オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第三話

輪郭が未だなく

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 マリスが膝を震わせて歩くこと5m。さすがにこれ以上は休憩を挟まないと彼の呼吸が続かないと思ったベティベルは一旦レッスンも休むことを提案する。ヘルメスはゆっくり手を離すとその場で膝をつくマリスを、同行してきたジークが肩を組んで抱え上げた。ふとその時、ベンチャミン公爵と目が合った。

 「はぁ……はぁ……、も、もしや……ベンチャミン公爵でしょうか?ご、ご挨拶が遅れて、大変失礼します……。」
 「あ、いえどうかお気になさらず。先に掛けて息を整えてくださいませ。」

 紳士的に振る舞う客人、ただし凄まじく疲弊している……をダンスホールの壁際にあるソファに座らせる事とした。
 ジークか座らせるや否や「だから無理だと言ったのですよ。年齢的にレッスンの最中に倒れたら、先程みたいに軽く休む程度じゃすまないのですよ?四十過ぎたらお体を自愛してくださいよ?」と辛辣に、そして強めに言われてしまう。
 呼吸が整っていたマリスはそれを受けて「ぐぬぅ……!」としか言い返せないでいた。若者に舐められている姿を見せられて悔しい(本当に悔しい)が、何も言い返せないのが現状である。
 と、そんなやり取りを微笑ましく見ていたヘルメスだが、親友の父親に挨拶をするのが遅れてしまった事を思い出し、慌ててベンチャミン公爵に膝を曲げて挨拶をした。

 「お久しぶりです、ベンチャミン公爵。突然の来訪、大変失礼しました。」
 「ああ、久しぶりだなヘルメス嬢。お父上は息災かな?」
 「はい。最近では、ベンチャミン公爵領の果物を毎朝食べていて、以前よりも元気に過ごしております。」
 「ははは、それは何より。それを育てた領民もきっと喜ぶだろう。」

 公爵とヘルメスが他愛もない会話をしている間に、マリスは身だしなみを整えて息を落ち着かせて立ち上がり、改めてベンチャミン公爵へ腰を曲げて挨拶をする。

 「お初目かかります、イズール・ベンチャミン公爵。私はヘルメス・カートン伯爵令嬢の婚約者、マリス・エバと申します。」
 「これはこれは、ご丁寧に。いやしかし、貴方とは初めてではありませんよ。確か……、」

 マリス様と公爵は面識がある?とヘルメスは少し驚いたが、当のマリス本人はいつものように穏やかな表情で特別驚いてもいないようだ。のでヘルメスも公爵の言葉を待ってみる。

 「神海王国ハンクスのグリーングラス商会の会頭、マリス・エバ殿でしょう?我が領の果実と取引して下さった際に立ち会っていただいたはずですよ。」
 「……なんと、覚えておいででしたか。ベンチャミン公爵に顔を覚えていただいていたとは、有り難き幸せ。」
 「そんな大袈裟な。これからも良きビジネスパートナーとして、よろしくお願いしますよ。」

 ははは、と笑いながら和やかな会話と共に自然と握手する両人をヘルメス達は見ていた。なるほど、サンラン国にはそういった商売をするためにやってきていたのなら我が家と出会えたのも頷ける。あんな田舎の道にわざわざ通るような物好きはいないものなぁ~と呑気にヘルメスは思っていた。

 「マリス様って、商人でしたのね。お手紙にはそう記されてなかったので存じませんでした。」
 「ああ、申し訳ない。そう書きたかったのだが、当時は父には止められていたものでね。」
 「止められていたのなら仕方ないですよ。お仕事の事もあるのでしょうし。」

 彼の事を何も知らなかったヘルメスは、ようやく彼の事を少しだけ知る事が出来て少し嬉しかった。幼い頃から貰っていた手紙は便箋がたくさん入っていたものの、半分は父への所用の手紙で残り半分は自分宛のものではあったが、いつもヘルメスに対して気遣っている文面ばかりでマリス自身の事はあまり記されていなかった。
 内容はポエムだったり住んでいる近くの海の様子や、誕生日が近いときはお祝いに何がほしいか、まるで遠くにいる父親からの手紙のように感じ取れる内容が年に二回ほどあった。
 マリスの環境からして、あまりプライベートな事を記されていないのと、幼い頃に色んな質問をしてもはっきりとした答えが来なかったのもそういった理由があったのは知らなかったが、ヘルメスも歳を重ねて答えづらいと察したのか、ここ数年は自分の近況しか手紙に書かなくなったのだ。
 迷惑だったのだろうな……でも仕方ないよ、と自分に言い聞かせていたが、その心中でも察したのかベティベルはその会話に口を挟んできた。

 「いえ待ちなさい、仕方のない事はないでしょう。」
 「ぇ……でも、マリス様にだって都合があったのだからそんな。」
 「それはお手紙でのやり取りのお話でしょう?でしたら、顔を合わせた今ならちゃんとお話しして、エバ様の事を知るべきでしょうに。」

 確かに、好きな人の事を何も知らないのは結婚した後では少し後悔するかもしれない。
 恋は盲目とも言うが、知るべき時はすぐに知るべきであり、それが夫婦となった後にプラスになるかマイナスになるかもわからない。実際今、「商会の会頭」と知らないまま結婚しようとしていた。その後仮に、夫と共に経営の仕事をするとしたら、それに対する知識がなかったら大変な事となっていた。
 職業もそうだが、やはりその人自身の事を掘り下げないと支え合わなければいけないのに、知らずに相手のウィークポイントを踏んでしまって傷つけてしまうだろう。それは回避しなければなるまい。
 そこまで淡々とベティベルは語り、マリスに振り向くと、

 「ヘルメスの事が大切なら、ヘルメスの事を知っていただきたいですし、貴方自身の事もお教えになったほうがよろしいですわよ。?」
 「ぅ……それは確かに、そうですね。さすがはベティベル嬢。」

 お茶と簡単な軽食が用意されるまで、ダンスホール近くの庭園を二人で散策しながらお話しでもしてきなさいとベティベルに促されたヘルメスとマリスは、その言葉に甘えるように(もしくは謎の圧から逃げるように)そそくさとホールを後にしたのだった。

 「ベティ。さすがに不敬に当たるのではないか……?」
 「そう冷や冷やなさらずとも。ご本人もまだヘルメスに知られたくないご様子でしたので、私は敢えて知らぬふりを貫きます。」
 「我が娘ながら肝が据わっている。はぁー……ここがサンラン国でよかったよ。」
 「肝が据わっているのは、お父様譲りでしてよ。」

 ベンチャミン公爵は、体内の空気を全て抜くように大きく息を吐いて、どっかりとソファに腰掛けたのだった。
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