オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第四話

眩しい君へ

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 玄関ホールの賑やかさにから数分、馬車の準備も整ったところでヘルメスとマリセウスは声をかけられた。
 カートン伯爵家の紋章である楓の葉と小さな星が散らばっている一風変わったものがドアに刻印されている馬車は、まるで今日のために新調でもしたのではないかと真新しいほどにぴかぴかになっている。しかし実際は御者ぎょしゃのダリス……カートン家の人々からは「ダリスじいさん」と呼ばれている……が、ヘルメスの晴れ舞台のために三日三晩手入れをした結果だ。
 「あのお嬢様が殿方とパーティーに行くのだぞ!」と、いつもならほどよい点検と車輪の異常確認を重点的に行うダリスが、外観の汚れ内装の汚れまで気にしだす始末でついには「リフォームさせてくだされ!」と伯爵に直談判までしたくらいだ。さすがに内装と念入りの点検は専門の業者に頼んで新しくして貰い、外観は若い御者二人と力を合わせて新品と見間違うくらいに磨き上げた。これを今日の午前中に初めて乗ったヘルメスは大変驚いて事情を聞いた所、ダリスはお嬢様のためにと答えて大いに喜ばれたとは言うまでもない。

 ジークが扉を開け、マリセウスがヘルメスの手を取ると彼女を最初に乗り込ませる。座ったところを次はマリセウスが対面する形で乗り込み、その着席を確認したジークは扉を閉めて馬車後ろ部分のキャリッジへと立ち乗った(それを見たキリコは「あれ、人が乗ってもいい部分だったんだ」と内心思っていたのは内緒である)。
 ヘルメスは窓のカーテンを開けて、玄関外まで見送りに来てくれている両親とメイド、執事たちに小さく手を振りながら「いってきます」と挨拶をすると同時にダリスは手綱を引き、それを合図に二頭の馬は走り出した。心地よく鳴る蹄の音はだんだんと遠ざかり、やがて姿が見えなくなるとナナリ伯爵夫人はポツリと零した。

 「初恋って実らないものなのかしら……。」
 「でも初恋ほど熱は冷めないものだよ?」

 セネル伯爵は、娘はどういう選択をするのだろうかと息を詰まらせながら思っていた。

 その両親の心は知らず、ヘルメスはマリセウスにイヤリングのお礼を言っていた。
 最初は手にした時「大きいな!?」と思わず声を出して驚き、しかしそれに反してあまり重さを感じなかった。なんせ埋められている黒い宝石がそう思わせていたが、よくよく見ると宝石の中は空洞になっていた。一体どんな細工だと鑑定士のようにそれを見つめて、そしてその答えを瞬時に導き出した。

 「この宝石……じゃなくて、魔法石ってあの時の千年黒光石サウザーシリウスライトですよね?」
 「さすがはヘルメス嬢、お見通しでしたか。ええ、私と貴女を再会させてくれた魔法石だよ。」
 「やっぱり!それにしても、こんなに空洞に出来るなんて。」
 「実は宿泊先の街に、魔法石を装飾品として細工をしてくれる職人がいてね。その人に千年黒光石を大光岩ブライトロックの卵なんじゃないかって話したら、興味を持ってくれて粋な細工……石を薄く削ったものを重ねて、まるで中身を抜いたかのような形にしてくれたんだ。」
 「それってガラスで宝石のレプリカを作るような生成方法ですね。粋な細工……あ、そうか。空洞の中に光を集めやすいようにしてくれたのですね!」
 「ご名答。あの千年黒光石の原型のままだと、光が蓄積されているのかよくわからないだろうし、ヘルメス嬢ならこの蓄積される過程が気になって観察したがるかもしれないのを話したら、ならば光を集めやすいようにしましょうと職人がそうしてくれたんだ。」
 「まぁ……!こんな嬉しい贈り物、初めてです!今度その職人さんにもお礼を言わなきゃいけませんね!」

 相変わらず、好きなものを語るときの高揚とした顔と好奇心に満ちた瞳が本当に愛らしい。ずっとその笑顔のままでいてくれたらどんなに幸せなのだろうか。マリセウスはこの後、真実を告げて騙し続けてきたことを謝罪して婚約を破談しなければいけないのかと思うと胸がひどく痛んだ。それでも表情には出さないように努めていたが、その本心でも読まれたのかヘルメスは笑顔が少し曇った。

 「……マリス様、どうしましたか?」
 「ぇ?」
 「なんだか少し、寂しそうな目をしていましたよ?」
 「あ……ああ、先週ヘルメス嬢に失礼な事を申してしまったなって。」
 「あ。私が結婚か破談が選んでほしいってお話でしたね?」
 「貴女にそんな酷な想いをさせてしまった事が本当に……、」
 「そんな事ありませんよ。私、あれから考えさせられましたもの。確かに、私も未だに至らない所がたくさんありますし……かえってマリス様を不安にさせてましたから。」
 「不安だなんて、私は。」
 「だからその……、場違いなところで申し訳ありませんが、私の返事を聞いては戴けませんか?」

 まだ冷めぬ高揚とした気分のまま、ヘルメスは真っ直ぐにマリセウスの眼を見つめて言葉を出す。

 「至らない所は頑張って直します。愛があれば!なんて言葉で簡単に変えられることではなにのは重々承知しております。マリス様のお仕事をお手伝い出来るかはわかりませんし足を引っ張る事もあるかもしれません……、それでも支えられるように努力は惜しみません。お役に立てるように経営の勉強ももちろんします。ですから……私を、マリス様のお側に置いて下さいませんか?」
 「……ヘルメス嬢。」

 どれだけ、この言葉を言うのに勇気がいるのだろう。自分の力量が未熟で将来の計画性も明確になっていないのに、それでも『好きな人の傍にいたい』という純粋な願いがひしひしと伝わる。
 彼女には可能性を秘めている。若さとか単純な理由じゃなくて、ダンス練習のときに見せた爆発的な集中力と吞み込みの早さ。ヘルメスは「マリスの為」なら、本当に出来てしまうのが証明された瞬間なのだ。
 しかし、マリセウスはだからこそだろう、自分のために鳥かごに自ら入りに行ってほしくない。
 だけども悲しいことに、マリセウスも『好きな人を傍に置きたい』心が大きくなってしまっている。けれどももう決めたのだ、好きな人から何もかも奪ってしまうくらいならと。
 ……ヘルメスの勇気を踏みにじる、マリセウスは非情な勇気を出さないといけない。
 彼女の両手をとって、真実を伝える。

 「その言葉はとても嬉しい。だが、貴方に伝えないといけない事がある。」
 「マリス様……?」
 「私は…………、」

 その言葉の続きを遮ったのは、ガタン!と突然止まった馬車の音だった。
 大した振動ではなかったものの、あまり聞かない音だったのかヘルメスが「うわっ!」と思わず声をあげてしまった。その声を聞いた御者のダリスは、慌てて窓から「大丈夫ですかい!?」を声をかけてきてくれた。

 「どうかされたのですか?」
 「いえ、実は前に馬車が止まっていて道が狭くなっておりまして……。」

 マリセウスがそれを聞くと、そこの窓の隙間から街道を覗いてみた。左後ろの車輪が深いぬかるみに嵌っていたのだ。それを見て「これはまた災難だったな」と思っていたのも束の間、

 「やだ、大変!」

 カーテンを開いてその現状を見たヘルメスは、考えるより先に助けるために馬車から飛び出していってしまったのだった。
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