王様と籠の鳥

長澤直流

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第6章

選択の儀~第1世代~6

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 選択の儀の幕が開け、次々と崖下へと消えていく子供達を前にしてシェルミーユはかつての自分の姿を重ねていた。
 未だ見ぬ未来に希望を抱き、瞳を輝かせ迎えたあの日、シェルミーユは自由というものが強者にしか許されないものだということを実感させられた。
 そしてその資格が自分にはなかったのだと無慈悲な現実を叩きつけられてしまった。
 あの日、試練を妨害してきた男から受けた屈辱も、大の大人の首を一撃で蹴り飛ばしたライアナへの憧れも、儀式後に目覚めた時に受けた絶望も、すべてを鮮明に覚えているのに……今のシェルミーユにはすべてが遠い昔のことのように感じられた。

(いや、何を今更……。すでに遠い昔の話だ……)

 シェルミーユは少し寂しそうに自嘲して微笑んだ。
 あの頃は特に、ライアナからの求愛をシェルミーユは蔑みとしてしか感じ得なかった。今でこそライアナに対して幾分かは寛容になったものの、それでも彼の思いを受け入れることに多少の躊躇いがあるのは否めない。

「仕方がないだろう? 私は男でライアナも男なのだから――」

 シェルミーユは誰に言うでもなく、自分自身に言い訳をし、赦しを求めた。
 シェルミーユがライアナを見るとライアナは伺うように微笑んだ。
「どうした?」
 シェルミーユは眩しそうに目を細めてライアナを見た。
(誰もが敵わない力と権力と……、強く逞しく見目麗しく……ほんとお前は――)

「――いい男だな……」

 思わずこぼれてしまった本音にシェルミーユは口を押さえ、ライアナから目を逸らした。
(私は何を――)
 おずおずと視線をライアナに再び向けると、彼は目を見開き微動だにしていなかった。
 いたたまれなくなったシェルミーユは顔を伏せる。桃色に色付いた頬はベールで隠れていたが、耳まで染まってしまっては隠しきれるものではなかった。


「いい男……」


 不意にライアナの声がしてシェルミーユが視線を上げると、ライアナと目が合った。
 ライアナは至って真面目な顔をしてシェルミーユに言った。
「お前にとって俺はいい男か……?」
 シェルミーユは言葉に詰まってしまった。沈黙するシェルミーユにライアナの表情が険しくなってゆく。
「……誰か他に――」
「お前はいい男だ!……私に執着することを除けばだが……」
 ライアナがあらぬ疑いをかけて、国民に殺気を飛ばしかけたところでシェルミーユが恥ずかしそうにそう言うと、ライアナは破顔してシェルミーユを抱き寄せた。
「俺がお前に執着してしまうのは仕方がないことだ。許してくれ、この上無いほどお前を愛しているのだから………………ああ、そうか、そうなのか、お前にとって俺はいい男か――っ」
 ライアナは心底嬉しそうにそう言ってシェルミーユの首筋に何度も口付けを落とした。
「……ちょっとライアナ、やめっんぐっ」
 その口付けはとうとうシェルミーユの唇を塞ぎ、回を重ねるごとに深くなってゆく。
「っんあっ、ちょっとまっ――」
 次の瞬間、シェルミーユはライアナに押し倒されてしまった。公務の最中にまさかの事態でシェルミーユは唖然と呆け一瞬思考が止まる。
「ライ……アナ?」
「……」
 ライアナの瞳は色を含み潤んでいる。シェルミーユは真っ白になってしまった思考の中、息をのんだ。
「ラ、ライア――」
「少しくらいなら――」
 ライアナの手がシェルミーユのドレスの中へと入ってくる。どうやら理性を失いかけているようだ。
(――まずい、まずい、まずい、こんなところで!)
 ライアナが一旦理性を失ってしまえば少しで済むはずが無いことは目に見えている。
 ここは王宮の外、物見台の上にはライアナとシェルミーユだけだが、物見台の下には国民が――、ましてや中間地点にはジョルジュや、親衛隊が待機している。むろん押し倒された状態では物見台の上の現状を下にいる者達がすべてを認識することなど出来はしないが、声が漏れ聞こえてしまう可能性が高い。
 獣化しそうなライアナに内心どぎまぎしながらも、シェルミーユは冷静さを装って抵抗の声をあげた。
「やめろっ、こんなところですることではない!」
「っ――しかしだなっ」
 シェルミーユのことで一度崩れかかった理性を立て直すことはライアナでも正直つらい。
 ライアナは苦笑した。
(誤算だった……)
 露出控え目の衣装はシェルミーユの素肌を曝すことはほとんどないが、ほんの少しの衣服の乱れから垣間見えるそれがかえって劣情をそそる。
 ライアナが切羽詰まった面持ちで唸ると、シェルミーユは冷静さをかなぐり捨てて小さく悲鳴のように叫んだ。
「わっ――、私の声を他人に聞かれても良いのか?」
「!?」
 瞬時ライアナの動きが止まる。
「私は――っ、声を抑える自信がないっ」
 シェルミーユのその発言は言わばライアナとの行為が声を押さえられないほどいいと言っていることと同義なのだが、今のシェルミーユにはそんなことを考えられる余裕などなかった。シェルミーユが真っ赤になって涙目でそう訴えると、ライアナはシェルミーユをきつく抱き締めた。
「……――それは絶対に嫌だっ」
 シェルミーユの喘ぎ声は王宮の門番達には否応なく聞かれてしまってはいるが、それが不特定多数となると話は別だ。
「お前の声を直に聞けるのは俺だけでいい」
 ライアナはそう言ってシェルミーユの首筋を舐めた。
「んっ」
 シェルミーユが誰にも聞かれまいと小さく声をあげる姿のなんと艶かしいことか――、ライアナは喉をならしながらも、苦しそうになけなしの理性を保たせた。
「王宮に戻ったら……――」
 シェルミーユが小さく頷くとライアナは大きく息を吐いて、勢いよくシェルミーユの上から退き、シェルミーユの衣装を整え、手を差し出す。
 シェルミーユがその手をとって立ち上がると彼はシェルミーユを優しく抱き締め、顔をシェルミーユの首筋に埋めた。
「ライアナ?」
「……これくらいはいいだろ?」
「……」

 ややあってライアナは用意された座席まで移動し、シェルミーユを膝に抱き抱えるようにして腰掛けた。

「今日は式典が終るまでこの体勢で――」
「…………すまん」

 シェルミーユは己の臀部にあたるライアナの熱く猛る凶器に恐れ戦きながらもそう小さく呟くしかなかった。
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