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第十五話
戦う君の明日
しおりを挟むそれ以降、特に会話などせずに二人はヘルメスとターニャがいる一室の前までやってきた。
訓練所にはいくつかの種類がある。自立人形による武器を持った手合い、対人戦を想定した屋外の中央広場。そしてマリセウス達がいる部屋の前は、武器不要の格闘技鍛錬専用の部屋である。
格闘技、と一言言っても色々な分野がある。相手の力を利用する投げ技多様のもの、拳と足による打撃技で攻め立てるもの、敵の急所を確実に打ち込む一撃必殺のもの……多種多様な武芸があり、各々の得意分野を伸ばしている。
重みのあるスライド式の扉を開くと、拳を激しくミットに打ち込む音や投げられて正しく受け身を取る練習をしている様子、重しを使った筋力トレーニングを行っている者など多く見られる。
訓練所内では恐らく一番暑苦しい場所で、ブルースは気圧されて入室を躊躇ったが、王太子が涼しい顔で中へスイスイと進んで行くせいで、嫌々ながらも着いていく他なかった。本当にここにターニャがいるのかという疑問すら芽生えている。
トレーニング中の騎士や地元の憲兵たちの横を通り過ぎると、その人物が王太子殿下と知ると一旦動きをやめて敬礼するも、「ありがとう、気にせず続けてくれ」と声をかけてまた歩を進める。
その通り過ぎざま、たまに「殿下の胸筋相変わらずすげえな」「以前よりも背筋が実っている」「ダンベルが裸足で逃げてもおかしくない」の声が聞こえる。ブルースは体を鍛える、というのはとんと無縁なので何がそんなにすごいのか理解できなかった。理解出来ないが最後のダンベルが裸足で逃げるのは絶対におかしいのは理解出来た。
そうこうしていると、一番奥にあった四隅に鉄柱が立てられており、そこから三本ほどのロープが四方に張り巡らされている少し高い台のようなものに辿り着いた。一辺あたり六メートルほどある正方形のそれは、如何に格闘技に対して無知のブルースでも名前は知っている。
「リングもあるのですか?」
「一応はひと通りの格闘技を扱う方針だからね。」
「……まさかと思いますが、ターニャお嬢様はこちらに?」
「そうだよ。今リングに上がっている所。」
リングを使う格闘技は二つある。そのうちひとつを真っ先にブルースは青ざめた。
一時期、アスター大陸で大流行した「拳闘」という格闘技がある。身体をしぼり、身を軽くして挑む者や逆に体重を重くして強い拳を繰り出す熾烈な格闘技だ。首から下、胴体にそれを放つのが基本であろうが情け容赦なく拳を顔に打ち込むことも多い。
それをターニャがストレス発散のためにやっているとしても、打ち込む相手だっているはずだ。逆に反撃にあって顔に傷が出来てしまったらどうしようと酷く心配するのも無理はない。ブルースは大慌てでリングへ顔を出した。
これでターニャが傷物になったら自分の責任だ、責任をとって娶ったっていい。いや良くない。公爵令嬢が従者に傷物にされたなんて、家の評判だって下がる。さらに国王陛下の孫娘となればブルースだけでなく、実家が取り潰されてしまう可能性だってある。様々な心配がブルースの胸をかき乱す。
早く拳を振り上げてる事をやめさなければ!
「愛と!怒りの!バァアッックドロォォーップ!!」
ドッカン!と乾いた音が響く。リングは木製で床を作り、そこそこ柔らかなマットをその上から敷いてはいるが衝撃が大きいと音が響く、下は空洞だからというのもあるが。ブルースが顔を出すと同時にリングのマットが揺れ、その衝撃の波に顎をぶつけて予想外のダメージを負った。
出した顔を引っ込めてしまうが、もう一度見ると筋骨隆々の男がそれよりも細身の女性に背面から投げられている光景を目の当たりにする。
「お……お嬢様!?」
その女性こそ、ブルースの主であるターニャであった。
ターニャはその投げた姿勢を解くと、未だに起き上がれない男を起き上がれないように押さえる。対戦相手はダメージが大きいのか微動だにしなかった。
リング上にいたもう一人の男性が二人の横に屈み、右手をマットに叩きつけながらカウントをする。
「ワンッ!ツーッ!スリーっ!!!」
カンカンカンカンッッ!!!
