オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第二十六話

海神

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  「……まんまるい動物?」

 ツヤツヤでグレーの体、ところどころに白っぽい斑点のある生き物。よく見る大型犬よりもやや小さく見えて、おまけにまんまるいと来た。そんなまんまるの動物の頭の上には亀が乗っている。なんとも奇妙な光景だがその亀が今にも落ちそうになっているのが気になって、危なっかしく思ったヘルメスはアザラシの頭上から拝借するような形で取ってあげた。

 「あの、マリス様。このまんまるい動物さんは……?」
 「……うん、アザラシだね。それもヴィナス国近海にしか現れない、ハンクスではとても珍しいアザラシだ。」

 なるほど、海の生き物だったか。それはわからないはずだ。サンラン国には海はないのだから知るはずもないし、魔法石ばかりに興味が向いていたヘルメスも知りようがない。
 しかし、海神を呼んだはずなのに何故アザラシがやってきたのだろうか?それに国王たちはなんで和やかにこちらを見ているのかも疑問だった。
 ふと視線を感じたヘルメスは振り向くと、そこにはアザラシ。不思議そうにこちらの顔を覗き込んで来ている。顔と体も丸くて瞳も大きくまんまるい。じっと見てきているその姿がなんだかとても愛らしくなり、思わず頬が緩んでしまう。だからヘルメスはしゃがんでアザラシの視線に合わせてあげた。

 「こんにちは。」

 そんな婚約者の姿がアザラシとマッチするように可愛らしくてマリセウスの顔はデレッデレに崩壊してしまっている。……さすがに見っともないというか気味が悪いというか、とにかく締まりがないと横からジャクリーンが軽く注意する。途端に表情がいつもの王太子モードに戻る。
 それと同時に二人もまた、ヘルメス同様に海神がいないことに疑問を持った。本当に彼らを呼んだのかと父に視線を移すして尋ねようとした。瞬間、

 「はい。こんにちは。」

 「へ?」

 まんまるいアザラシが挨拶をした。

 「私からもこんにちは。」

 「え?」

 手にしていた亀からも挨拶をされた。
 何かの錯覚か幻聴か、ヘルメスは動揺しながらもアザラシ・亀・マリセウス・ジャクリーンの順番で繰り返し視線を移して行く。マリセウスもジャクリーンも神秘の一端を持っているとはいえ、挨拶をする水棲動物は初めて見たため仰天している。これが人魚を始めとする幻獣種なら理解は出来るが、どこからどう見ても普通のアザラシと小さな海亀である。

 「うーん、新鮮なリアクションだ。派手に登場するよりも効果があったかな?」

 ヘルメスの動きが三周目に差し掛かったとき、亀がヘルメスを見て笑うように話しかけてきたのだった。やはり言葉を発していたことに驚き叫び、しゃがんでいたせいもあってそのまま後ろへと尻餅をついてしまった。
 慌ててマリセウスは婚約者のフォローへと向かうと、彼女の手の中にいる亀はこちらに首を伸ばしてきている。
 視線が合うと、亀の顔にどうしてだか既視感があることに気がついた。亀なんてよく見るだろうとは思われるような言い草だが、筋トレと仕事ばかりしているこの王太子が海亀と対面するなぞ滅多にない。寧ろ皆無に等しい。
 尻餅から抱えあげてもらい、立ち上がるとマリセウスが食い入るように見つめているのが不思議……というより妙に感じたヘルメスは彼の顔をずっと見上げていた……やはり何度見ても良い男であると内心思いつつ。
 と、「まさか」と零しながらヘルメスから亀を掬い出した。

 「親父……いえ、父上。もしや彼は、」

 手にした亀を差し出しながらこう回答した。

 「この亀は、海神ファ・ゼールなのですか!?」

 ……いくら亀が喋るからと言って、その結論は早すぎやしないか?ジャクリーンがそう思っているのが見透かされたのか、兄が横目で『言いたい事はわかるが、疑問は潰していくに限る』と言わんばかりの目力で向けている。よく心の中がわかるものだ。
 王太子の訴えに回答したのは国王ではなく、手の中にいる亀が答えた。

