王様と籠の鳥

長澤直流

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第6章

選択の儀~第1世代~0

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「え……? 今なんと?」
 シェルミーユはその瞳に期待と不安の色を浮かべてライアナを凝視した。
「今年執り行う選択の儀に……」
「選択の儀に――?」
 シェルミーユは早まる鼓動を抑えつつ、言い渋るライアナの言葉を促す。
「お前も公務として出席してみるか?」
「……出ていいのか?」
「……うむ……。もちろん条件付きだが――……!?」
 あまりの想定外の嬉しい衝撃に心臓が早鐘のように鳴り響き、シェルミーユは両手で顔を覆った。
 シェルミーユはもう2度と王宮の外へ出ることなど叶わないと思っていた。
 だからこそ、こんな申し出をシェルミーユを閉じ込めたライアナ自身がしてくれるとは露程にも思わなかったのだ。
(私は夢でも見ているのか?)
 顔が熱くなり、溢れる涙が止まらない。
「シェルミーユ!? なっ、泣くな」
 泣き止まないシェルミーユにライアナが焦りだす。そんな彼を見てシェルミーユは涙を流しながらも笑って言った。
「いい、構うな。今はただ泣かせてくれ」
 ライアナは納得いかない顔をしてシェルミーユをそっと抱きしめ、拗ねたように言った。
「わかった。だが、泣き止むまで俺はお前から離れない」
「過保護だな」
「過保護なものか。お前は俺の唯一無二の存在なのだから――」
 そう言うとライアナはシェルミーユの目元に口づけを落とし、その瞳を見つめた。
 シェルミーユの瞳は溢れる涙でキラキラと輝き、頬はほんのりとピンク色に染まっている。
 ライアナはむせかえるようなシェルミーユの色香に欲情しながらも、口づけだけに止めようと固く目を閉じ己を律した。
 しかし――――

「それだけでいいのか?」
 シェルミーユの予想外の言葉にライアナは目を見開いた。
「シェルミーユ……」
(それはどういう意味なんだ?)
 ライアナは心中しんちゅうでシェルミーユの言葉を何度も反芻する。
(それ以上してもいいと言っているのか? 馬鹿な、そんな都合のいいこと……お前が俺を誘うようなことを言うはずはない――)
 そう思った次の瞬間、ライアナはシェルミーユの瞳の中に小さな欲情の炎が宿っていることに気付いた。
「――!」
 即座にライアナの心中しんちゅうでブチッと何かが切れるような音がした。
 そこからはもう言葉など無粋だった。ライアナは本能のままに彼を抱き、シェルミーユはそんなライアナを受け入れ、身を任せた。

 1ヶ月後の公務への参加に心を弾ませて――






 選択の儀、当日――。

「どうしてもこれでなくてはダメか?」
 王宮に移り住んでから初めて王宮の外に出られると浮かれていたシェルミーユだったが、彼の気持ちは今まさに急降下していた。
「お前は王妃だからな」
 シェルミーユとは対照的にライアナは上機嫌だ。
「よく似合っている」
 金糸の刺繍が施された純白のドレスを身に纏わされ、不機嫌なシェルミーユは項垂れて言った。
「ドレス……」
「お前は王妃だからな」
 ライアナは同じ言葉を繰り返す。
「……」
「やめるか?」
「…………いや」
 シェルミーユはこのドレスを纏わねば今回の公務への参加が消えることを悟った。
 せっかくの外出の機会、無下にはしたくない。
「私は……王妃だからな」
 シェルミーユはしぶしぶ不満を噛み砕いた。

 ライアナの即位後に傘下に置かれた元国、領土の民は王妃のことを王妃としてしか認識していない。
 その素因はライアナのシェルミーユに偏った癇癪によるところが強い。
 王妃関連で王の機嫌を損ねれば首が飛ぶ。
 そのことを前提にシェルミーユの名は各領の重役にのみ伝えられているのだが、その各領の重役たちも内情を知る本土からの赴任者だったため、その名をむやみに口にしていいものでは無いことをもとより知っており、言葉にして発することは余程のことがない限り有り得なかったため、話題に上がることも憚られた。また、公に姿を現さないクリムゾン王国の王妃が実は男であることなど疑う者などおらず、必然と王妃は女性であると認識されていた。

「本当によく似合っているよ、シェルミーユ。美しい――」
 ドレスはシェルミーユの白い肌を際立たせ、漆黒の髪をより美しく輝かしている。
「寸法もぴったりだ……」
 ライアナは満足げに目を細めて言った。
「不気味なほどな」
「毎日、触れているからな。お前の体でわからないところなどない」
 そう言ってライアナはシェルミーユを後ろから抱きしめた。
 シェルミーユが身に纏っているそのドレスはライアナが指示し作らせたものだか、シェルミーユは1度もその職人に会っていない。寸分たがわぬその採寸にシェルミーユは舌を巻くしかなかった。
 ライアナは器用にシェルミーユの髪を結い上げ、露わになった白く細い彼の首筋に口づけを落とす。
「最後にこれを……」
 ライアナは仕上げに純白のレースのショートベールをシェルミーユの髪にセットした。
「前が見辛いではないか」
「これは最後の砦……、王宮内に戻るまではずしてはならないし、はずされてもならない」
 ライアナが真面目な声音でシェルミーユの耳元に静かに囁く。
「よろしく頼む」
 己に言い聞かせるようにそう言ったライアナの瞳は少しだけ揺らいでいた。本当にシェルミーユを公務に連れて行くべきかどうか、この期に及んでもまだ迷っているのだ。
 ライアナにとって初めての試み、彼の心境からして万が一にもしくじることがあれば、2度とシェルミーユに王宮の外に出る機会は気まぐれでも訪れないだろう。
 シェルミーユに失敗は許されないのだ。
「……わかった」
 ライアナの思いを胸にシェルミーユは静かにまぶたを閉じた。
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