オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第八話

好奇心の種

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 執務室から飛び出してから二時間近く経過したであろう、マリセウスとヘルメスの様子を出歯亀しようと中庭にやってきたシグルドであったが、二人は既に場所を移した後だった。
 騎士団長としての今日の仕事がないが、夕方頃に練兵場で運動をしてから帰るルーティンがあるシグルドはスーツから甲冑を身につける前の軽装の状態になっていた。本来ならこの姿で王宮にいるのはあまりよろしくはないのだが、午後はうるさい貴族もいないわけだし多少の自由は大目にみてもらえている。
 そんな目立つ格好の状態で物陰から出歯亀をしようとしていたとは、隠れるのが苦手なのか隠すのが嫌いなのか……。ある意味、正直な人間。
 シグルドは中庭をそんな姿でぶらぶらしていると、東屋で茶器を片付けているメイドたちを発見して「王太子殿下たちはどちらに?」と、普段なら絶対にそんな丁寧に言わないであろう口調で尋ねてみると。

 「はい。お話によると、離宮に向かうと申してました。」
 「え、もう?」
 「ええ。ただ……。」
 「ただ?」

 「歩いて向かうと。」


 *****


 王宮から離宮までの道のり。馬を走らせればおよそ十二分、馬車でゆっくり行くなら二十分、それなりに距離はある。しかし直線、何も迷うことはない。
 その道のりに植えられた木々や花々、傾きかけている太陽の光で鮮やかに輝いている。王宮の中庭の花壇に比べれば華やかさなどはないが、こういった自生をしている所がいい。ヘルメスはそんな風景が故郷に似ていてとても気に入った。
 歩いて離宮に向かうとなると相当な時間を要するが、今から外出しても日没後に離宮に戻ることにもなるし、マリセウスの執務室に戻って何をするわけでもない。やる事がなければ解散してもう休めばいいだけの話だろうが、まだ別れるには勿体ないから嫌だと二人の思いは重なったのである。
 中庭と違って一直線の道なりをただ歩く、走り出したら風を切ってとても気持ちがいいのだろうけど我慢しないといけない。なんせはしたない、せめて好きな人の前では大人しくしていようとするヘルメスは気を逸らすために木々の間から見える城下町と港に目をやる。

 「あの港に停まっている船の中にはグリーングラス商会の船もあるのですか?」
 「今はないかな。先日、エゲレスコ王国に向けて出航してしまったからね。」
 「ユクレーン公国から西にある島国でしたっけ?」
 「ああ。大昔のいくさで海軍が独立した国家、故に結束が強くてね。彼らが独自に生み出した文化は目を見張るものがあるよ。」

 ヘルメスは勉強はあまり好きではない。しかし試験では結構普通の成績を収めている、嫌々覚えているから本来ならそれ以上の成績が取れるほどの才能があるのに勿体ない。だけどもマリセウスが語ってくれる近隣諸国や神海王国ハンクスの歴史はとても面白味がある。そのおかげか、真絹が水を吸うのように記憶していく感覚……そうして今日だけでも学んだ知識が吸収されていく。今までにない小さな快感(と呼べばいいのか?)がヘルメスを喜ばせた。

 「なんだか楽しそうだね。」
 「そうですね。マリス様のお話は、知らないことを知っていく喜びがあるというか、とても面白いです!」
 「くっ、きらきらした瞳で真っ直ぐに見つめるとか可愛いにも程がある……!(そう言ってくれて私も嬉しいよ)」
 「あ、建前と本音が逆になってる。」

 本音……可愛いと呼ばれたヘルメスは照れながらそう一言口にすると、またその愛らしさに胸を打ってしまう。これは結婚するまで身が保つかわからないほどに刺激が強いとマリセウスは思った。
 王太子として、そして商会の会頭として培った知識をひけらかしたいわけではないが、こうやって小難しい話をして笑ってくれるのは彼女ぐらいだ。歳近い同業者や側近たちと話が合うのだが、自分よりも若い貴族の令息・令嬢に経済や国内情勢の話題を振ってもあまり会話が続かない。せいぜい「自分の勉強不足で申し訳ありませんでした」「さすがは殿下、未来を考えていらっしゃる」と言われるだけだ。
 だがよくよく考えれば、夜会であまりにも生真面目な話をしている時点で『遊び心がない』せいでコミュニケーションが取れていないのだ。ボキャブラリーが偏っている。

 「私のこんな話を喜んでくれるのは君だけだよ。」
 「それでしたら、私の魔法石の話題をおもしろそうに聞いてくれるのはマリス様だけですよ。」
 「……私達、もしかして他の人達と比べて話題にすることが偏っているのではなかろうか?」
 「……もしかしなくても、そうですね。」

