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第三十五話
ノンデリ見学客が通る
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王都ボールドウィンの港はとても広い。
外交や貿易の船から外国の要人・王族を乗せた船まで入港するアスター大陸の玄関口として栄えているだけあり、端から端まで歩いて移動するのに数時間はかかるのではと言われるほどの広大さを持っている。
港の中間にはこれまた大きな造船所がある。マリセウスとジャクリーンの母・テレサが王家に嫁いだ年にポラリス造船交易商が王都支部としてやってきたのだ。彼らは修繕や点検を依頼されれば直様駆けつけられるように雷石が動力として搭載されているトロッコに乗って依頼された船まで速く到着出来るようにするなど、船以外の乗り物も発明している。
実はポラリスの造船所は道具や職人のための移動用乗り物など魔法石を活用したものが多く使われている。移動用の乗り物から手元にある職人道具まで様々で、魔法石オタクなら絶対に歓喜すること間違いなしの夢の国状態なのである。
例えば鉄と鉄同士のくっつける……俗に言う溶接作業では火炎石と滅多に使われることのない風石を組み合わせて発明された『バナー』と呼ばれる道具がある。鉄をも溶かす強力な炎を出すため取り扱いは十分に気をつけないといけない。火の粉が体にかかればそれこそ大きな事故に繋がりかねないため、顔は窓のある鉄仮面を装着して首から下の身体は燃えにくい厚い皮の服を着用している。
このように、実は世間ではあまり知られていないがポラリス内では文明が結構進んでいるのだ。科学に未来を見ている人間ならば一度は足を運んでみたい、ポラリス造船所が他の造船会社と違う理由がここにあるのだ。
……ので、どうしても目移りしてしまうというのが問題である。
「おやっさん、なかなかいいモノが出来ましたね。」
「ああ。こいつぁ俺が今まで手にかけてきたどの船よりも芸術的な奴だな!」
とある船大工二人。ひとりはまだ三十代前半くらいの中堅、もう一人は老年ではあるが背筋が伸びているこの道の玄人であろう男。
目の前には依頼された完成した遊覧船。客席のシートから欄干の細部に至り親切丁寧に造り上げ、もちろん操舵の動きやマストの安全性、きっちりと美しく揃った竜骨はもはや芸術的と言われても誰もが納得するだろう。
そして最も目が引くのが、遊覧船らしい遊び心が加わった船首にあるドラゴンの頭だ。
「まさかおやっさんに彫刻の才能があるだなんて思わなかったよ。あれスゲェーかっこいいっすよね!」
「へへへ、なぁに。ガキの頃はよくあんなもんを彫ってはいたもんよ。」
……何やらドラマがあるようだが、残念ながらここでは語れない。
「こいつを見た奴はみんな感動のあまりに褒めの言葉しか出てこないっすよ。」
「おいおい!やめろよ、小っ恥ずかしいったらありゃしねぇよ!」
二人がそうガハハワハハと小突き合っていると、どうやら造船所に見学にきた取引相手がやってきたらしい。
らしい、というのはポラリスの交易商部門の会頭が客と思われる人物を数人ほど引き連れてこちらに足を運んできているのだ。
二人は彼らの目を合わせないように背中を向け、仕事終わりの道具の手入れと周囲の掃除を始めた。
「あ……マリス様、あれ!」
と若々しい女性の声。かなり弾んでいる、何か良いものを見つけたのだろう。
「すごい!かっこいいですよ、あちら!」
「おお、確かに。他に比べるとなんだかパワフルな所があるね。」
……なんと自分達が先ほど造り上げた船の前で和気藹々と語っているではないか。
だがおやっさんと呼ばれるベテランは動かない。相変わらず背を向けているが、船の前にいるのはわかっている。飽くまで寡黙で淡々と、自身の作業場を綺麗に片付ける。
「あんなに細かいところまで……大胆なのに抜け目がありませんね。」
「しかし圧巻だ。今までに見たことのない力を感じる……というよりも肌で伝わるよ。」
