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第三十一話
おやしらず
しおりを挟むオラヴィラ宮殿の外廷。異国からの使節団を出迎えることは勿論、国政を担い国民の生活と安全を守るために国王を始めとし王太子、ハンクス国内貴族が……砕いて言えば「懸命に働いている」場である。
国内行事や王家の誕生日、今回は王太子の結婚という大きな催しがある場合は外邸とは別の場所にある舞踏会ホールで執り行われる。この舞踏会ホールは普段なら平民は入る事は出来ないが、成人した若者を祝う行事や王の葬式のときは国民ならば皆入場可能となっており、万が一の自然災害が起これば避難所として活用される。
ところでこの外廷。本来なら国王や王太子は最上階に位置する所に執務室などを置くのだが現在の王太子の執務室はなんと、地上四階建てに対して二階の、しかも中央に位置している。本人曰く、活動動線が一番効率がいいと言い張っているらしく。
緩やかなU字型の建築物となっているが真正面の荘厳な装飾部分。そこの裏側の通路を挟んである部屋がマリセウスの仕事場となっている。その一階の一部分が見学客の通路になっているため、子供たちがやってきたときはこっそりとサービスするために顔を覗かせて賑わいを見せてくれることも多々ある。内廷からも足早にやって来れることもあり、当初は威厳云々と指を刺されたが仕事量で黙らせた。動線を優先させたほうがどれだけ効率的かと、実践を残したのである。
つまり何が言いたいかと言うと……この男、とにかくやりたい事が多すぎるのだ。
「おかげで私の仕事量が結構なまでに減ってしまってだ。国王なのに執務サボってるのかと疑われる始末だよ、まったく。」
「では殿下に控えるように進言なさいましょうか?」
「進言は私の方から直接したさ。それでも駄目だったからこっちが仕事量をストップもさせた。そしたらアイツ、自分から仕事探してきてテキパキやっちゃうの。だったら外交も一枚噛ませて、他に手を回せないようにしたら全部こなしちゃうわけ。」
思い出しただけで頭痛がする。一番驚いたのが、ガーランド辺境領の片隅にある小さな集落を直接訪問した話をしたときだ。
辺境地の最も栄えた街ならば王都から馬車で三日。そう、この王都と全ての領地は街道の整備が万全故に短期間での移動が可能となっている。だがその集落までの道のりは馬車では行けず、完全に己の足を使わなければならないほどの険しい道のりである。しかし息子は、宮殿の林道へピクニックに行ったかのようにその散策を楽しんで話しているのにはさすがに引いた。あの虫もカエルもヘビも生理的に受け付けない息子が、自らの足で赴いたのには少しだけ感動してしまったのは内密にしておく。
小さな集落は神海王国ハンクスと隣接しているユクレーン公国やメルキア帝国から流れてきた貧民たちがひっそりと身を寄せ合うように暮らしていた。辺境伯も集落の存在は知っていたが、何せ畦道とも呼べないほど人の手を全く入れていない樹海であり、その先に本当に集落があるとはとても思えない。そんな未開地をマリセウスは最低限の同行者を連れて潜ったのだ。
「聞けば集落にいた人間らは悪質な金融機関に違法な金利で財産を巻き上げられてしまったり、親から虐待を受けて奴隷として売られたが逃げてきたり、借金のカタに娼館に売られて命からがら逃げてきた娘も多かったそうだ。」
「つまり、被害者でしたか。」
どの国にも仄暗い部分が必ずある。ハンクスにも見えないだけで各地に点在している。それを把握出来るほど役人も王家も精度が高くはない、マリセウスのような行動力がなければ切開けないだろう。
しかし、領主や政に携わっているものにとっては不都合な真実。その部分に触れたがらない理由は金がかかる上に日に当たらない悪が蔓延る場所など踏み入れれば何をされるかわからない。権力ある貴族や領主に不信感しかない彼らは、本来頼るべき領主や役人らがそのような態度ならば信じるわけがなかろう。そうやって長年の『見て見ぬふり』が積もりに積もって彼らとの溝は深まり事態は深刻化していき、悪人がそれらを蜜にする悪循環が生まれたと言っても過言ではない。
「しかし、それならば殿下は正義感のお強い方ではないでしょうか?」
「どうだろうなぁ。仕事がないから仕事を探していた、そして仕事を見つけた。そう見えなくもないんだが。」
当時のマリセウスの心情は誰にもわからない。
本当に仕事探しをしていただけなのか、はたまた情に厚いだけなのか。だがその奇抜な行動により集落には教会が建設予定となり治安も良くなった。もうすぐで村になる人口にもなり役所も近いうちに設けるだろう。
ガーランド辺境伯のガレイラ・ゴルロ・ガルキも彼らにどう接していいのかわからずに長年放置してしまったことを集落の住民に深く謝罪し、マリセウスには恩が出来たとも言っていた。……もしや借りを作ろうとしていたのか?とはいえ、もう数年前の話。その間にガーランドには何も要請しておらず、いいや寧ろ集落に対して忖度なしに向き合うことが恩返しになっているかもしれない。
「おかげで地方貴族らも襟を正して訳ありな移民にどう接するか、条例も作った領も出てくるわ全国会議で新しい法案も出来るわで……。」
「まるで革命家ですね。」
当時の忙しさは異常だった。
半月ぶりに戻ってきた息子は移民の受け入れの法案を肘の高さまである書面で提出してきて、それを読み終わるのに二週間。デュランがそれに釘付けされている間に多方面に根回しし、予算の確保や派閥問わずに意見の交換なども持ち合わせてアレやらコレやらデュランに意見する。デメリットを先に話しメリットを懇切丁寧に伝える姿はやり手の商人のようだった……。
「もうあの怒涛の勢いが不意にやってくると思うとさ……仕事、止めないほうがいいのではとまで思うようになったわけよ。」
「……心中、お察しします。」
深いため息を吐くデュラン。しかしそれは王太子に呆れているわけのため息ではなく、己の過去に対しての反省と後悔で重くなった胸を軽くしたくて吐き出していた。
息子が仕事人間になったのは間違いなく自分のせいだ。
六歳頃から小さな雑務をやり出すようになり、出来たら褒めてあげて失敗しても慰めてあげた。国王に即位してから満足に息子に構ってあげられず、会話も簡単な報告ばかりになってしまい、まだ赤子の娘が病弱だったためそちらばかりに足を運んでいた。
だから息子の黒く染まってしまった心に気がつくことが出来なかった。どれだけ寂しく追い詰められていたのか、親として信頼されなくなったあの日を思い出すと悲しくもなる。
しかし紛れもなくマリセウスから信頼を失う行いをしたのは自分自身だ、被害者ではなく加害者である。
子供が一番可愛かった時期だったのに、寄り添うこともなくどう接していいのかもわからず……そう考えれば、ガーランド辺境領の集落は幼かった頃の息子そのものだったのかもしれない。
感慨に浸っていると、部屋の外が賑やかになってきた。柱時計を見れば朝の九時四十分、今日も忙しく臣下たちが走り回る時間帯だ。
「ところでユレイド。」
「はい。」
「今日の王太子の執務の量は?」
「トラブルさえなければ、いつもの四分の一の予定です。」
話し相手になっていた老齢の執事ユレイドはおもむろに手帳を取り出すと、マリセウス付きの執事と共有したスケジュールを読み上げる。
息子のスケジュールを一通り聞いて、デュランは「それ本当に少ない方なの?」と息子の妻と似たようなリアクションをしてしまったのは言うまでもない。
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