぬ。
しかし、我らには一瞬の苦しみしか与えることができぬ。
我ら魔族は人口が少ないのでな。あまり人間にかまけられぬのだ。
そこで思ったのだ。人間を苦しめるには人間にさせるのが一番いいと。
勇者はあの下衆な性格だ。必ずや、人の世を乱す存在になるだろう。
苦しめられるものが出るが、あれで魔人を倒すほどの技量だ。
人間では止めることもできぬだろう。
そして、ヨーゼフ。あれもなかなかの逸材。
あれは必ず人民を苦しめる暴君になるだろう。
そして、魔王国には従順な傀儡となる。操り甲斐があろうな。
我らのような強大な敵よりも、無能で力のある下衆な味方の方が、帝国民を長く苦しめられるというものよ。
そして、それを諌める皇族はいなくなるのだ。
悪くしかならないだろうな。
そして、折を見て我らは再びこの地に来て、その時こそ人間を叩き潰す。
悪政と暴走勇者に疲弊した帝国を潰すのは容易いだろうな。
どうだ? 帝国の未来は暗かろう?」
皇帝ウォーレンを始め皇族たちは暗い表情で俯いた。
自分たちの無力を噛み締めて。
—————————— 同時刻の美羽 ———————————
「きゃああああああああああああああ」
桜色をした翼を生やした少女は、どんな速い鳥よりも速く飛んでいく。
「あっちに行きたいのにいいいいいいいい」
しかし、思った方には飛べていないようだった。
いっしょに飛んでいるきんちゃんが叫ぶ。
「美羽様、下がりすぎると森に突っ込んでしまいます!」
「わわわ、ぶつかるーーーーー」
大樹の多い原生林に突っ込む。
バキンバキンバキン。
大樹の上部の幹を折りながら、勢いが弱まり抱きつくような形で大樹にぶつかる。
「はあはあはあ。やっと止まった」
メキメキメキ……バキン。
止まったと思い安心したのも束の間、掴まった幹も折れて、いっしょに落下していく。
「きゃああああああああ」
バサン。
運よく幹は大樹の枝と枝の間に引っかかり、美羽はその枝にワンピースの腰の部分が引っかかって、落ちずにすんだ。
「ひーん、怖かったよぉ」
上空から金魚ちょうちんのきんちゃんが降りてきた。
「ああー、美羽様、大丈夫ですか?」
「きんちゃーん、怖かったのぉ」
「大丈夫ですよ、美羽様。今、そこからおろして差し上げますね」
きんちゃんが浮遊魔法で、美羽をゆらゆらと地面まで下ろす。
美羽は、地面に降りるなり、大の字になって寝転ぶ。
「もーーー、なんでうまくいかないの!」
大の字の手足をバタバタさせる美羽。まるで、子供のように見えるが、まさに子供である。
「ぶっつけ本番だから、うまくいかなかっただけですよ」
「きんちゃんは最初から飛んでたじゃない」
「わ、私は、飛べないと魚の体では歩けないので、そうできていたんですよ」
「私がきんちゃんを作ったのにー」
「練習すれば、美羽様ならすぐに飛べるようになりますよ」
「きんちゃんが私を飛ばして」
「はい?」
「きんちゃんが私を浮遊魔法で飛ばして、帝都まで運んで」
美羽は時々理不尽になる。
そんなところも含めてきんちゃんは美羽が愛おしい。
「わかりました。そうしましょう」
素直に従ってくれるきんちゃんに美羽は罪悪感を覚えて、ゴロンときんちゃんの反対側に体を向ける。
「それでは、飛ばしますか? それとも少し休んでから飛ばしますか?」
きんちゃんが優しく問いかける。
「いい」
「なんですか?」
「自分で飛ぶからいいの!」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫なの! すぐに飛べるようになるんでしょ!」
「はい、すぐに飛べますよ」
美羽が立ち上がって、服についた土をパンパンと払う。
『御使いモード』
バァァ。
桜色の翼が広がり、散った桜色の羽が舞い踊る。
美羽は桜色の光を神々しく纏っていて、髪も桜色をさらに輝かしている。
美羽がチラと、きんちゃんを見る。
「……わがまま言ってごめんね」
「美羽様のわがままならいくらでも言ってください」
きんちゃんはわかりにくい金魚ちょうちんの表情でにこりと笑った。
それを見て、美羽も花が咲いたように笑う。
「行こ」
美羽は翼を一度、バサリと羽ばたかせると、木の間を真上に飛び出した。
そのまま雲の高さまで行くと、帝都の方角を確認してそちらの方に向きを変えて飛んで行った。
今度は、うまく飛べたようだった。
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