オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第十三話

花と華

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 でもよくよく考えたら、何かがおかしい……と始めに思ったのはそのヘルメスだった。
 実際に彼女は王太子殿下である彼の妻になるべくして教育を受けている。そう、『王太子ならびに後の国王の妃としての教育』。王になるための勉学は一切受けていない、なのにどうして王位継承だと思い込んでしまったのだろうか。
 他人のせいにするのはよくないが、思い返せばマリセウスがそう言っていたからだ。どう勘違いしたのかは不明だが、もしかしてそう考えてしまう何かがあったのかもしれない。
 王位を継ぎたいわけでもないのに、妃教育を受けたのはどうしてか?というよりも、どうして妃教育を受けていたのか?が正しい疑問だ。その疑問にマリセウスも辿り着いたらしい。

 「ぇ……なら、どうして妃教育を?」
 「そんなの、好きな人のために決まっております!」
 「な……なんだってぇえーっ!!?」

 古典的なまでに声を上げ、そしてこれまた古典的に仰け反って驚くマリセウスに続いて、物陰から似たようにヘルメスもまた古典的に驚いていた。
 意中の相手はいない、というかはぐらかされているとは聞いてはいたが本当にいた。しかも『その相手のために妃教育までしていた』という事までも判明した。

 それを聞いたマリセウスは、
 (つまりジャクリーン達は、ターニャが慕っている相手が王族である可能性があるから、叶わぬ想い故に現実を見せてあげてほしいという事か!?)
 と思った。先ほどの鈍感っぷりが嘘のような精度の高さ、驚きの八割正解ではある。残り二割は相変わらずの不正解。
 その結論に至った途端、頭を回転させる。アスター大陸内で接点のある国ならびに王族でターニャと顔を合わせているかもしれないのを前提に、記憶の分厚い帳簿を引っ張り出してページを巡る。
 該当するのはサンラン国よりも遥かに遠い北国、雪で覆われたワッボール王国第四王子かメルキア帝国の第一皇子、今のところの候補はこの二人。
 だがメルキア帝国第一皇子に至っては幼いながらも既に同い年の公爵令嬢と婚約を結んだばかりだし、ワッボールの第四王子はアスター大陸に留まる事を嫌い、冒険者として世界を股にかけている。
 アスター大陸内サミットで神海王国ハンクスが主催の場合、上位貴族一家が来賓をもてなすことは多々あるから一応面識がある可能性は捨てきれない。
 もし彼らのどちらかに好意を抱いてしまったら……それは残念だが、諦めざる得ない。婚約者がいる皇子と冒険を愛する王子では残念だが幸せにはなれない。
 どちらが好きなのか、それとなく聞いてみようとマリセウスは探りを入れた。

 「……その好きな人って、どんな人なんだい?」

 尋ねられたターニャは本気で呆れた。何度もストレートに想いを伝えているのに、全く気が付かないなんという残念な人なのだろう。どうせ何を言っても認識されないのだから、この際皮肉を込めて言うことにする。

 「鈍感で天然っぽい所があって、国政と事業に熱心なわりに人とのコミュニケーションが致命的に下手くそな王子様ですわ!!」
 「……そんな王子いるの?」
 「いーまーすーのーよっ!!!」

 それを聞いて、メルキアの第一皇子ではないことは確定した。まだ人格が完成するには早い年齢な上に大人とのやり取りはまだ未熟。ので国政と事業への参加は出来ていないのはわかる。
 だからと言ってもう一人の候補……ワッボールの第四王子はひとつの所に留まらない人間ではあるけれど、政には参加しているのかは実のところマリセウスは知らない。それに、世界を股にかける冒険者なのにコミュニケーションが下手くそなわけがない。

 「本当にコミュニケーションが下手なのかい?」
 「下手くそってレベルではなくてよ!お仕事としてのやりとりなら一級品ですけれども、プライベートはがっかりするくらいド下手くそですわ!」

 (仕事……ああ、そうか!冒険者はギルドに所属しているからか!それなら間接的に国政や事業にも貢献しているのか、納得!)
 と合点が行った、鈍感で天然っぽい所があって、国政と事業に熱心なわりに人とのコミュニケーションが致命的に下手くそな王子様ことマリセウス。自分の都合の良いような解釈といえばそこまでなのだが、彼は人の心に寄り添うのも結構下手くそだったりもするのだ。
 蛇足だが、実際に冒険者ギルドには、国がどうしても手が伸ばせない問題を解決してくれる場所でもあるので、一概に自己都合による解釈とは言えない……。
 彼が唯一、心を寄り添えることが出来たのは、ヘルメスだけではあるのだが……そのヘルメスは、何やら勘付いてしまったのだろうか、固まってずっとその話を聞き続けていた。