 ……二人は真実に辿り着いてトホホとため息を吐いた。
 不器用同士が運良く噛み合った、もはやこれは運命と呼ぶべきだろう。あまりいい運命ではないけれど。
 しかし、知恵を得るのは良いことだ。自分の知り得なかったことを相手から知る、ただ対象物が自身にとって有益でも興味があるわけでもない話なら、多少は頭に入れておくだろうが身につかないのが普通。
 ヘルメスの将来を考えれば、国内貴族たちと話題性を作るのは大切になってくる。マリセウスが常日頃、あまりにも堅い話題しか臣下に振っているだけあって社交などもあまり絡みがないから、「王太子妃も似たような者か」と煙たがれたりしないかの不安が生まれた。
 せめて自分に貼られたレッテルのせいで彼女が孤立するのは避けたい。

 「……何か趣味でも作ろうかな。」
 「私も何か作ろうかな?」
 「君は魔法石があるからいいじゃないかい?」
 「でも他の令嬢に話がついていけないというか……。」
 (似たような理由で趣味がほしいのか……。)

 つくづく似たもの同士だなとマリセウスはふと笑みを浮かべた。
 と、少し強めの風が一陣吹いた。
 海が近い場所だが、風はそこまで吹かない。適度に植林された松の木のおかげでもあるが、それでも稀に強めの風がやってくることもある。一瞬風のせいで目を閉じたヘルメスだが、髪の毛を手櫛で直しつつ目を開くと無数の綿毛が空に舞い上がっていた。タンポポの綿毛だというのは一目でわかった。
 飛んできた方向を見ると、海とは反対側の開けた場所が出発地点だったようだ。しかし、海辺なら海の方面から風がやってくるのに……不思議なことがあったものだ。
 そこには自生している花々が咲いている。あまり見かけた事がないものばかりで、花にはあまり興味がないヘルメスでもそれは知的好奇心にそそられる。思わずそちらに足を伸ばしていくとそれにつられてマリセウスも彼女の後をついていく。

 「ふあー……こんなの、カートン領では見かけたことがないです。」
 「まさか離宮までの道に、こんな広いところがあったなんて。」

 珍しく着眼点が異なった。

 「この花はなんでしょうね?綺麗な紅。」
 「色のつき方が禍々しいな。悪いものでなければいいが……。」
 「あ!星みたいな咲き方をしてますよ!」
 「もしかして、もう枯れるんじゃないか?」
 「この白い花、小さくてたくさん咲いてて可愛いですね。」
 「雑草の類いかもな。」

 「……。」
 「……。」

 いけない、夢を壊してしまったか。マリセウスはハッと気がついて、婚約者が好奇心であれこれ楽しげに話しているのに夢のない対応をしてしまったことを気まずく思い、「すまない」とすぐに謝罪した。それに対してヘルメスもすぐに気にしていないと返してくれたが、また気を遣わせてしまったことに己の気が利かないことに落ち込んだ。
 そんなしょげているマリセウスを他所に、可愛いものからちょっと不気味なものまでマジマジと見つめていた。

 そういえば、自分も彼女も花には何も詳しくはない。
 先程までマリセウスはヘルメスに学んできたことを披露したが、植物に関しては無知そのものだ。
 自分自身、政に関係する物以外に学ぶものはないとばかり思っていたが、ただ単に好奇心が薄れてしまっていたのだろうと気がつく。だから遊び心がないのだ。
 彼女が何かを知る毎に楽しそうに、嬉しそうにしているのを見て自分もあのように煌めけるかはわからないが、知り得ないことを知り得るのは素晴らしいのは確かだ。
 なら、やることはひとつだ。

 「ヘルメス。お互い、同じ趣味を持ってみないかい?」
 「同じ趣味を、ですか?」
 「結婚したら、園芸でもしてみないか?王宮の敷地内でこんなに自生している草花があるのに、それを知らないなんて勿体ないだろう。君となら、なんだかどんな草花でも育てられそうな気がするしさ。」

 それを聞いたヘルメスはとても嬉しそうな笑顔をマリセウスに向けて咲かせた。あまりにも眩しくて愛らしく、ときめきのあまりに心臓が潰されるかと錯覚すら起こした。その返事は元気よく「はい!」と来た。

 「そうしたら、お互い趣味がひとつずつ増えますね。」
 「いやいや、私は無趣味だよ?」
 「でもお仕事を趣味にしているのって、実績を少しずつ積んでいくのがお好きなのでしょう?」

 まぁ、確かにそうは言ったが。暗に無趣味と言ったようなものなのだが……。

 「花を育てるようにコツコツと積み重ねる事が趣味の人もたくさんいますもの。おかしなことじゃありませんよ。」
 「!」

 なのに、つまらないこんな中年をここまで寛容的に受け止めてくれるなんて、その心中を察してくれているのかあまりの優しさにときめきにまた心臓を掴まれた。
 マリセウスは胸を押さえて卒倒した。草原みたいな場所でよかったかもしれない、頭を打ったがダメージは強くはない。

 「ま、マリス様!!!」
 「優しい……女神っ!圧倒的母性……ッ!この大陸に生まれてよかったと、初めて心からそう思う……ぐふっ!!」
 「ここで気絶しないでくださいよ!?私、マリス様を担げるほど力ありませんから!!」

 ……そんなやりとりをしていた所、小さな馬車を引いたシグルドがやってきて無事に二人を保護したのは言うまでもない。

 
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