オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第四十話

朽ちること知らぬコガネ

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*****

 「はぁ?なんと言った?」
 「にわかに信じられないのも無理はありません。どういう仕組みでやらかしたのかも、現場でもわかってはいないそうですが……。」
 「沈没しかけた船を爆発させて脱出だと?あの船の積荷に、そんな物騒なものがあったのか?……だとしたらつけいる好機はありそうだが。」
 「仮にそうだとしても、あの状態で爆弾のようなものに着火するのは難しいかと……。」
 「仕方ない、続報次第か。ちっ、悪運の強い男め。」

 弁で引き摺り下ろすには材料と証拠が不可欠。手元にある僅かなカードで戦うほど愚かな真似はしない。
 忌々しく舌打ちしたグラットンは馬車を出させて邸宅へと戻って行ったのであった。

 時間は少し遡る。

 海面から出ていた船の一部をマリセウスは強引に水圧爆破させたことにより、船体は半壊したが衝撃で中に残された二人は外に投げ出されてしまったのだ。
 船体の瓦礫と木材に巻き込まれてそのまま二人は海中に落ちていってしまう……浮上するためにも海面を目指して泳ぐのも、この危険を掻い潜るのは二人では難しい。

 (せめて……ヘルメスだけでも……っ!)

 抱きしめている妻だけでも助けたい。しかし、爆発の衝撃で気絶してしまったらしくまるで動かない。
 このままでは海中深く沈んでしまう、せめて海面近くだったら……それに祝福を使いたくても圧縮を繰り返したときに眼球を痛めてしまい上手く海水をコントロール出来ない上に視界も海中にいる事もあって霞んでしまっていた。つまり全て出し尽くした状態、最善はもはや終わっていたのだ。

 (もぅ……だめだ……、)

 意識が途切れそうになる寸前、海面に向いていたマリセウスの脚を何かがひっかかった。いや、引っ張られている感覚だ。
 閉じかけた瞼をなんとか半開きにしてそれを見やると、小さい白い何かが懸命に引っ張っているように見えた。もしや、そう思った。それは間違いなく船内で助けたクラーケンの幼子であった。

 『にぅーっ!がんばれーっ!!』

 (……そんな小さいのに、懸命になってくれるなんて有難い。)

 しかし助けられる側のマリセウスはほとんど諦めかけていた。もはや神海獣といえども、幼子相手の健気さに何も返せない。
 だが、そんな健気さに応えたのはマリセウス以外のものであった。

*****

 爆発後、警備隊はすぐに動いた。転覆した船の近くにはクラーケン。仮にあの爆破で王太子夫妻が海に投げ出されてしまっていたら最悪の場合、クラーケンに襲われる可能性が十二分にある。魔法石を原動力にした救助ボートはスピードを上げて現場に近づく……すると、柱のように白い触手が海中から現れたのだ。
 攻撃されると思った警備隊はすぐさまボートを減速され、迎撃体制に入る。が、隊員の一人が気付き声をあげた。

 「隊長!何か人影が……!」

 触手の先端には二人の人影が巻きつけられている。
 まさに彼らが救助すべき王太子夫妻、その人らだ。

 彼らはクラーケンを刺激しないように王太子夫妻を救出すべく、恐る恐る掲げられた触手に近づくもその気配に気がついたクラーケンは足をピクリと動かした。まずい!と当然、一同は身構えてしまうが予想外な動きを見せた。
 クラーケンは捕まえたであろう、王太子夫妻を器用に丁寧に……ボートに降ろしたのである。

 「……まさか、船を襲ったというのに助けたのか?」

 また隊員がそのような疑問を口にするとクラーケンの足は海中に戻り、波を立てて影を無くし、遠くの沖へと泳いでいくのを警備隊一同は確認したのだった。……その途中で小さなクラーケンが頭を出して手を(原則には脚だが)振って去っていったようにも見えた。

 「げほっ!!げほっ!!」

 いくらか海水を飲んでしまい、激しく咳き込みながらも自ら海水を吐き出したところでマリセウスは目を覚ました。すぐさま警備隊の容態確認をされるものの、その前にマリセウスは妻ヘルメスの容態を心配した。横に寝転がってる彼女の名前を何度も呼ぶと……同じように咳き込んで目を覚ました。

 「ヘルメス!ヘルメス!!」

 「ま、マリス様……?」

 疲労が滲み出ている表情だったとはいえ、愛する妻が何事もなく無事であったことに安堵して、ようやく大きく息を吐いて薄ら涙を流せたのだ。

 「よかった、本当によか…………っ!!」

 途端、視界が歪む。ボートの上なのだから揺れるのは当然ではあるが波の動きとはまるで違う揺れが視界を乱す……それと同時に瞳に激痛が走り頭は殴られたような痛みが襲う。
 マリセウスもまた体力がほぼない状態だったため、それらの痛みに耐えられるはずもなく、あっという間に気を失ってしまい、警備隊とヘルメスに囲まれている中で音を立てて倒れ込んでしまったのだった。

 「マリス様?マリス様っ!!マリス様しっかり!!」

────

 無駄に長生きをしてしまった。
 玉座から降りて以来久しく、臣下らの前に出てきてしまったが仕方がない。孫の「名付け親なのですから当然参列なさってください」など強く主張してきたものだから、逃げ場を奪われたようなものだったからな。
 しかし、それは私にとっても『過去と決別』する所を臣下らに見せつけねばいけない大事な場面になるのだから、まぁ孫には感謝するしかないだろうな。

 王太子妃が世継ぎを出産して一月経過しようとしている時期だというのに、未だ赤子の名前が決まらないときたものだ。神聖なものか、呼びやすいものか……あるいは愛着あるものにすべきか王となるべく相応しい名にすべきかなど、娘らと交えて何日も話し合ってると。
 致し方なしと重い腰を上げて彼らの元にいけば、赤子はこれまた元気に泣き出しており、いくら侍女が宥めても泣き止まない。……その時、私は何気なく「代わりたまえ」と己の手を差し出した。不思議なものだ。自分の娘のときすら抱えてあやそうともしなかったのに、だ。
 ゆりかごのように揺らし、何度も何度もヨシヨシと声をかければ自然と声は落ち着きを取り戻していった。

 そしてだ。パチリと目を見開いてこちらを見つめてきた。
 ……その瞳の色は、人生を狂わせてきた忌々しい黄金色であった事。私と赤子の視線が合ったことで『しまった』と言わんばかりの表情をした娘が僅かな視界に入った。

 しかし、この腕の中にいる赤子はとても無垢な愛おしい気持ちになれた。私が長年『憎し恨めし、滅びるべし』と祟ってきたこの感情はとうの昔に枯れていたのだ。それからの日々は虚無でしかなく、私が王であった頃は一体民草に何を与えられたのだろうかと苦悩すらしてしまっていた。後悔をどこかで埋め合わせることなぞ出来やしない。ならばせめて、次の世代のために何かしてやらねばならない。それが老ぼれの役目であろう。

 この赤子を見た時、この感情にようやく答えが出たのだ。
 『もう過去にしてもいいのだ』と。

 「名がまだない、のならば……この子に『マリセウス』と名付けたい。」

────

 歴代神海王国国王の中でも在籍期間が短かった海王マリセウス・ハンクス・エヴァルマーの生誕から退位をするまでの生涯を綴った伝記によれば、命名したのは彼の曽祖父である峻厳王ニコラス・ハンクス・エヴァルマーである。
 その由来は、創世古代語で『海原を照らす太陽』、または『瞬くことすら忘れる黄金』という意味であったそうな。
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