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第八話
アップサイドダウン
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「すまない。両親が突然呼び出してしまって。」
「いえ、お話をしたいのは私もそうですしお構いなく。」
意気揚々と中庭地下にあるスプリンクラー設備の見学に行こうとした所、王太子付きの侍女が大急ぎでやってきて「陛下と王妃がヘルメス様と殿下を交えてお茶をしたい」と伝えにやってきたのだ。
直ぐにじゃなくとも構わないだろうとお茶を後回しにしようとしたが、すぐ後からやってきたネビルまでも二人の見学を阻止するかのようにやってきて懇願され、仕方なく並んで東屋にやってきた。すでにお茶菓子や紅茶の準備がされていたので、もしかしたら計画していたのかもしれない。それならそうと言ってくれればよかったのに……マリセウスはそう思い込んでいたが、実際はよからぬ噂が出来ないための親心な配慮が働いたためだ。親の心子知らず(ただし子は四十三歳である)。
「緊張とかしていないのかい?」
「本音は緊張していますけど……でもちゃんと、その、好きな人のご両親とお話しておかないといけないかなって。」
「そ、そっか。」
好きな人、のワードに思わず照れてしまうマリセウスを見た侍女たちと少し離れた所にいた見回り警備兵が「いつもの殿下じゃない!!」と激しく驚愕していると、謁見のときとは違ってラフな装いのデュランとテレサがやってきた。
先に腰をかけて待っていた二人は起立して頭を下げるとすぐに面をあげるようにデュランは声をかけた。突然の呼び出しをした事を詫びると着席を促し、妻と共にマリセウスとヘルメスに対面するよう腰をかけた。
「それにしても突然の茶会とは、いかがなさいましたか父上。」
「そりゃあ、娘になる予定の令嬢の事を知りたいと思っておったからな。明日から挙式の準備やら妃教育やらで時間が作れそうもないだろう?」
「それにヘルメスちゃんだって、マリセウスの事をもっと知ってから結婚したいでしょ?」
「は、はい!お心遣い、感謝します。」
知ってもらいたいから中庭でデートしていたんだけどもなぁ~とマリセウスは思ってはいたが、大人なので口にはしなかった。しかしその大人が人目を盗んで異性と二人だけになりそうな、よからぬ誤解を招きかけないうっかりをやりそうだった事をデュラン達は親なので口にはしなかった。あと盗み聞きがバレたらやばいから。
出された紅茶を一口飲み、テレサはスコーンを勧めると、ヘルメスは「いただきます」とスコーンをひとつ取り、添えられたストロベリージャムを塗りたくって一口食すと、目を見開いて瞳をキラキラさせた。
サクサクの外で中はふかふか、見た目はシンプルな白いスコーン自体もバターを含ませたぐらいだけのものなのでジャムの酸味と甘味をさらに引き立てている。まるでジャムのためのパンとも思える。その味わいもそうだが、サンラン国のスコーンはなんというか豪快なものが主流で、チョコチップやヘーゼルナッツ、ドライフルーツなどを混ぜ合わせているスコーンなので、基本的に何もつけてない状態でとても甘い。食感はザクザク。
風味を含めてハンクスのスコーンのシンプルさが新鮮で、それなのに美味ときたからヘルメスは感動していた。
「どうだい?」
「はい……とても、美味しいです……!」
そんな純粋にきらきらした目を見たマリセウスは思わず笑みが溢れる。
そしてその純粋な感想を述べてキラキラしているヘルメスに好感を持ったデュランとテレサは、自分達の分のスコーンをヘルメスの皿に移そうとしたが、「餌付けない。」と息子に一喝させられた。
「ヘルメス嬢。今までの文通であまりマリセウスや我が家の事情に関する質問には答えられなかった事、申し訳なく思っている。」
「いえ陛下。マリス……いえ、マリセウス殿下からお聞きしました。私や家族のために身分を隠していたと。寧ろカートン家のために、そこまでお気遣いいただけた事を感謝しています。」
「ありがとう。そう言ってもらえると胸のつっかえが軽くなる。」
