オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第九話

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 もうそろそろ昼食の用意がされるというのに、息子とその婚約者はなかなか現れない。
 夫のデュランは残念ながら議会討論のまとめをするため不在。一人寂しくランチすることになりそうだったが、二人が内廷でお昼をすることになると聞いたので混ぜてもらう事になった。
 いつもなら時間きっかりにスケジュールをこなすマリセウスが珍しく遅れている、テレサは何があったのかお付きの侍女に確認してくるように言うと同時に執事がタイミングよく入ってきた。

 「失礼します、王妃殿下。王太子殿下とヘルメス様ですが、暫く遅れるそうで先に昼食をとっていて欲しいとの事です。」
 「まぁ。何かあったのですか?」
 「……申し上げにくいのですが、ヘルメス様が。」


 「……円形脱毛症?」

 控室に集まった侍女キリコ、補佐ジーク、王族専属医師が三人、ソファに腰掛けるヘルメスの隣にはマリセウス。医師の助手も数人、使用人も数人、この部屋には多すぎるくらいの人数が集まってきていた。圧迫感がしんどい……というかマリセウスはどのくらいの人数を呼びかけたのか。パニックになると何かしらしでかすのは仕方ない。うん、仕方ない。

 「初期段階の症状ですね。早期発見でしたので、塗り薬による治療で一ヶ月前後で改善出来ますね。」
 「睡眠不足による女性ホルモンの乱れの可能性も非常に高いです。」
 「失礼ながら、恐らくはストレスに対して自覚がないと思われます。」

 三者三様の宮廷医にあれこれと症状やそれの原因、改善策を続けて話をされて整理がつかなかったが、傍らにいてくれたキリコとマリセウスがそれらを聞いてわかりやすく説明してくれた。
 円形脱毛症は体調不良や極度の睡眠不足、それらの原因となるストレスによって発症することがあるらしい。以前までは毛根の周期で一部分だけ抜け落ちたり、頭部の至る箇所から抜け落ちていることだと思われがちだったが、数年前に他国の先進医療により精神面による所も大きいという論文が発表されたそうだ。

 「それでは塗り薬は今から薬剤師に処方してもらうので、それまでは発症している箇所には触れないようにお願いします。」
 「ありがとうございます、先生。」
 「ありがとうございます……。」

 とりあえずは自分に刃物を向けられたという事実はなかったことは明らかになり、恐怖心はなくなるも過度のストレスが祟って髪の毛が抜けてしまったショックは少なからずある。抜け落ちて小さく禿げたそこは運良く目立ちにくい箇所だったので、今後のヘアメイクでは上手く誤魔化せるようで他人には見られる事はない。
 マリセウスとヘルメスは宮廷医たちにお礼を言い、その場に居合わせた使用人達は控室の清掃をするため行動を開始する。医者たちと共に部屋を出たヘルメス達は改めてお礼を言い、見送ると後ろからの呼び声に振り向いた。

 「ヘルメスちゃん!マリセウス!」

 「母上?」
 「王妃殿下……、お久しぶりです。」

 カーテシーをしてすぐに応えるヘルメスだが、以前より元気のない姿を目の当たりにしたテレサは悲しくなった。
 執事からは『宮廷医が彼女のいる控室に駆け込んだ』と具体的には聞かされてはいないが、医者を呼ぶことが滅多にないエヴァルマー一家にとってはかなりの大事だ。

 「何があったの?宮廷医が揃いも揃って駆け込むだなんて……どこか悪いの?」
 「あ、いえ。大したことではございません。ご心配をおかけして申し訳ありません。」

 そう謝罪する姿は、謁見の間で出会った裏表なく愚直なまでに純粋な表情が消えているのに気がつくのは容易であった。そこでテレサは手を止めた。

 もし彼女が親しい友人で親しい間柄だったのならば、テレサは追求して心配することが出来たが、ヘルメスは息子……王太子殿下の妃となる娘。頑なに己を曝け出せはしない立場として教育を徹底させている方針なのは自身も経験者として知ってはいる。それ故にこの対応は『王太子妃としては正解』なのだ。
 だがそれだけではいけない。妃としてだけではなく、人として己の限度は必ずある。限界は越えるためにあるのではなく、限界だからこそ他者に手を貸してもらう事が大切な事を知ってほしい。
 何故なら国家の安寧は一人で作るのではない、皆で築きあげるものだから。
 それに分別をつけていないようでは、まだまだと言わざるを得ない。そうなれば、やる事はひとつだろう。

 「……王太子。貴方の婚約者はこう申していますが、真ですか?」
 「……いいえ。申し上げにくいのですが、彼女は過度なストレスで体調を崩してしまっております。」
 「そうですか。ここではなんですし、先に昼食を済ませましょうか。」

 自分は大丈夫である事をマリセウスに否定されてしまい、それに異議を唱えたかったが発言は許可されていないから口を挟めない。
 叱責されるとヘルメスは腹を括った。これしきの事で体調を崩してしまった事、満足に学習出来てないこと、そのせいで周囲に迷惑をかけたことをたくさん言われるだろう。昼食会の料理の味を感じることもないくらいに……。


 *****


 「はふぅ~……この久々のジャンキーなまでに肉汁が絡み合う濃厚チーズのハンバーグぅ……っ、付け合わせのニンジンもブロッコリーも最高に美味ぃ、ですねぇ……。」
 「めちゃくちゃ幸せそうな顔をしている。」
 「よっぽど量が少なかったのね。」

 めっちゃ官能してた。久々の大きめなチーズハンバーグステーキ、貴族令嬢なら実際は進んでは食べない代物だがヘルメスは違った。学園の帰り、寄り道にベティベルと共にレイチェルの実家(お食事処)でご飯をよく食べていた。寄り道の間食ってレベルの量ではなかったが、なんせこの少女、よく動いてよく食べる育ち盛りかつ基礎代謝がプロアスリートほどあるのだから驚き。
 それにしたって幸せそうに食べる。春の陽気がそこだけ余計に煌めいて見えているし、なんなら花だって蕾から一気に開花している。五体に染み渡る、そう感じずにはいられない。
 隣にいたマリセウスは自分の分のラスクをそっとヘルメスの皿に分けようとしていたが、以前のお茶会で両親に「餌付けるな」と制したことを思い出し、泣く泣く自分の手元に戻して食した。……確かにこれは自分の分を分けてしまいたくなるほど幸せそうな顔をして食べる。末っ子の力は恐ろしいと思う長男であった。

 だが、そんな和やかな空気を壊さねばならない。果たしてヘルメスは隠さずに現状を語ってくれるかはわからないが、どう上手い切り口がいいのか。マリセウスは口元を拭いながら考えていると、母からの視線に気がついた。

 (……本来なら私が切り出さねばなるまいのに。)

 しかし『妃』の立場からの話ならば、説得力もあるだろう。マリセウスは、母であるテレサ王妃に託すこととなった。
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