王様と籠の鳥

長澤直流

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第6章

選択の儀~第1世代~1

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 クリムゾン王国の本土で生を受けた者は5歳になると身分隔たりなく人生を決める試練、選択の儀に立ち向かうことが伝統として義務付けられている。
 それはつまり本土の子供達には、試練を乗り越え強者となるか、新天地を目指して立ち去るか、他者の所有物となって隷属するかを自分で選択する権利があるということである。
 一方、新領土の民は大人も子供も必然的に弱者として扱われる。そのため彼らは、本土の戦士、強者達からは隷属の類として識別され、本土の戦士らに何をされようがその罪を彼らが問うことは許されていない。
 それはこの国の原則が強者こそが絶対的正義である故に、弱者は必然的に悪となり、悪には人権が認められないということが根底にあるからである。
 弱者等の所有される者の身の保証度は、所有者や伴侶の強さ、またその者に対する執心度等とイコールとなる。故に、後ろ盾を持たない弱者は常に強者の気に障らぬよう、目につかぬよう不自由を強いられる。というのも、何が原因でもめ事に発展するのかは予測不可能なため、後ろ盾を持たない弱者は戦士達が出歩いている時は身を守るために必然的に行動範囲を制限せざるを得ないのだ。
 故にどんなに無関心な所有者であっても、弱者にとっては強者に所有されているだけでもまだいい方といえた。

 しかしこの国では国に強者と認められれば、本土での居住権が認められ、国民はその者の出生を限らず平等に敬い、寛容な態度で歓迎する。

 故に、他国出身であっても自らが戦士となり、その地位を確かなものにしようと野心に燃える者が次第にあらわれ始める。
 そして近年では、新しくクリムゾン王国の領土となった各地の子供達にも参加権は与えられ、希望者は5歳になると儀式を受けることが可能となった。
 しかし、同じ5歳児といえど元々の遺伝子や体の作りが違うため、必然と他所から来た挑戦者の大半がこの試練に耐えきれない。
 だが、ごくわずかにのりきってしまう者もいたため、現状打破のために無謀な夢を自分の子供に託し、子を失う愚かな親が続出することとなる。


 そして今年はライアナ王の血を受け継ぐ第1世代も参加するため、国民の注目度もひとしおだった。




「やはり第一突破はユリア様に違いない」
「なんてったってライアナ様の血を受け継がれておられるからな」
「サラ様だって考えられるぞ?」
「サルメ様だって!」
 サラ、サルメはユリアと同じ第1世代の子供だ。
 性別は女だが父親の血を引き継ぎ、身体能力はずば抜けていた。
 クリムゾン王国は実力主義のため、王位につくことに性別は関係ない。

「おはよう、サルメ! ユリアには会った?」
 ウェーブのきいた淡いピンクゴールド色の髪のサラがニヤニヤしながらサルメに話しかける。
 直毛の青みがかった黒色系の髪のサルメはそんなサラをうるさげに見やった。
 2人は王族の同世代としてよくつるむものの対照的な性格をしている。
「おはよう、サラ。……まだ会ってないわ」
「あの柔な気性でユリアはちゃんと登りきれるのかしらね」
 そう言って笑うサラに対し、サルメは深刻そうな顔をして呟く。
「……ユリアは変わってしまったわ」
「ん?」
「前に体調を崩したときがあったでしょ? あれからユリアは変わってしまった」
「どうゆうこと?」
 サルメは虫も殺せないような優しいユリアを心配に思いながらも内心可愛くも思っていた。しかし体調が回復した後のユリアは、その日以降訓練と勉強ばかりで同世代の子供と遊ぶことがなくなり、サルメ達とも疎遠となってしまっていた。もともと訓練馬鹿なサラはその些細な変化を気にも留めていなかったが、ユリアを気にかけていたサルメはその変わりように動揺を隠せずにいた。
「あの気弱で……優しかったユリアは――――」
 次の瞬間サルメの話を民衆の歓声が遮った。
 今回の主役といってもいいユリアの登場だ。
「ユリア様!」
 同世代の女達が色めき立つ。ユリアはそんな彼女達に笑顔で手をふった。
 少し前までひ弱な印象があった彼だが、シェルミーユの1件あることをきっかけに肉体的にも精神的にも以前に比べて逞しく成長を遂げた。そのせいか同世代の異性、はたまた御姉様方にまで人気が急上昇することとなり、ユリアのシャンパンゴールド色の髪が風になびくと御姉様方から切ない溜め息が漏れ聞こえた。
 隣に付き添うジョアンナが笑顔を保ちながらユリアにだけ聞こえる声で囁く。

