オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第十七話

昨日が明日の希望になる

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*****
 
『騎士団詰め所破壊事件』後。当日中にはマリセウスは王宮、ヘルメスは離宮へと戻ることが出来た。
 自立人形は完全に壊れ、新たに制作されることとなり、またそれらを含めた施設内部の弁償はターニャの希望もあって七割ほどマクスエル公爵が負担することとなった。残りは管理がずさんであった神海騎士団の負担である。
 屋上の貯水タンクを始め、破壊されたことによって防犯体制があまりにも脆弱かつ適当すぎたため詰め所所長は減給処分となり、事件解決の数時間後には騎士団団長シグルドの耳にも届いて降格処分も通達されたとの事。
 一方、その事件の引き金となってしまったマクスエル公爵家の使用人ブルース・ハンコックは損害賠償の一部を支払うこととなり、二ヶ月ほど実質無給の労働をする事となった。本来なら解雇処分が妥当だが、ヘルメスの温情によって首の皮一枚繋がったのだった。

 帰宅したヘルメスは、マリセウスの胸板と甘い声を何度も思い返してしまったせいか動悸やら羞恥やらでまともに動けず、その日の夕方からベッドに入り込んでしばらく出てこなかったそう。
 対するマリセウスは、布越しとはいえ好きな人の肌を見てしまったのと苦肉の策とはいえガッツリ抱擁してしまったため、「思い出したらやばい。何がやばいって、もう色々とやばい」としばらく一人で悶絶していたそうだ。

 それから二日後の四月二十二日。
 ようやく落ち着きを取り戻したヘルメスは朝から日課の走り込みを終わらせて湯浴みをして朝食、その後の妃教育を受けに部屋を移動した。
 この日、いつものブラウスとスカートの姿に、これまたいつも襟元に飾られているリボンがあるのだが、そこには千年黒光石サウザーシリウスライトのブローチが飾られていた。そこにあるのが嬉しいのか時折、指先で愛でるようにトントンと叩いていた。ちなみにスカートのポケットには、マリーゴールドの刺繍がされているハンカチがあり、常に持ち歩くように心がけているそうな。
 今日はお茶会のマナーの復習で、ホストとしてゲストをちゃんとおもてなしが出来るかで合否が決まるんだよなぁ~……とぼんやり思いながら入室する。すると、そこには意外な人物が待っていた。

 「おはようございます。しばらくですわね、ヘルメス様。」

 「へ?た、ターニャ様!?」

 いつもの教育係と一緒にいたのは、事件を通して距離が縮まったマリセウスの姪である、マクスエル公爵令嬢のターニャ・デニーが待ち構えていた。
 驚いたヘルメスだったが、挨拶を返さないのはいけないと思ったのか、混乱そのままに「お、おはやうございやす!」と上手く呂律を回せずに返してしまったので、慌てて言い直した。そして当然の質問を投げた。

 「どうしてターニャ様がこちらに?」
 「ええ、実は一昨日の騎士団詰め所の件がありますでしょう?我が家が賠償やら弁償やらお支払いすることとなったものの……私付きのアホ眼鏡のせいですし、だから私が働いて支払いをしようと思いましたの。」

 そういえばそういった話で決着がついたと、ナタリアを通して話を聞いたが、まさか公爵令嬢が自ら労働してお金を稼ぐとはこれはまた立派な発想と行動を起こしたものだと酷く感心した。そういえば幼い頃はイナゴをたくさん捕まえて佃煮とやらを作っている食堂に持って行って小遣いを稼いだなぁ……と、田舎育ちのヘルメスはちょっとした労働を思い出し、ふんふんと頷く。が、またしても疑問。

 「詰め所の弁償金を自らお支払いするとは、ご立派ですがお仕事は何をなさるのですか?」
 「月収五十万モンドの王太子妃のお目付役ですわ。」
 「月収が五十万も!?すごい!王太子妃のお目付役ってそれだけ大変なお仕事………………ん?」

 はて、何か引っ掛かる所がある単語がチラホラあったような……そうターニャを見やると、それに合わせて目の前にいる彼女は見事に美しいカーテシーを決めてこう言った。

 「マクスエル公爵がロレンス・フラン・デニーの長女、ターニャ・デニーと申します。マリセウス王太子殿下の命により、今よりヘルメス妃のお目付役としてお仕え致します故、以後お見知り置きをお願いします。」