 (ターニャ様の好きな人って、マリス様に似ているような気がする……。)

 マリセウスのように冒険者ギルド、それ以前に他国の王族事情などを知らないために先入観がなかったこともあり、すぐに該当者が浮かんだ。
 コミュニケーションの下手くそっぷりは今まで過ごしてきて周囲が認知している。皆が口を揃えて「あの殿下が!?」と驚いているぐらいだから、どれだけ仕事以外の交流を疎かにしていたのだろうかと心配するくらいだ。……だけど鈍感で少し天然かはわからない。

 思い返せばそうだ、挨拶のときのそっけなさやサロンでのマリセウスに対する態度、それに妃教育。ただ単に叔父が好きな姪にしては少なからず度を越している行動ではないか?
 もしかして、はぐらかして来たのではなくて、本当にマリセウスに恋をしているのではないか?
 不安の色が一気に押し寄せてきた。
 それでも、マリセウスは疑問を晴らせてはいなかった。だからお構いなしに地雷を踏み抜くのだ。

 「でもねターニャ、君が慕っているその人は釣り合わないよ。いや、ターニャが悪いというわけじゃない。その王子はひとつの所に留まることを嫌う冒険者でね、」
 「……どなたのお話をしていますの?」
 「だから君の慕う王子のことで。」
 「私が好きな方は、叔父様だけですわ!!」

 凛然とした表情は崩れて、少し怒りの色も混ぜつつもその告白は濁りもなく偽りもなく、真っ直ぐにそのまま伝える言葉を見聞きしたヘルメスの不安は的中してしまった。
 自分は彼の婚約者だが、昨今流行りの『婚約破棄の物語』を思い出すと、少なからず切り捨てられる不安は抱えている。彼がそんな不誠実な真似をするわけがないと信じているが、どうしてもそれは付き纏ってきてしまうのだ。
 この告白、どう返事をするのだろうか。「ごめん」と断ってくれるなら安心はするけれど、傷つかないように言葉を選んでほしいとヘルメスは祈るも。

 「……ターニャ。もういいんだよ、そうやって嘘をついてまで、気持ちを誤魔化さなくても。」
 「ごまか、す……?」

 優しく微笑み、優しく諭すように語りかけるその姿。あれだけストレートに伝えているのに、彼は気づいていないのか、もしくは『彼がはぐらかしている』ようにも見えなくもない。
 その優しさが、ヘルメスにはとても残酷に見えた。彼に懸命に告白したターニャは、ひどく傷ついているように見えてしかたなかった。だから悲しさがほんのりとヘルメスにも伝染してしまった。……このままではいけない。

 「お待ち下さい、マリス様!」
 「ヘルメス?」

 それまでずっと物陰にいた叔父の婚約者が駆け出してきた。その場にいるのは覚悟の上での告白だ、出来れば思い切り「婚約者のいる殿下に、なんて失礼な人」など罵ってもらえば諦めがつく。早くこの情念から解放されれば、どれだけ楽になるか。
 だけども、その顔は少し悲しい表情を帯びている。どういう事なのだろうか。こんなにも息が詰まることなんて今までなかったのに。

 「マリス様、ターニャ様は誤魔化していたりはぐらかしているわけじゃありません!なんで気が付かないのですか!?」
 「気が付かないって……え、何がだい?」

 ヘルメスの意外な言葉にターニャはゾッとした。
 何を馬鹿なことを言っているのだろう、この令嬢は!自分の婚約者に横恋慕しようとしている現場を目撃していたのにも関わらず、どうして助け舟を出すような真似をするのだろうか。

 「ターニャ様がお慕いしている方は、」

 どんなに伝えても決して届かない想いを、あの令嬢が語れば叔父は絶対に信じる。そしていとも容易く伝わる。自分自身が言っても何年も届かなかったそれが、他人の言葉で一瞬で届くだなんて、こんな屈辱的なことはない。
 叶わない恋慕に絶望して、叶えた初恋を妬んだ相手の口からそれが伝えられる。踏み躙られた、馬鹿にされた、罵られるよりもこんなに怒りを覚えるだなんてあり得てはいけない。
 その先を言うな、想いを代弁するな、私の恋は私だけのものなのに!

 やめて、やめてやめてやめて!!!

 「それ以上は、やめてぇえ!!」

 悲痛な叫びと共に、言葉を遮った。
 力任せにそれを突き飛ばしていた。

 ターニャが息を荒げたまま、目の前の光景を見て我に返った。
 ヘルメスを倒してしまったのだ。好きな人の瞳と同じ色をした、花が植えられていた花壇に。
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