「ユリア、わかっていると思いますが、くれぐれも浅はかな真似はしないように」
「わかっていますよ。母上様」

 ユリアは頭を動かすことなく笑顔を保ったままジョアンナに囁き返した。
 ジョアンナは今回の選択の儀に一抹の不安を抱いていた。なぜなら、会場には王だけならず王妃までもがお見えになられるというからだ。お抱えの密偵から報告を受けた時は、ジョアンナは己の耳を疑った。これまでの王の王妃に対する言動から考えれば、とても信じがたいことだったのだ。
(なぜ王妃様まで――、よく王様がご承知なされたものだ)
 心境の変化でもあったのかとジョアンナが思い耽っていると、彼女の一抹の不安のもとである最愛の愚息、ユリアが口を開いた。

「シェルミーユ様はまだでしょうか」

 突如聞こえたその名にぎょっとしたジョアンナを前に、ユリアはもじもじとしている。
「恐れ多くも御尊名を口にするなぞ、無礼極まりない!」
「御方様に相応しい美しい御尊名、口にしないのは損でございましょう?」
「王様がお聞きになられたらその首、一瞬のうちに胴体から切り離されるでしょうに――っ、……浅はかな真似はしないようにと忠告したばかりですよ!」
 ユリアは片眉を上げてジョアンナを見た。
 ジョアンナは笑顔を崩さずにユリアに圧力をかける。

「ユリア、おはよう!」

 サラが空気を読まずに親子の間に入ってきたため、瞬時ジョアンナは後宮関係者用の顔に切りかえた。
「ジョアンナ様、おはようございます!」
「おはよう、サラ。今日も元気いっぱいね」
「はい! 今日も絶好調です! 選択の儀では1位通過します!」
 サラはユリアの方を見ながらニヤニヤとした。
 しかしユリアはジョアンナの目が自分からそれたことをいいことに我関せずと辺りを見回していた。
 サラに次いでサルメも控えめにジョアンナとユリアに挨拶をする。
「おはようございます」
「おはよう、サルメ。……あなた達は1人で来たの?」
 母親の姿が見えない2人にジョアンナがそう尋ねると、彼女達は苦笑いして言った。
「本日は私室にてお茶会を開いています……、私が登りきるのは疑っていないと言っていました」
「私の方もお茶会へ……」
「そう――……」

(呑気なものね……。ライアナ様の血を受け継いでいることに胡座をかいているのかしら、何が起きるかわからないのがこの儀式の怖いところなのに……)

 ジョアンナは内心を伏せ、2人をただ笑顔で見送るにとどめることにした。
「2人とも頑張ってちょうだいね」
「はい!」
「ありがとうございます……」
 サルメは目の端でユリアの方をチラチラと見ていたが、彼は彼女達の方を見ずただ一方向を見つめていた。
「ユリア……?」
 サルメがユリアの目線の先を追うと、王が今回の儀式を見物するために建てた物見台が見えた。
(あれは王様の……。そう、そうね。父上様のお姿を拝見できるなんて稀なことだもの、ユリアも嬉しいのね)
 サルメはそんなユリアを微笑ましく思い、どこかほっとした面持ちで彼を見つめた。
「サルメ~、ちょっと見すぎじゃない?」
「へ!?  へへへ変なこと言わないでよっ」
 サラがサルメをからかうように小突くとサルメは顔を真っ赤にし、今にも泣きそうな顔をしてサラに反撃した。
 彼女はまだ自覚こそしてはいないが、ユリアに淡い恋心を抱き始めていたのだ。
 そんな彼女達をジョアンナは生温かい目で見つめた。
(あらあらあら、サルメはうちの坊やが好きなのね。でも残念、ユリアはもう囚われの身――)
 ジョアンナは、息子が恋する瞳で見つめる視線の先に目を向ける。
 そこには純白のシルク生地に金の刺繍を施した衣装とショートベールを纏ったシェルミーユが佇んでいた。
 物見台の上にいるシェルミーユを、下にいる国民達が間近に見ることは出来ないが、その美しさは神々しささえ感じさせる。
(……恐ろしい御方……)
 ジョアンナは眩しげにシェルミーユから目をそらした。

「――彼方におわす御方おかた様は――……まさか」
 民衆がざわめく中、誰ともなく呟きが聞こえる。
「王妃様――」
「王……妃様?」
「王妃様!」
 その呟きはすぐに大きな歓声となり、国民の興奮度は一気に駆け上がっていく。
 無理もない、王妃が公務に参加するのは今回が初めてなのだ。

「うそっ! 本物!?」
 サラが目を細めた。今まで王宮に閉じ籠っていた王妃なだけに、にわかには信じがたいのだ。
「本物だよ……」
 ユリアはシェルミーユから目をそらさずに言った。
「ユリア?」
 サルメが訝しげにユリアを呼ぶ。
「あの神々しさは本物だ――」
 ユリアは瞳を一際輝かせてそう言った。
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