 「……え、」

 カーテシーを解いて、ニコリとヘルメスに微笑みを向けた。胸元に着けているトンボのブローチのように、それはとても眩しい笑みであった。

 「ええぇえええーっ!!?」

 ……驚愕の絶叫が離宮に響き渡り、放牧されていた馬達がそれに驚いて酷く走り回ったのは言うまでなく。


 時間は流れ、その日の正午。

 昼休憩に入り、マリセウスの執務室には自分ひとり。部屋の外には数人の侍女がいる。いつものように大きめのソファで昼食を摂り、本日の進捗具合と今後のことを考えていると扉をノックする音がしたので招き入れた。ヘルメス付きの侍女長ナタリアだ。

 「午前はどんな感じだった?」
 「はい。ターニャ様がいらしたことで大変驚かれておりましたが、すぐにお喜びになられましたよ。」
 「そうか、それならよかった。」
 「ええ。ただ、ターニャ様が思っていた以上にスパルタでして……。」

 お茶会のホストをしたときのもてなし方の復習。その日のテーマに沿ってティーセットやテーブルクロス、お茶菓子を決めるまではよかったものの、なんせちょっとオタクじみた少女。
 「茶器の説明が速すぎます」に始まり、「知識量が膨大すぎる」と指摘され、「茶葉もテーマに沿って選びなさい」「感情が表情に出やすい」「あまり音を立てないように」などなど……。
 これにはさすがにへこむとは思ったのだろうが、素直に聞き入れてその都度所作を直しながら、ちょっとずつ丁寧に磨き上がったという。終わったあとは、さすがにぐったりしていたのだが「ま、負けないもん……!」と静かに燃えていたとの事。

 「はは、さすがはターニャだ。」

 そんな姪のスパルタにもめげないヘルメスにも勿論感心したが、ある意味切磋琢磨する間柄になったことが微笑ましくなっていた。

 「それで、最低限のラインは?」
 「あと三日もすれば最低限の妃教育はクリアするのでしょう。執務関連はさすがにまだ時間を要するでしょうし、これは実務を交えながらの指導となります。」
 「なるほど。ありがとう。……ああそうだ、あと五日以内にカートン伯爵ご家族が王都に到着する予定でね。」

 今朝方受け取った手紙を読み返しながら、ナタリアに話しかけた。

 「顔合わせする場所はどのような所がいいか、ヘルメスに聞いてきてはくれないか?」
 「王宮内で、でしょうか?」
 「王宮でも構わないとは思うが、なんせ彼女と違って向こうは長旅だろう?心休まる場所にしたほうが、ご両親にもいいと思っていてね。」

 ヘルメスを大急ぎで招いた際、本来なら一週間ほどの移動距離を僅か二日で済ませたライドレールがあるのだが、それに乗車しての来訪を勧めたもののカートン夫妻は「たまには観光も兼ねて」と長旅を選んだのだ。
 準備や引っ越し作業もまだあったというのに、無理なスケジュールを押し付けてしまったと思うと罪悪感が湧く。……まぁその原因が自分の父親なわけなので、あとで八つ当たりしてみるかとも思っていた。

 「他に言伝はございますか?」
 「大丈夫だ。また何かあったら使いを出すよ。」
 「承知しました。失礼します。」

 ナタリアは一礼して執務室を後にした。

 その後、残された昼食を完食しコーヒーブレイクしながら窓辺に歩んでいく。本日は快晴、どこまでも突き抜ける青い空が綺麗な日。それこそ彼女の瞳のような、無限に澄み渡る空だ。

 ふと、マリセウスは姪からの告白の一部を思い出した。
 『瞳の色と同様の朽ちない黄金の如き信念。』

 「……朽ちない黄金、か。」

 それを呟いて、遥か昔のこと……いいや十五年ほど前の大切な出会いを思い出す。
 まだ幼子だった彼女。あの空色の瞳の中に、当時とても忌々しく思っていた自身の瞳の色が映っていた。あの日あの時の、たった一言で世界が大きく変わった。
 一番欲しかった言葉がそれだったのかもしれないし、言葉ではなくて『他の考えだってある』と教えられたのかもしれない。ひょっとしたら両方だったという可能性だってあった。それを無自覚に渇望していたのだ。マリセウスにとって、自分を変えることの出来た大切な出会いだったのだ。

 そう回想していると、襟詰の襟元を緩めてシャツの中に入っていたペンダントを取り出した。ひとつの千年黒光石を綺麗に加工してもらったそれは、紛れもなく愛する彼女と揃いの物だ。
 本当は周囲に見せびらかしたいが、いつもの格好をしていたのではなかなか映えないと思って執務の最中はシャツの中に忍ばせている。……服飾センスを磨かないといけないなと、以前言われたことが蘇り苦笑してしまった。

 「……もうすぐだね、ヘルメス。」

 誰もいない空間、ペンダントに軽く口づけて幸せそうに微笑み、一言そう呟いた。

 ふたりの結婚は、もうすぐだ。
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