連れの男の声も聞こえる。まさか船がここまでベタ褒めされるとは思ってもみなかった。
だからと言って有頂天になり彼らの前には出るのはさすがに謙虚さが欠けるというもの。出るわけにはいかない。
「なんというか、なんでも貫けそうな力を感じますねぇ……。」
「印象こそ『ぶち破る』とは思っていたけれど、いざ近くで見ると『貫く』という表現は確かに的確だね。」
それもそうだ、船首のドラゴンは全てを食い破るかのような獰猛さを表現している。……遊覧船に獰猛さを求めるのは間違えているのだろうが、現にこうやって喜んでいる人がいるのだから間違えてはいないだろう。おやっさんは確信した。
「この全てを一掃しまうようなパワフルさはとても魅力的だ。うちにも欲しいくらいだよ。」
「ええ!私も欲しいです!」
「ははは。よろしければご説明しましょうか?」
盛り上がっている二人を後押しするかのように交易部門の会頭が入ってくる。
説明、という単語を聞いたおやっさんは手入れをしていた手を止めて立ち上がった。そこまで盛り上がってしまったのならば、やはり製作者の説明が必要であろうと自信満々に胸を張って彼らの方へと体を向けた。丁寧な口調とは無縁であるが情熱は確かだ。さぁ何から話しましょうか!とドヤ顔で彼らを見た。
「これは高圧洗浄機と言いまして、雷石と水流石で水圧を調整してパワフルに頑固な汚れを落としてくれる優れものですよ。」
「高圧洗浄機って言うのですね!」
「まさか雷石も使っていたとは。」
「そっちかーーいっ!!!」
おやっさんはたまらず絶叫した。
盛り上がっていたのは最近作られた高圧洗浄機であった自分の造った船ではなかったことに驚きと虚しさが混じり合った悲鳴にも似た声をあげてしまったのだ。
そんな絶叫のツッコミに彼らはすぐに気がついた。
「あ。でっかい船。」
「遊覧船かな?」
さっきのテンションとは打って変わって下がってしまったが、腕を組んでいる男女はおやっさんの船にすぐ気がついた。
しかしどうも顔色がよくない。うーむ、と唸ったり首を傾げたりしている。
「……うーん、立派な船だとは思うのですが。」
「なんというか、自己満足の塊って感じ?」
男の率直な感想におやっさんはグサリ!と胸に深い一撃を受けた。続けて女性が話し出した。
「そうですね。なんというか、遊覧船って乗っている人が楽しむ為の船のイメージなのですが……これは作った人の願望がモロに表に出てしまって、乗せてる人を置いて行ってますよね。」
あまりにもストレートな批評でおやっさんの胃は巨大な鉛が落ちたような酷い衝撃が走った。
「大体なんでドラゴンなのだろうか?」
「うぅん。船首で全て台無しになってますね……勿体無い。」
最後にそれぞれの感想でおやっさんは鳩尾に思い一撃を受けてマットに沈んだ。
そうだ、結局は自分の自己満足だ……なんてことだ!完全に顧客が、並びに依頼主が望んでいたものを差し置いて、己の欲のままに造ってしまうなど!
マットに沈んだおやっさんは泣いた。痛いから泣いているんじゃあない、自分の小ささに情けなくて涙が出てきてしまうのだ。溢れんばかりの弱さを、エゴイストであるみっともなさを、そして言われるまで気づかなかった盲目さを。
俺は、俺はなんてものを造って顧客を傷つけようとしていたんだ!おやっさんは項垂れながらも涙をしっかりと拭って立ち上がった。
ありがとうお二人さん、おかげで目が覚めました!これからは顧客が望んだもの……もとい船に乗る人間の気持ちを考えて造船しやす!とお礼を言うために立ちあがった。
「で、この高圧洗浄機なのですが水源をホースで繋いで……。」
「おお!吸い上がっていきますよ!」
「なるほどこうやって水を上げていたのか。」
「そっちかーーいっ!!!」
……このように、魔法石オタクは船大工の心をズタズタに傷つけてしまうのである。
文明はデリカシーをちょっと無くしてしまうようだ。
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