オジサマ王子と初々しく

ともとし

文字の大きさ
16 / 227
第二話

恋は狂わせる

しおりを挟む
 マリスがそう言うも、肝心のヘルメスは少し困った……というよりも、何やら目を逸らされている事に気がついた。いかん、ズボンのチャックが全開だったか?ほんのり照れている表情も愛らしい、ずっと見ていたいが「いやでも私のズボンのチャック全開だったら、ただの変態になるよな私。」と良識を慌てて引き出して身なりを確認するもそれらしきものはない。……では、何故?
 自身のポテンシャルを完全に理解していないマリスは、「どうなさいましたか?」と聞くしかなかった。

 「い、いえ。その……ちょっとはだけていたので、直視出来なくて。」
 「へ?あ、ああ。これは失礼しました。」

 そういえば、気絶してベッドに運ばれていたのだ。羽織っているものはおろか、チョッキもネクタイも外されていたのにようやく気が付いた。なんだか少し肌寒いとは思っていたが合点した。とはいえ、今更チョッキも取りに戻るのも……と思いマリスは改めて身だしなみを整えて再度、ヘルメスに問いかけた。

 「やはり、私とのエスコートは嫌でしょうか?」
 「そ、そういうわけじゃありません。ただ……マリス様だって突然の事でしょうし、それに異性に免疫がないのなら余計に。」
 「う、うん。それはそうなのですが……。」

 さっきの会話と同じだが、マリスは退くわけにはいかない。

 「……確かに私は、異性に触れることに慣れてはおりません。そのせいでダンスも満足に踊れないのも事実です。エスコートをする人間としては、これ以上にないくらい不出来な男ではありますが。」
 「そんな、そんな事はありませんよ。マリス様はお優しい人ですし、ダンスが出来ないくらいでそこまで卑下しなくても。」
 「……ヘルメス嬢もお優しい。それに私は、あのドレスを纏った貴女を間近で見たいのです。」
 「ぇ。」
 「あのドレスは、私なりの愛情表現で……その、愛らしい貴女をイメージしたものなのです。実のところ、卒業パーティーの事は昨日知ったぐらいで、それを着た貴女が私ではない他の人と列席すると思うと……なんというか、モヤモヤしてしまって落ち着かないのです。」

 マリスは正直な気持ちを口にすると大いに照れてしまい、それこそ耳まで赤くなっていくほどに赤面をしている。つまり、「年甲斐もなく嫉妬してしまう」と言いたいのだ。
 例えそれが実の兄上だろうが同級生の女子だろうが、恐らくマリスはエスコートする相手に嫉妬してしまうだろうと。なんせ自分の好きな相手のために、なけなしのセンスを絞って針子と相談しながら拵えたドレスだから余計だ。
 逆を言えば、大人げないだろうかと言う不安もある。ここまで押し付けてがましいにもほどがあるとは思っているし、エスコートしたいのも我儘だとも思っている。ヘルメスも気遣ってくれているというのに、それを無下にするのもいかがなものかと……。
 それでもやはりマリスは、自分の心にある「好き」という気持ちを抑えることは出来なかった。甘い恋は、時に愚かしい。
 しかし、最終的に決めるのはヘルメスだ。親子ほど歳の離れた異性と歩いていれば、きっと冷やかされてしまうかもしれない。そうならないよう、外見には細心の注意を払ってきている。彼女と出会ってから十五年、無頓着だったそれを徹底して磨き上げて紳士的に振る舞えるように努めあげたつもりだ、彼女に相応しい男になるために。
 そうこう思っていると、また頬を染めた愛しいヘルメスは口を開けてくれた。

 「……私も、マリス様にエスコートされないであのドレスを着ても、あんまり嬉しくないかなって思っていて。」
 「え。」
 「ただその……本当に大丈夫なのですか?支度も我が家で万全にご用意出来るかもわかりませんよ?」
 「!そ、その問題なら、サンランの都市に知人がおります故!こちらでご用意できますよ!」
 「じゃ、じゃあ……あの、お願いして、いいですか?」
 「~っ、勿論!!」

