オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第三話

罰せるよりも

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 マリス・エバことマリセウス・ハンクス・エヴァルマーは『神海王国ハンクス』の現国王デュラン・スミス・エヴァルマーと王妃殿下テレサ・スミス・エヴァルマーの第一子であり、次期国王である。年齢は四十三歳、秋の終わりの生まれ。五歳年下の妹が一人。
 グリーングラス商会は十八の頃に立ち上げた商会で、ほとんどの経営は副会頭に任せている。そのため商会からの給金は平従業員よりも少ない。その少ない給金はその頃より細々と貯金しているのだ。一言断っておくなら、王族の娯楽ではなく本気の経営をしているとだけ言わせてもらう。

 神海王国ハンクスといえば、アスター大陸の南に位置する王国で大陸最大の国家・メルキア帝国と肩を並べる大国であり、世界で唯一『神秘が集う国』なのである。
 王族のエヴァルマー一族は代々、『神々の代弁者』として国のみならず、大陸に災いが起これば人と歩む神と共に手を取り合い、それらを払ってきたのだ。
 過去数年の出来事で言えば、メルキア帝国の農村部で発生した伝染病。神はそれらを治す秘術をエヴァルマーに伝えると、それを人々が培ってきた文明の力と進化させた医術を用いて伝染病患者を次々と回復させていったのだ。勿論、医者だけの力だけではなく自治体や国政の連携によって鎮めたことも大きい。
 人との繋がりによって困難を越える姿を見守る神々のおかげで、アスター大陸の人間は強くなっていく……その代弁者に選ばれた、エヴァルマー一族は大きな存在である。
 それ故に恐れられている面も強い。もし機嫌を損なえば、きっと天罰が下るのではないかと噂が実しやかに大陸中にも流れているほどだ。実際の彼ら一族はそこらの平民と変わらないほどフランクな人間性ではあるのだが、やはり神々の代弁者という看板の大きさに、皆が恐れ慄いているのだ。現国王も「オチオチ外も歩けないよ!歩いてるけどもネ!!」という始末。……いやこれ困ってないな?

 「ハン・レッドラン君。君が疑うのも無理はない。あの場で私の身分が明かされれば、少々困るのでね。だから説明不足であった事は私の落ち度だ。」
 「ひっ、ぇ。い、いいえ!わ、私こそ……礼を弁えず、とんだ無礼を致しました。申し訳ありませんでした!」
 「構わないよ。レッドラン卿、どうかお顔を上げて下さい。少し話が長くなるかもしれませんし、お互い腰をかけましょう?」

 そうマリス……マリセウスが促すと、応接室の円卓に並べている椅子に一同は腰をかけた。令息は先程の婚約者とのやり取りを見られてしまったのだろうかと不安に駆られている。例え目の前の王族と彼女が無関係でも、御前で暴力を振るったのだ。きっとただでは済まないだろうと恐怖で震えていた。しかし開口一番に聞こえたのが、予想外の言葉。

 「レッドラン卿。私の婚約者が御子息に手を上げてしまった事、まずは謝罪をさせて下さい。」
 「そんな、殿下。我が愚息がその原因を作ったのです。だと言うのに、息子と来たらそれに激昂して殿下の婚約者を…………婚約者?」
 「はい。ヘルメス・カートン伯爵令嬢は、私の婚約者なのです。どうか彼女に代わって謝罪をしなければと。そうでなければ、御子息が一方的に責められるではありませんか。」
 (あのカートンが……ハンクスの王太子妃になる!?)

 令息はマリセウスの懐深さを感じる言葉よりも先に、自分が今まで醜女と散々馬鹿にしてきたヘルメスが王族になる可能性があることと、今日こんにちまでの行いの数々に対する非礼が、ここに来て激しく後悔する。
 殿下と父の会話が続く中、令息はこの後自分の身に何かが起こる予感しかせず、どんどんと不安な方へと思考が流れる。廃嫡か、国外追放か、不敬罪に当たるならそんなのは生優しいものだ。きっと地下深い牢屋に閉じ込められてしまう!いやそれ以上の事をされる……死刑か?鉱山で強制労働か?だらだらと冷や汗が流れ続けている令息は、父親の「聞いているのか、ハン!」という強い呼び声に、ひぃっ!と情けない声と共にようやく我に返った。

 「す、すみません。色々な事が起こって、混乱してしまいまして……。」
 「全く、この愚息は。」

 マリセウスは令息の顔色が悪く、その挙動も不安定で負の感情に支配されているのが見てとれた。
 なんの突拍子もなく王族が目の前に現れたのだ。そんな顔になるそれは痛いほど伝わる。恐怖で押さえ込んで彼を無理やり反省させるのは意味がない。「何故それをやってはいけないのか?」の問いに対しての答えが「目の上に怒られて怖いから」になるのだから、理解したとは程遠いものになる。それは避けたい。


 「……いいかい、ハン・レッドラン君。君が学院でどのような生活をしていたのか、そしてどのような人間関係を築いたのか私は知らない。だが知らないからこそ言わせてもらうが、君が君の婚約者に手を上げた事は悪い事だ。しかも自分の立場を利用しようとしたことも。」
 「は、はい。」
 「彼女に手を上げた原因は君にあるのだよ。日頃の行いが悪ければ因果応報、自分に返ってくる。それだけじゃない。手を上げたことや暴言を吐いた事、明確な悪意をしてしまったと理解したときの罪悪感は一生君の心に影を落とす。仮に許されても、今後の人生の日常で突然それを思い出す。これから君は、それを味わうのだよ。」
 「はい……。」
 「だからこれを機に、自分が嫌い・気に食わないからといって、相手に暴言や暴力を振るわないと約束できるね?」
 「…………はい、わかりました。今後は、相手を思いやることを忘れず、感情的にならないように……気をつけます。」

 まるで親身になって話をしてくれる教師に怒られているような、そんな気持ちで諭された令息は辿々しく子供のような返事をし、それまでの過去の行いを思い返した。ヘルメスを醜女と嘲笑い、格下の子爵令嬢である婚約者に対して高圧的な態度をとり続けてきたこと。
 王太子殿下は立場を利用しようともせずに説教をされたおかげなのか、このお方の大きさに比べて自分が如何に小さな男であったかを知らしめてくれた。あの二人は傷ついて悲しんでいて、さらに言うなら自分に対して嫌悪感を抱いていなくとも可笑しくない。圧力こそなかったが、王族とのやり取りのおかげで、ようやく我が身で経験して痛みを理解した。
 そして何よりも殿下が処罰などせずに自分に丁寧に話しかけてくれたのが救いだった。本来なら王族の人間に無礼を働いたのなら、それなりの罰を受けるはずなのに。

 「聞いてくれてありがとう。私は君のその言葉を信じるさ。御子息もこのように反省していらっしゃいますし……大人がこれ以上口を出すことはおしまいにしましょう。彼はきっと、今以上に大きな男になりますよ。」
 「いやはや……殿下のような御仁にそう申されては、私も息子の為にまだ何かしてやらねばなりませんな。」


 「お心遣い、誠に感謝します……。」

 令息はその一言を発すると緊張感から解放され、グスグスと泣きながら父と共に応接間を後にしたのだった。
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