オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第二十九話

人前式

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 王家のダイニングテーブルのイメージは長方形で長い物がイメージされているが、諸外国ならばそうであろう。しかしエヴァルマー家はプライベートでは円卓のテーブルを使っている。誰もが等しく食卓につくのが当然のように、そこに優劣は存在しないという意味が込められている。
 デュランの左隣にテレサ、右隣にマリセウス。その隣にヘルメス、セネルとナナリ……と続いて着席する。
 和やかな食事会の前に、やらねばならない事がある。
 デュランが目配せをすると待機していた執事が黒盆を持ち寄り、メイドがインクとペンをマリセウス達の前に置いた。デュランが黒盆から一枚の質の良い用紙を取り出して確認し、出席者にそれを開示した。

 「我が王家のしきたりのひとつに、結婚式前には必ず婚姻届にサインをさせてすぐに提出させるようにしておる。理由は様々あるが、最も大切なことをひとつ上げるとするならば……まぁ、当人たちの意志の確認だな。」

 婚姻届の用紙はアスター大陸共通のものだが、記入欄や捺印すべき箇所、役所に届ける際に必ず身分証を持ってくるなどの決まり事を守れば届出用紙にどんな装飾を施しても構わないことになっている。
 王家の婚姻届は選りすぐりの高級用紙に仰々しいほどに金の装飾をされており……が、肝心のマリセウスが『趣味が悪い』と一蹴し、ペンが走りやすくて装飾もシンプルなものを採用したそうな。
 他と異なる箇所があるとすれば、証人欄の捺印がこれまた仰々しいものが既に押されているということだ。恐らくは国王デュランと王妃テレサが証人のために、王命で使用される印を使ったのだろう。それを見たヘルメスは今月の始めに受け取った手紙を思い出して小さく「うっ、」と腹部を軽く押さえた。……隣に座っている父セネルは声は漏らさずともやはりちょっとだけ胃痛を感じたのか腹部を押さえる。

 「二人に改めて尋ねよう。生涯を共に歩む覚悟はあるのだろうな?」

 デュランは言葉とは裏腹に穏やかな声色で息子と婚約者に問いかける。
 本当はそんな必要はないことなのはその場にいるほぼ全員が思っていることだ。しかしながら貴族ではないジョナサンや前日に見苦しい真似をしてしまったグレイに対して見せつけて貰いたいと考えていた。
 人前式の慣例、こう言えば大抵は聞き入る。

 「私の生涯には、彼女が必要です。この先どんな困難が待ち受けようとも、ヘルメスが隣にいてくれるだけで乗り越えられて行けます。……私の人生の一部になっていただきたい、心から願っております。」

 自分の右隣にいるヘルメスの左手を取りながら、純然な愛情の眼差しを向けてマリセウスは答えた。

 「……貴方の人生の一部になるのなら、隣にいるだけと留めることはしません。マリス様と共に神海王国ハンクスを支えていけるよう務めます。どうか私の生涯を捧げさせてください。」

 手を取ってくれたマリセウスの右手に自分の手を重ねて包み込むヘルメス。これからの未来が如何に大変な道のりであることを理解した上での返答ではあるものの、青空のような瞳は煌めいており希望の光を宿っているようにも見えた。
 二人は暫く見つめ合い、そして照れているのか頬を染めてそのままにこやかに笑い合う……初々しいにもほどがあり、見ているこちらまでもがむず痒くなるほどの甘酸っぱさ。それでも幸せな気持ちになるのだから、恋とは不思議なものだ。

 「あー……甘酸っぱい空気を壊すようですまないが、これもまたしきたりだから皆に問おう。この二人の婚姻に反対する者はいるかな?」

 ひとつ咳払いをして円卓を囲う親族達を見渡す。
 穏やかに笑みを浮かべながら首を横に振り、反対するつもりはない意思表示を示すもの。照れ臭さが伝染したのか頬を僅かに染めながら婚姻に賛成するもの。それぞれがヘルメスとマリセウスの結婚に同意するリアクションを示しながら祝福をしてくれている。
 しかしその中に、ずっと青い顔をして俯いている人間がただ一人……。

 ここで反対と言えば空気が凍るだろうし、自分だけが彼らを祝わないとなれば厳しい視線が注がれるだろう。
 空気を読む事を優先すれば楽ではある。だが不安な気持ちに嘘はついてはいけない。それが吐露出来ればいいのだが、状況がよくない。仮に寛大で懐深い王に自身の心中を正直に話しても状況が一転することはない。小国の伯爵令息の発言なんてたかが知れている。
 じっと大人しくして周囲に合わせればいいと決めたばかりなのに、霧が晴れないように気持ちがはっきりしない。妹の決意を目の当たりにしたというのに、グレイは臆病なまま物陰に隠れて危険が通り過ぎるのを待つしかない……だが、それを許してくれるほど王家は優しくはなかった。

 マリセウスは昨日、婚約を破談にしてほしいと懇願した義兄の顔色の悪さに気がついていた。
 きっと反対したいのだろうが、場の空気に萎縮しているのだろうと察していた。グレイ以外の人間から暖かく祝福されている、多数決の社会の中で過ごしてきた成人ならば彼一人ぐらい無視してもいいだろう。しかし義兄となる人だ。杞憂を取り除くと決めた、この方針は決して揺るがなかった。
 グレイの様子にヘルメスもまた気がついた。
 包んでくれている両手が不安気に少しだけ力を入れて握ってくる。……自分達が生涯を共に歩む事を見送ってほしい、純粋な願いを認めてほしい。

 ヘルメスはマリセウスと目を合わせる。
 改めて覚悟を決めて、黙って頷いた。

 「陛下。よろしいでしょうか。」

 先程の幸せに満ちている様相から一変したマリセウスが、しばし場を制した。
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