オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第三十七話

パニック・コネクト

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 木箱から慎重にぐったりとしているクラーケンの幼子を取り出すと、獣医でもないマリセウスの素人目からでもわかるほどぐったりしている。ところどころ痣があり、しかも小さい傷が点々と……微妙ながら出血しているのもわかった。

 神海獣は神海獣の間にしか聴こえない会話をしていると、とある海洋研究者の論文に記されていたのをふと思い出した。しかもそれは人間では聞き取れないレベルの超音波にも似たもので、どのくらいの距離まで可能なのかの実験も行っていた。
 イルカの場合だが、彼らは超音波を発して障害物を感知したり仲間との意思疎通を図れるのだが、あくまでも障害物ならば反射する。神海獣の場合は超音波よりも念話……テレパシーに近い可能性があると結果が出た。
 もしかしたら、今船を襲っているクラーケンはこの子の母親で苦しんでいる我が子を助けようとしているのではなかろうか?

 「大丈夫かい!?」
 『にぅうう…………。』

 ならば何故、マリセウスには聞こえるのかという疑問が湧く。だがその疑問はすぐに解決した。彼は海神ファ・ゼールの祝福を賜った一族なのだから、海に暮らす神海獣の言葉もわかるようになっていたのだ。だが今の今まで気がつかなかった新事実に多少の動揺は隠せない。しかし次の疑問がすぐさま降って湧いた。
 何故このような場所にクラーケンの幼子が?
 それも木箱に閉じ込められた状態で?
 この怪我の具合からすれば、閉じ込めた人間が暴行したのだとわかる。だが何故わざわざ木箱に封をし閉じ込めて、この船に隠すようにクラーケンの幼子を放置したのか……。

 (まるで、この船を襲わせるのが目的のようにも思える……。)

 ただのいたずらにしては度を超えている。これが子供の悪戯だとしても心がないとしか言いようがない。
 この子を海にいるクラーケンに返せば万事解決……とはならない。ここまで酷い怪我をしたまま返すとなると余計に激高するはずだ。犯人を見つけ出す、よりも怪我を癒してあげねば。
 それに……マリセウスはクラーケンの幼子があの日の自分に重なって同情的になっていた。

 「しばらく辛抱してくれるかい?必ず君を親の元へ帰すからね。」
 『ぅぇえ…………。』

 赤子を優しく丁寧に抱きしめて、またいつ酷く揺れるかわからない不安定なこの場からすぐに立ち去ろうとした。
 しかしだ、災害というのは時と場所を選んではくれない。
 出口のドアノブに手をかけようとすると、破壊した木箱はマリセウスと反対方向にズルズルと滑っていく。また少しずつ傾いているのだろうと、早く扉を開けようとした瞬間。


 「ぅわっ!!?」

 ようやく甲板に上がってきたヘルメスとグレイは突然、傾斜が酷くなってしまい危うく海に投げ出されそうになるも、運良くマストに捕まることで難を逃れた。
 甲板にあった積荷らは豪快に船から落ちていく様子を見てゾッとした……落ちた先は海ではあるものの、あの荷物に巻き込まれてしまったら二度と浮上出来そうにもない恐怖心が彼らを走らせるには十分すぎる。

 「妃殿下!カートン殿ーっ!」

 「ジョナサン様っ!」

 命綱を体に縛り付けられたジョナサンは船員を差し置いて自ら二人の元へ救助に来てくれた。本来ならば彼の部下がやるべきなのだろうが、救命ボードの安全確保を優先してもらっているのだろう。命綱もかねたロープの先はボートにいる船員たちが総出で握っていてくれている。
 先程まで左右に揺れていた船は一方的に傾き、だんだんと床が壁のようにそびえるような角度になってきていた。このままでは船はどうなるのか……あまりにも想像にしたくない事が起こりそうなことは確実だ。

 「お二人とも、ご無事で何よりです!」
 「はい!ジョナサン様も……。」

 なんとかマストに辿り着いたジョナサンを見て安堵を覚えたヘルメス。もう大丈夫だと兄にも安堵を伝えるも、やはり突然の出来事に腰が抜けてしまったのだろうか、それとも固まってしまったのだろうかマストにしがみついたまま動けなくなってしまっていた。
 ジョナサンと共になんとかマストから離れてもらおうとゆっくり落ち着くように宥めて、ガチガチになってしまったグレイだが今度はマストからジョナサンにがっちりしがみついてしまったのだった。「妻と子供以外にハグされるのは初めてですよ」と、和ませる小さなジョークを交えてようやく危機から脱せられることを悟った。

 (……マリス様。)

 だがヘルメスは少しだけ違和感を覚えた。
 数日前、騎士団の詰め所の屋上から放り投げられた時に立場も危険も顧みないで助けてくれたはずの夫が助けに来てくれなかった。今と当時と状況は異なる、きっと船員に止められたのか怪我をしてしまっているからか来てくれなかったのだろうと……当然のことなのに、それがなんだか寂しかった。なんて我儘なのだろう。

 そんな幼い自分の感情とは真逆の言葉をかけられた。

 「妃殿下、従兄上はどうなさったのですか?」
 「え?」

 ジョナサンは周囲を見渡している。まさか投げ出されたのかとも呟きながら、海面も凝視していた。

 「マリス様?そちらに、いらっしゃらないのですか?」
 「いえ、妃殿下たちを探しに船内に飛び込んで、」

 事情を話す言葉は突然遮られた。
 白く長い、謎の物体が甲板を叩きつけるように海から出現した。その時の破壊音は凄まじく、和んだはずの恐怖心が再び悪寒のように走り出した。
 それも一体だけではない。もう一体……いや、二体現れて船を大きく傾けようとしているのだ。

 「もしかして……っ!?」

 だがヘルメスの恐怖心は完全に別物だった。
 自分達が出てきた船内への出入り口に視線を移して、出てきてほしい人物を願うように凝視した。しかし、その願いは叶うことはないとすぐに悟った。

 『マリス様がまだ船内にいる!』

 「ジョナサン様!兄をお願いしますっ!!」

 もはや床の役割を果たしていない、ほぼ壁になりつつある甲板を蹴り上げ、ヘルメスは迷うことなく元来た道を戻っていってしまった。

 「お、お待ち下さい妃殿下!!!」

 「会頭ーっ!!これ以上は無理だ!戻ってきてくれーっ!!」

 船員たちの呼び声に「しかし、」と答えようとするももう船は転覆目前だ。このままでは全員を巻き込んで助かるものも助からない……。ジョナサンは現場責任者として苦渋の決断を下すこととなる。

 「マリセウス従兄上……!」

 従兄夫婦を必ず救助することを誓い、奥歯を噛み締めてジョナサンは大急ぎでグレイと共にボートに乗り、無事に避難をするのであった。
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