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第三十二話
新雪の二人
しおりを挟むパーテーション越しの会話で、少しだけ間をあけての返事。「もしかして、本当は挙式当日まで見せたくなかったのかな?」と少しネガティヴな気持ちがよぎる。
……そうだ、よくよく考えれば彼女の両親よりも先に花嫁姿を見せてしまうわけだから、抵抗があるのかもしれない。釣り合うかの不安だって、今はまだ見せられない上に当日じゃないとわからないからじゃないか?
そう考えたら自分の行動は些か強引すぎるのでは……だからと言って、今のモヤモヤを抱えたまま挙式を迎える日まで過ごすのは心配にもなる。しかし、ここまで来たら彼女の両親に対しても申し訳なさの気持ちがやってきた。この行動は果たして正解だったのだろうか?
執務や政務では常に強気で決断して、正しいと信じて進み間違えればやり直すために戻る行動の出来るマリセウスは、初めて成否がわからない問題にぶち当たってしまった。
あれだけ胸を張っていたのに、急に自信がなくなったのか少し項垂れてきてしまっている。彼女の為ならばなんでもしたくなってしまい、今回はさらに浮かれてしまっていたのもあり、結果的に浅い考えで行動を起こしてしまったのだ。だからと『言い出してなんだけどもやめよう』と言えば、きっとヘルメスに嫌われてしまう。それは嫌だ。どんなに臣下に嫌われようが愚痴られようが、周囲に「仕事馬鹿」「デリカシー無い」「ロリコン」だと悪態をつかれようが、ヘルメスにだけは嫌われたく無いマリセウスはどうすれば良いか悩んでしまった。
……いややはりロリコンは言われたくない。ヘルメス以外の異性は眼中にないから。
「……マリス様?」
腕を組んで考え込もうとしたとき、自分を愛称で呼ぶ妻の愛らしい声が耳に入る。
不安なのは彼女なのに、自身は勝手に落ち込んで勝手に悩み出すなんて失礼すぎる。
「ぁ、ああ。すまないヘルメス。」
謝罪を一言、項垂れた姿勢を真っ直ぐに戻して背後にいる彼女に体を向き直した。
ヘルメスが一番最初に見た彼の姿は背中。安心感を覚えて身を預けてしまいそうな広さには光沢感のあるライトグレーの燕尾服が纏まっており、呼びかけると体ごとこちらに向けてくれた。
最初、白薔薇のコサージュが目に入ったがすぐにマリセウスと視線が合ってしまう。彼が薔薇だなんて、一瞬でもイメージがないと否定が入ってきたが逆だ。どうして今までイメージできなかったのだろうか。品行方正で紳士、やや辛辣な部分があるとはいえどことなくフランクな一面もあり、王族である事を忘れてしまうほど親しみやすさがある。それがどうだろうか、コサージュとはいえたった一輪。純粋無垢な彼を現しているのだ。
タキシードなんて派手さはいらないとばかりの落ち着いた色合いで、しかしそれがどうしただろうか……体格がよい彼ではあるがスマートなその姿を含めて眩しく見える。
ヘルメスは純粋に彼のことを『美しい』と一言、そうかけるべきだが声が出ない。息が止まるほど、マリセウスに対してときめきが止まらなかった。……彼が胸を押さえて悶える理由がよくわかってしまう。
言葉が詰まってしばらく沈黙が続き、何か話さないといけない。そう思ったヘルメスは口を開こうとしたが……。
ずっと硬直してこちらを見つめてきていたマリセウスが、すぅ……と一筋の涙を流していた。
「ま、マリス様?」
「…………綺麗だ。」
彼女の花嫁姿を見て胸が止まりそうになった。
シンプルでありながらも純白のドレスはヘルメスの穢れを知らない純粋無垢な心をそのまま現しており、美しいなんて言葉では収まりきれなかった。
青空のような瞳と短くも柔らかな黒髪もそれに映えて、マリセウスが思っていた『この世全ての美しいものが集まっても敵いはしない』よりもずっと、崇高な存在が眼の前にいるのだ。
喜びや感動で感情が振り切れてしまったのだろうか、一筋だけではなく両眼からボロボロと意図せず涙を溢してしまうも本人はそれを気にも止めずにヘルメスの前に片膝をついたと同時に彼女の両手を取った。
「本当に……綺麗だ!私には勿体無いほどに美しい……っ!こんなに嬉しい気持ちは生まれて初めてだっ!」
「ま、マリス様、大袈裟ですよ……!」
「大袈裟なものか!悔しいよ、美しいや綺麗というありふれた言葉しか、君を賛美出来ないなんて……己の無知さが嫌になるほどだ!」
……予想外だ。てっきり胸を抑えて苦しみ悶えるか心肺停止かと勘違いするほどの気絶するかのどちらかと思っていたが、想像よりも遥かに年相応の感動で涙してくれている。自分の浅ましさに対してヘルメスは罪悪感が芽生えてしまう。
だけども、夫は本当に純粋な男性だ。喜怒哀楽を臣下の前では簡単に読み取れない立ち振る舞いをしている反動でもあるのだろうか……ヘルメスの前だけは、自分に素直な少年のように喜び笑い、怒りにも震えるし羞恥に赤面してくれる。……そんな彼が大好きでたまらない。
ヘルメスは両手を握ってくれている彼の手から逃れ、今度は逆にマリセウスの両手を包み込んだ、視線を合わせるために床に膝をついて。
「……私もマリス様のタキシード姿、とても素敵だとか美しいとかたくさん思っていたのに、先に言われちゃいましたね。」
「……君に、釣り合えるかな?」
「釣り合えるも何も、私の隣は貴方がいいんです。……それとも、私は釣り合えませんか?」
「っ、私だって!君がいいに決まっているじゃないか!!」
「うふふ……タキシード姿、カッコいいですよ。」
そう一言かけるとまた泣き出して、薄らと貰い泣きしてしまっているヘルメスは持っていたハンカチで自分よりも先にマリセウスの涙を優しく拭ってあげたのだった。
年齢差二十五。本来なら親子であろう歳の差なのだが、今はどちらが歳上かわからない様子だが……二人の間には確かな愛情があることがよくわかる光景であった。
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