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ゾディーク
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「母上」
いつも素直で愛らしい息子、彼はそっとゾディークの手を取った。
「母上、僕ほしいものがあるんです」
息子は無邪気に笑う。幼いころと変わらない無邪気さで、もう十六になるのに。
息子の欲しいもの、それは街で見かけた愛らしい男爵令嬢だという。可愛い息子のお願いでもそれは聞けない。
今、彼に必要なのは侯爵家以上の身分を持つ有力な家系の花嫁だ。そのためには手段を選んではいられないのだ。ましてや身分卑しい男爵令嬢など近づけるわけにはいかない。
どうしてこうなったのだろう。
ゾディークはこの世界に生まれてからずっと幸せだったのに。
ゾディークは自分の周囲を見る。贅を凝らした豪奢な空間、その一角に美しい風景画がかかっている。これは自分の婚礼祝いに送られたもの。
この絵は変わらないのにゾディークの周りはずいぶんと変わってしまった。
ゾディークはこの国では名門サックス公爵家の姫君として生を受けた。
ゾディークの誕生は親族一同で盛大に祝われ、祝福された。
そして厳しくも優しい両親のもと、高度な教育とふんだんに与えられる贅沢を享受し育ってきた。
そして、ゾディークの周りはゾディークを愛している人間しかいなかった。誰もがゾディークをほめそやし、真綿でくるまれたような生活を送り続けた。
そしてこの国で最も優れた婚約者がいると知った。
もともとゾディークの実家は王族に縁を結びたがっていたのでちょうどいい歳周りの娘が生まれたのを好機と売り込んだらしい。
家族の努力の甲斐あって、ゾディークは多くのライバルを押しのけて王太子妃の座を得ることができた。
国中の祝福を受けての婚礼の儀式、そしてこの国の第一の女性としての盤石の地位。
そしてそのあとも無事に第一子である息子を産んだ。ゾディークは未来の国母の地位を得たと親族はみな歓喜した。
すべてがゾディークを祝福するような日々が続いていた。
息子は愛らしく、そして誰もがその賢さをほめそやした。
このまま祝福された生涯が続くと信じて疑っていなかった。
だがいつの間にかゾディークたち一家の足元は切り崩されていた。
これから続いていくはずの栄光の道は幾多の障害を乗り越えなければ進めなくなっていた。
息子の愛らしさを褒めたたえた者達は、今は息子の挙措や言動を不信の目で見ている。この子はちょっと変わっているだけなのに。
夫はすでにゾディークの味方ではなくなった。いつの間にか離れてしまい既にまともに話をしたのも数えるほどだ。
そんなゾディークに対してあの第二王子と第三王子ならびにその婚約者は手を組んで倒すべき敵とゾディークを追い詰める。
ゾディークを支えてくれていた家族もいつの間にか力を失っていた。
ゾディークを王太子妃に据えるために行ったことを奴らは逆恨みしているんだと兄や弟が言った。
まるでゾディークが悪いかのように。
息子は何を言ってもただ楽しいことだけを追いかけて笑っている。
夫とも会話が成立しない、ゾディークは一人きりになってしまった。
だから夫を再び玉座へ近づければ、もう一度取り戻せるはずだとゾディークは考えた。
家族をすべて取り戻せる。
再び幸福な生涯へと進める。あの時のように失ったりしない。
ゾディークは己に問いかけた。
あの時っていつ?
不意に自分の後ろにもう一人の自分がいることに気づく。
もう一人の自分はそっとゾディークに教えてくれた。
忘れていたもう一つの人生を、かつて自分だった女は得たと思ったらすべてを失う不幸な人生を送り続けたのだと。
いつも素直で愛らしい息子、彼はそっとゾディークの手を取った。
「母上、僕ほしいものがあるんです」
息子は無邪気に笑う。幼いころと変わらない無邪気さで、もう十六になるのに。
息子の欲しいもの、それは街で見かけた愛らしい男爵令嬢だという。可愛い息子のお願いでもそれは聞けない。
今、彼に必要なのは侯爵家以上の身分を持つ有力な家系の花嫁だ。そのためには手段を選んではいられないのだ。ましてや身分卑しい男爵令嬢など近づけるわけにはいかない。
どうしてこうなったのだろう。
ゾディークはこの世界に生まれてからずっと幸せだったのに。
ゾディークは自分の周囲を見る。贅を凝らした豪奢な空間、その一角に美しい風景画がかかっている。これは自分の婚礼祝いに送られたもの。
この絵は変わらないのにゾディークの周りはずいぶんと変わってしまった。
ゾディークはこの国では名門サックス公爵家の姫君として生を受けた。
ゾディークの誕生は親族一同で盛大に祝われ、祝福された。
そして厳しくも優しい両親のもと、高度な教育とふんだんに与えられる贅沢を享受し育ってきた。
そして、ゾディークの周りはゾディークを愛している人間しかいなかった。誰もがゾディークをほめそやし、真綿でくるまれたような生活を送り続けた。
そしてこの国で最も優れた婚約者がいると知った。
もともとゾディークの実家は王族に縁を結びたがっていたのでちょうどいい歳周りの娘が生まれたのを好機と売り込んだらしい。
家族の努力の甲斐あって、ゾディークは多くのライバルを押しのけて王太子妃の座を得ることができた。
国中の祝福を受けての婚礼の儀式、そしてこの国の第一の女性としての盤石の地位。
そしてそのあとも無事に第一子である息子を産んだ。ゾディークは未来の国母の地位を得たと親族はみな歓喜した。
すべてがゾディークを祝福するような日々が続いていた。
息子は愛らしく、そして誰もがその賢さをほめそやした。
このまま祝福された生涯が続くと信じて疑っていなかった。
だがいつの間にかゾディークたち一家の足元は切り崩されていた。
これから続いていくはずの栄光の道は幾多の障害を乗り越えなければ進めなくなっていた。
息子の愛らしさを褒めたたえた者達は、今は息子の挙措や言動を不信の目で見ている。この子はちょっと変わっているだけなのに。
夫はすでにゾディークの味方ではなくなった。いつの間にか離れてしまい既にまともに話をしたのも数えるほどだ。
そんなゾディークに対してあの第二王子と第三王子ならびにその婚約者は手を組んで倒すべき敵とゾディークを追い詰める。
ゾディークを支えてくれていた家族もいつの間にか力を失っていた。
ゾディークを王太子妃に据えるために行ったことを奴らは逆恨みしているんだと兄や弟が言った。
まるでゾディークが悪いかのように。
息子は何を言ってもただ楽しいことだけを追いかけて笑っている。
夫とも会話が成立しない、ゾディークは一人きりになってしまった。
だから夫を再び玉座へ近づければ、もう一度取り戻せるはずだとゾディークは考えた。
家族をすべて取り戻せる。
再び幸福な生涯へと進める。あの時のように失ったりしない。
ゾディークは己に問いかけた。
あの時っていつ?
不意に自分の後ろにもう一人の自分がいることに気づく。
もう一人の自分はそっとゾディークに教えてくれた。
忘れていたもう一つの人生を、かつて自分だった女は得たと思ったらすべてを失う不幸な人生を送り続けたのだと。
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