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第四十二話
その頃の長男たち
しおりを挟むその頃王都の外れでは、とある事情で(会頭なのに)バイトをクビになってしまったマリセウスが公園で項垂れていた。やはりフィニッシュホールドがいけなかったのか、などとぼやいていたが……ただ単純に商会の最高責任者をバイトとして扱うことに対して、その職場の従業員たちがとてつもなくプレッシャーを感じてしまっている上に、なんでもかんでも一人で率先してやってしまうからやりづらいこの上なく、さらには万引き犯を退治して注目を浴びてしまったため、余計に従業員らは仕事がしづらくなってしまったのだ。
店長は最もらしい言い方でマリセウスを追い出したおかげで商会本店にようやく平穏な日々がやってきたのだ。もはや店長がヒーローまである。言い過ぎではない、かなり妥当な賞賛だ。
「そもそも、なんで殿下はアルバイトなんてしていらっしゃったのですか?」
「暇で時間を持て余していたので、つい。」
妻が独身最期の日なのだし、邪魔しちゃ悪いかなって……本当は遠くからでも見守りたいとか思っていたけれどもさすがに迷惑なのは理解しているし……などとぼやいている。
つまりこの男、なんでもかんでも仕事優先にしてきてしまったがために余暇は共に遊ぶという友人などあまりいないのだ。友人はいるにはいるが片や遠方、片や騎士団長と来たものだから簡単には集まらないというのが問題だ。
友達いないのかよとグレイは一瞬思ったが口にはしなかった。何せ自分にも友達はいないのだから……。そうしたらなんだか少しばかり、この義弟に同情すら芽生えて来てしまった。
「あのぉ殿下……。よかったら僕も時間を持て余してますし、可能な限りお付き合いしますよ?」
「えっ!!?」
ガバリと顔をあげ、仰天した目でこちらを見て来た。
嬉しいサプライズ、を受けた子供のようだ。聖誕祭の翌朝に枕元にプレゼントが置かれていて喜ぶような子供によく似た純粋な瞳をこちらに向けてくるではないか。
……ちょっとハードルを上げてしまった気がする。が、一度言ってしまったものだからやっぱりナシ、なんて簡単には下げられない。何よりこんなにも熱くて綺麗な眼差しを向けられてしまったら、もう逃れるのは不可能なのではないかとすら思うほどに真っ直ぐ向けられている。断ったら咽び泣いてこちらが周囲に怪訝な目で見られるやもしれない。グレイは注目されるのが苦手である。そして乗り掛かった船から降りるタイミングをよく逃すくらいに優柔不断なのである。
マリセウスは立ち上がり、大きな商談が決まったかのごとくグレイの両手を強く握り大きく振った。
「ありがとうございます、義兄上っ!!」
「ぁ、いやその……ご期待に添えられるかは分かりませんが……善処します。」
「いいえ!義兄上のそのお気持ちがとても嬉しいです!お付き合い下さること、本当に喜ばしい限りです!よろしくお願いします、義兄上!!」
「は、ははは……。」
予想以上に大喜びしてくれている。それも想像以上に声が大きい、嬉しそうな言葉を並べる度にビリビリと肌に振動が走る。国会でアビゲイル首相が声を張り上げて質疑にキビキビと答えているかのように頭に響く……鼓膜が破れそうだから声を抑えてほしいと嘆願しそうになるが、この喜び様に水を差すのはさすがのグレイでも気が引ける。
この人よっぽど友達いなかったんだなぁ……自分もいないけどとしみじみ思いながらグレイは何か異変に気がついた。何気なしに周辺を横目でチラリと見ると、複数人がこちらを凝視しているではないか。
「何かあったのかしら、あの二人……。」
「あちらの殿方が眼鏡の少年?に向かって兄上と申しておりますわね?」
「逆じゃなくて?」
「はて、あの体格のいい御仁……どこかで見たような。」
「王太子殿下に似てないか?この間、お触れに披露されてたご尊影と特徴が、」
「おっふぁああ!!?」
周囲はヒソヒソ声だと思っていただろうがグレイは残念ながら聴覚はすこぶるいい方、自分たちが注視されていると知るや突然驚きの声(もとい奇声)を上げてマリセウスを酷く驚かせた。
「あ、義兄上?どうされました!?」
しかし肝心な義弟は注視されているのに慣れすぎている。それはそうだ、何せ商会会頭……この国の王太子殿下だ。如何なる状況でも誰からでも視線を集めてしまうのは生まれ持ってのもの。周囲がどのような視線を注がれようが小声でこちらの事を指されるように言われようが微動だにしない。王として不動な精神を携えているのは確かだが、この場合は「鈍感がすぎる」が的確な表現である。
「で……で、でっ、」
「ででで?」
「殿下のおバカーっ!!」
グレイは爆発した羞恥心はついに雄叫びに変換されてしまい、たまらず全力でその場を走り去ってしまった。
当然マリセウスはまた驚き、その姿を見送ってある程度離れてしまったからようやく我に返ってグレイを追いかけ始めた。……なんだかこのやり取り、とてもデジャヴを感じるなと少し考えてみた。
(兄妹だなぁ~!)
あの日の妻の姿を少し思い出して小さく笑ったのは言うまでもない。
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