どこからともなくゴングが鳴り響く。そしてターニャの片腕を掴んで高々と勝利宣言まで執り行った。
「…………なにこれ?」
「え、プロレス知らない?」
「知ってますが、状況が理解できないと言っているのです!」
プロフェッショナル・レスリング、通称プロレス。
多種多様の格闘技を組み合わせて攻防を繰り広げる、『魅せる格闘技』。アクロバティックな技を繰り広げて魅了する者、確実に相手を倒すつもりで蹴りや関節技を繰り出す者、ロープの反動を利用してダイナミックにダメージを与える者……とにかく様々な戦法や可能性が秘められている格闘技なのである。
ターニャは幼い頃、マリセウスと国王デュランの親子喧嘩興行(王宮内の無観客試合)でそれを見て、プロレスに魅入られた一人でもあった。
あとこれは完全に蛇足なのだが、エヴァルマーの男子は絶対にプロレスを通る。何故かは未だ不明。
ターニャが勝利の余韻に浸っていると、彼女のリング下から熱い拍手を送っている人物に気がつく。ヘルメスだ。初めてそれを観て、さらに間近で見たせいもあってか若干興奮気味で小さく跳ねているのがわかる。マリセウスから見れば、とんでもなく可愛くて心臓を鷲掴みにされて倒れてもおかしくはない。実際に胸を押さえている。
「すごいです!自分よりも大きい殿方を投げるだなんて!」
「ふふっ。筋肉だけがプロレスではなくてよ。時には相手の力を利用し、自分よりも屈強な人間の弱点を見つけてそこをつく。プロレスはいわば、社交界を凝縮した格闘技……プロレスこそ、淑女の嗜みですわ。」
「そ、そうだったんですね……!」
満足げにリングから降りてくるターニャはそう語る。プロレスは社交界ではないとツッコミを入れたいが、まぁ大体合ってるんだよなぁとマリセウス達はなんとなく、そう思えてしまっていた。
それにしても、二人はいつの間にあんなに仲良くなったのだろうか……格闘技、というかスポーツ独特の爽やかなものがあれば仲は深まるとかそういった効果があるのかと疑問がよぎる。インドアなブルースにはこの空間は未知が溢れていて飲まれていた。
和気藹々としているヘルメスとターニャに歩もうとすると、また別の筋肉隆々の騎士が彼女らの前に現れた。
「お久しぶりです、デニー嬢!」
「あら先生。お久しぶりです。」
「今日はお友達もご一緒でしたか。」
「ええっと、お友達というか……。」
「初めまして!お友達のヘルメスです!」
「おおっ、元気なお嬢さんだ!」
お友達というより、もうすぐで親戚になる人だと言うべきだろうか躊躇っていると、なんの迷いもなしにすぐに『友達』とヘルメスは言い切った。貴族令嬢とは思えない快活さと、自身が王太子殿下の婚約者であるのを忘れたように振る舞っていて、ターニャは今後を考えると彼女が少し心配になってしまう。
「うん!元気があるのはいい事だ!」
「ぎょえっ!?」
ので先生と呼ばれたその人も貴族令嬢とは思っていないのだろう、豪快に笑いながらヘルメスの頭を乱暴にガシガシと撫で始めてしまった。……相手が貴族じゃなくても異性に対する振る舞いとしてはアウトだが。
ターニャは先生が性別によって区別も差別もせずに平等に接してくれているのが有難い反面、初対面の子に対してはそういった振る舞いはよくないと注意しようとしたその時、
「ほっほぉ……、私の彼女に何をしているのかな?」
「ぇ?あっ、マリセウス殿下!?」
ヘルメスの頭を撫で回していた腕を掴んだのは、にこやかながらも青筋を立てているマリセウス。
その腕を強く引いて、先生と呼ばれた彼を強引にリングへと投げた。
野太い悲鳴とダーン!と叩きつけられた音を聞いた周辺の騎士たちの視線は一気にリングへと集まる。
「あ。これ持ってて?」
「は、はい。」
マリセウスは羽織っていたコートを脱ぎ、ざっくり畳むとヘルメスに預けて自身も颯爽とリングへと上がった。その瞬間、騎士たちは色めき立ったのだ。
先程の蛇足、「エヴァルマー家の男子はプロレスを通る」は観戦するのがほとんどではあるが、少数で「戦う者」も存在した。マリセウスとデュランは親子揃ってリングに上がるタイプの人間、歴代では珍しい。その片割れで、しかも滅多に会えない王族であるマリセウス本人がリングに上がるとなると、絶対に観戦したくなるのも頷ける。
「彼女は私の大切な人なんだよ。とんでもない事をしてくれたもんだね?」
マリセウスの大切な人、というワードに反応した周囲はヘルメスに視線を集める。そのヘルメスは『大切な人』と呼ばれて照れてしまっているのか、顔を赤くしていた。なんというウブな反応。
リングに上がってすぐにゴングが鳴り響き、ターニャはプロレスをそういう邪な理由で行うのをやめるように声をかけるも、残念ながらその声は届くことはなかった。
ヘルメスも最初は止めていたが、先程のターニャの試合とは打って変わってダイナミックな技の応酬が繰り広げれて、それに飲まれてしまったのかついには応援までする始末。
結局の所、試合時間わずか十五分で決着が着いてしまった。……叔父のフィニッシュ技『ケツァル・コアトル』には見惚れてしまったが。
高揚する空気に飲まれ、自分達の立場をすっかり忘れたカップルを目の当たりにしたターニャは思った。「このままではいけない」と。
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