 「そういう事は手の中にいる私本人に尋ねなさい。」
 「……では、本当にファ・ゼールだと言うのか?」
 「如何様にも。あと、そこのまんまるいキュートなアザラシさんがエギルだよ。」

 んぇっ!?と変な声を上げて驚くヘルメスに対して、疑り深く亀とアザラシを食いいらんとばかりに見ているマリセウス。
 幼少時代に出会ったであろうファ・ゼールとエギルの記憶を必死に思い起こそうとするも、まったくというほど顔が思い出せないでいる。しかしながら、断片的な記憶は間違いなく『人の形をした海神』なのは明らかだった。
 ジャクリーンにもどのような姿か思い出せないか尋ねるも、祝福を授かった年齢は三歳ごろ。そしてその祝福の八割を返還したときは泉に祈りを捧げただけで二柱とは出会っていないと答えた。……なので、残念ながら彼らが海神なのかは断言出来ない。

 「あら。貴女は私達の言うことを信じてくれるの?」

 「信じる……というか、何もかも初めてなことばかりなので信じざる得ないと申しますか……。」

 「やれやれ。掴みはよかったのだけどもなぁ。」

 ファ・ゼールを自称する亀はため息混じりに残念がる言葉を吐く。気まぐれな神の気まぐれな遊び心なのか悪戯心なのかは別として、現状の混乱は収めるべきと判断したのだろうエギルと呼ばれたアザラシはまんまるい体をさらに丸めた。
 アザラシのグレーの体は一瞬で白くなり……いや、正確には透明なガラスのようになった。途端、球体は瞬時に水溜りになり姿を消してしまったのだ。
 ヘルメスはまた驚いて声を上げようとするも、それを制するように水溜りが集まって柱のような形になって登っていく……。
 やがてその柱は彫刻でもするかのように形が作られていき、それが何かと注視してみると……人間のようだった。
 形が整い、向こう側まで透けて見える人の形がすぐに色を帯びていく。肌の色、服の色、髪の色、瞳の色と。
 全体像が完成したとき、マリセウスはここでようやく記憶が蘇った。

 「エギル……母神エギル!」

 その反動で両手にいた亀が滑り落ちそうになってしまい、ヘルメスも驚嘆しながらも彼の手に自身の手を添えて落下を阻止する。危ないですよ?と言おうとした瞬間、彼の両手は水で溢れていた。
 恐らくアザラシから本来の姿になったエギルと同じような過程なのだろうが……亀の体積を上回る水量だ。
 マリセウスの両手はまるで湧き水が一気に出てきたように溢れかえり、そして一滴も残さずにその中から全て消えた。彼らの足元には大きな水溜りが広がり、かと思えば波が引くように素早く一箇所に集結する。亀であったその水は球体になり、柱となり、人の形になっていく……その過程で水は語りかけてくる。

 「私とエギルは海洋に豊潤を招くとされ、同時に試練を与える神として祀られている。まぁ実際、天の兄に与えられた仕事だからそうしているのだが。」

 形は完成したのだろうか、水の波紋が止まる。

 「故に我らはアスター大陸の海に基本は居座ってはいるものの、何せ海はここだけではないからな。海洋生物に姿を変え、北と南の果ての冷たい海、西と東の文明香る海にも赴くわけだ。」
 
 肌の色、服の色、髪の色……瞼が開かれて瞳の色も入る。

 「そういった理由で、基本的に我らはエヴァルマーの喚び声がなければ自由気ままに海を渡っている。今回のこの姿も遊び心で変えていたのだよ。」

 亀の姿の声色とは異なり心地よい低音、しかし威厳は端々から感じられる。その威厳は圧倒するわけでもなく、まるで暗闇に灯された光のような安心感を覚えさせる存在にも似ている。

 果てしなく深く、果てしなく広がる、未だに未知なる生命が存在する『海』こそが『神秘』そのものであろう、人間が全てを解明することは到底不可能である。故に神秘、故に神域と科学者も聖職者も口を揃えて出す言葉。

 それを体現した存在が、彼らの目の前に降臨したのだ。

 最後の水一滴をトライデントに変えて、手にすると改めて名乗った。

 「私は海神ファ・ゼール。この世全ての海洋を統べる、豊潤と試練の神である。」
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