 まるで遊んでくれるのを喜ぶ子犬のように、パァッと明るい笑顔を全開にするマリス。その顔がとても歳上とは思えないほどに可愛さがあったのか、ヘルメスの母性をくすぐる、というか刺すが如く胸をまたキュンと鳴らさせた。まだ出会って二日目だと言うのに、彼の色んな表情をたくさん見れた。純情な紳士がいるとしたら、世界中を探してもきっとマリスしかいないだろう。
 こう甘い考えを持ってしまうのも恋心の熱のせいかもしれない。

 そして二人はほぼ同時に手を差し出して「よろしくお願いします」と握手をしようとした。
 しかし、オレンジ一つ分の間を作って二人の手はビキリと止まった。

 (ちょ、ちょっと待って?私、よくよく考えたら男性と手を繋ぐくらい簡単!って思っていたけど……好きな人相手だと、こうも緊張するの?)
 (いや待て?もしここでヘルメス嬢と握手をしたら……嬉しすぎてまた頭を打つのではないか?)

 羞恥心と緊張感、それでいて両想い、さらに言うなら相手に触れる勇気がまるでない両者……本来なら「甘酸っぱいなぁ」とか側から見れば青春の1ページになりゆるこの場面、その手前でお互いは心臓バックバクで固まってしまったのだ。
 そんな両人の思惑を知らず、茶葉を包んだ可愛らしい紙袋を持ってやってきたヘルメス付きのメイド・キリコは、まさにその瞬間にやってきてしまった。

 「お嬢様~、ちょうど新しいハーブが入って…………ん?」

 キリコは異様な光景を目撃した。
 自分がついている伯爵令嬢とその婚約者が、手を差し出したまま固まっているではありませんか。何かしらのオーラでも飛ばしあっているのか、二人は赤い顔をしている。いや、この二人が顔を合わせれば照れ臭くていつも顔は赤いので珍しくはないのだが。
 しかしよく見てみると、二人は少しずつ……「ぎぎぎっ」という音でも立てているかのような動きで手を合わせようとしている?あー、握手でもするのかな?とここまではなんとなく想像出来た。だが、握手するにも動きが凄まじく遅すぎる。
 お嬢様はこれから学友の元へ行かなくてはいけないと言うのに、あの婚約者は何を焦らしているのだ!握手するまでに夕食が始まってしまうだろう!とキリコはやきもきしながら見ていたが、とうとう痺れを切らしてしまい、早歩きで二人の元へ寄って行った。

 「あーもう!じれったいです!さっさと握手なさい!!」

 キリコはヘルメスとマリスの手首を掴み、半ば強引にガッシリと手を組ませた。
 「ふわっ!?」とヘルメスは驚きの声を上げるが、ついにマリスの手に触れた。昨日と先程まで手袋をしていたおかげで素手を見ることが出来なかったが、今は見る事が出来て……いや見る以上の事をしている。なんせ触れている。
 手の甲は年相応なのだろう、自分と比べて皺がたくさんある。それでいて大きく、ゴツゴツしていた。なのになんだか優しい温もり、ヘルメスの手のひらから十分にそれを感じる。

 (これが、マリス様の手なんだ……。)

 もう少し感じていたいと思っていたのか、ヘルメスは握り返す力を少しだけ入れてみた。と、それに応えるようにマリスもまた小さく握り返してくる。
 あれ?なんだ、意外と平気なのでは?とヘルメスは安堵してマリスの顔を見上げた。

 あり得ないくらい顔面が茹で上がっている。

 「は、は、わわ…………っ!」

 嬉しさと羞恥が入り混じり、マリスはまるで頭が爆発でもしたのかビクリと大きく一回、体を跳ね上げてそのままの勢いでまた倒れ込んでしまった。
 ズドォン!!と大きな音を立て、客間にいたはずのジークとカートン伯爵が慌てて駆けつけてきた。
 どうしましたかご主人?自害なら外でやってください!とジークは相変わらず酷い事を言うが、薄れゆく意識の中……マリスは微笑みながら言う。

 「手……小さくて、柔らかくて…………すき。」

 ガクッ!
 マリスはまた気絶してしまった(しかし直後にジークが無理やり起こした)。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。 

さら
恋愛
 私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。  そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。  王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。  私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。  ――でも、それは間違いだった。  辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。  やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。  王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。  無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。  裏切りから始まる癒しの恋。  厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

処理中です...