「ええ。もし、何か聞きたいことがあればジャンジャン言っても構わないわ。何か質問とかあれば、マリセウスが答えてくれるわ。」
「え?私!?」
流れ的に両親が回答するかと思っていたので、不意打ちをくらった息子は思わず声を上げてしまった。
そういえば、こんなやり取りは卒業パーティーが始まる前にマリセウスとしていたけれど、あの時は『どうして王族である事を黙っていた』のかばかりの話だったのを思い出す。でも手紙では答えられなかった質問というのはその日ひとつも出していなかったし、それなら無礼を承知で今更聞いてもいいものかもヘルメスはうなった。
「ええっと……それではマリス様。」
「は、はい。なんでしょう?」
「……ご趣味は?」
見合いの切り口のような質問なのは重々承知。何しろこちらは、どんな純粋な探求心でも疑問でも濁されたり躱されたり、ちゃんとした答えをもらった事がない。
国王陛下も王妃殿下も可愛らしい質問だなと思っている反面、普通ならそれぐらい答えられるはずだったのにそんな状況ではなかった事に対して、改めて申し訳なく思っていた。
今ならなんでも答えてあげられる(ただし回答はマリセウス)、それが罪滅ぼしになれるならいいと我ながら勝手な都合だとも解釈されても弁明できない。しかし、そんなこっちの心配をよそにヘルメスは本当に気になっている事を聞いてきてくれたことが喜ばしく思っている。
そういえば、息子は仕事漬けの日々を送っている。息抜きをしている姿もあまり見せてくれないから両親も気になっている所。マリセウスは、しばらく悩み、ひねり出した言葉を口にした……。
「…………仕事、ですかね。」
「……仕事、ですか?」
「…………え?」
「ま、マリセウス。貴方だって息抜きをするでしょ?息抜きに何をしているのかしら?」
「仕事の息抜きに、……別の仕事をしてますね。」
「うそだろお前。」
デュランは仰天し、テレサは唖然とした。
だが実際嘘ではない。朝方は執務をこなせるように運動をして体をほぐし、夕方までみっちりと働きづめになり、その疲れを癒すために適度に運動をして夕餉・湯あみの順をこなして持ってきた政の資料に目を通して翌日の進捗をどう効率的にやろうか練ってから就寝するのが彼のルーティンだ。ここまで来ると「この子は退位したら何を生き甲斐にして余生を過ごすのだろう」と不安になる……。
国王夫妻の不安とは別に、ヘルメスは純粋に思っていた疑問を投げかけた。
「……どうしてそこまで、お仕事ばかりを?」
「うん。何か、こう……実績を少しづつ積んでいくのが好きというか。それにその……。」
少し言葉を詰まらせながらデュランをちらりと見て、視線をヘルメスに戻す。
「……子供の頃、親に構ってもらえなかった時が長くて、勉学と自分に出来る執務を頑張れば見てくれるかなってのが起因でね。」
「ぅぐぅ!!!」
それを聞いたデュランはグサッと突き刺さったのか、胸を押さえてしかめっ面をする。心当たりがあまりにもあるらしい。この事について詳細に聞こうかヘルメスは迷ったが、恐らくこのリアクションが全てを物語っていると察してこれ以上は尋ねないことにする。
仕事熱心なのは良い事ですが、あまり根を詰めないで下さいとは一言かけた。きっと彼には趣味がないのだろうなとは勘づいた。
「そういうヘルメスちゃんは、どんな趣味をお持ちなのかしら?」
「は、はい。私は魔法石の観察と論文に目を通す事と、あとは走るのが好きですね!」
「まぁそうなの。本当に魔法石が好きなのね、何かきっかけとかあるのかしら?」
「はい。カートン領から少し離れた所にラック鉱山という小さな鉱山があったのですが、幼い頃にそこで採掘された魔法石を目にしたときに……。」
テレサが話題を変えて、それを振られたヘルメスはしっかりと受け応えをしている最中も、
「確かあそこは廃坑されたが観光資源としてはなかなかの魅力があって、」
とマリセウスが何やら経済論を唱えようとしていたが、仕事の話はやめなさいと強めに母親に止められてしまった。
……夫婦となったとき、長く付き合うためにはやはり何かしらの趣味を作ったほうがいいかもしれないとヘルメスは思ったのであった。
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