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第6章
選択の儀~第1世代~7【相異1】
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立ちはだかる男児達を避けるようにしてユリアは崖を登ろうと試みるが、複数名の男児達はユリアと並行して動き、その態勢を崩そうとしない。
ユリアは苛立つ思いを押さえながら男児達に声を掛けた。
「そこを退いてくれるかな?」
「……」
「邪魔なんだけど……」
「……」
男児達はユリアの進行方向を塞ぐだけで敵意を露にしない、その行動はユリアにとって不気味以外の何物でもなかった。
(何が目的? 何で僕を邪魔するんだろう……攻撃してくるわけでもないし……いったい何がしたいんだ?)
ユリアは大きな溜め息を吐いた。
(……早く登りたいのに…………っ)
ユリアの苛立ちはふつふつと沸き始めていた。
ユリアが不気味な男児達と対峙している中、サラとサルメは崖の中腹まで登り、崖下の様子を見ていた。
「おお、やってるやってる。あんなんでも足止めにはなるものね」
男児達はサラを支持する同世代の集まりだった。
サラは強く美しく、明るい気質で一部の同世代に絶大な人気を博す。そんなサラを慕う彼らは彼女のためなら死ぬことすら恐れない狂信者でもあった。しかし正直なところ、彼らはサラにとって取るに足らない存在だった。故にそんな彼らをサラはユリアを足留めするための捨て駒として利用することにしたのだ。
まずまずの事の成り行きに口端を上げるサラに、サルメは少し不満気な顔をした。
「……」
「何よ、後で登ってくるんだからいいじゃない」
「ユリアはたぶん……王候補になりたいのよ」
「はあ?」
「だからっ――、…………王候補になるには、この試練を1位で通過しなくちゃ……でしょ?」
「……」
クリムゾン王国では実際のところ、その力さえ証明できれば、王候補になる必要はない。ただ、王候補になれば必然と力を発揮せざる得ない状況へと送り込まれるため、活躍の機会も増える、つまりは実戦が訓練となるのだ。むろん危険な死地に向かうのだからいくら王候補とはいえ実力や戦運が見合わなければ運悪く死に至ることも少なくはない。運も実力も全てを味方につけた者だけが生き延びられ、さらなる高みへと成長を成し遂げることが出来るのだ。そしていつのまにか必然と経験値が上がる王候補と、ただの戦士の間には埋めようのない差が生じてゆくのである。
「……だから、だからね――」
「だからよ」
「え?」
「ユリアが1位通過したら……王候補になったらあいつはあんたのものにはならないわよ。あいつにはすでに心に決めた人がいるのだから、あんたには見向きもしない」
「そんなこと――」
「人の気持ちなんてそうそう変わるもんじゃないわ。まして他人の気持ちなんて、何も行動せずに変わるのを待ってたら死んじゃうわよ」
サルメは反論の言葉を探したが、言葉が見つからなかった。
サラの言っていることは間違っていない。この国では結果が尊重される。もちろん純粋な強さが最も尊ばれるがその過程が如何様でも勝者は勝者、それが全てだ。
「でもっ、でもこんなの嫌なの! ユリアを邪魔して手に入れても嬉しくない!」
サルメはかつてのユリアに感化されていた。
サラはそれが気にくわなかった。
「じゃあどうしたいのよ!あんたが嫌なのは、ユリアに嫌われたくないからでしょ!」
サラは綺麗事を言うサルメに苛立ちを露にした。
「あんたの好きなユリアの綺麗事を通そうとする今のあんたじゃ、あんたがユリアに勝てるかわからないから安全策を実行してるの!私最初に聞いたよね? 誰を敵に回してもユリアが欲しいかって!」
それは無論、ユリアも含まれている。
サルメは目を見開き言葉を失った。
黙ってしまったサルメにサラはちょっときつく言い過ぎたと後悔した。
しかしサラもまだ5歳の子供、素直になれなかった彼女はサルメから目を逸らした。
「さぁ、登ろう。そろそろ足止めも限界だろうから……」
サラの目的はユリアの1位通過阻止だけだ、彼がこの試練を乗りきること自体は問題ではない。このまま何事も無く自分達がユリアより先に試練を乗り切れば――、最悪何かの手違いがあってユリアに先を越されたとしても自分達が試練を乗り切りさえすれば彼女の目的は達成される。
サラがサルメと目を合わせぬまま再び崖を登ろうと崖壁に掛ける指先に力を入れたその時、サラの耳は小さな声を拾った。
「……ユリアは……王候補になれない」
それは小さな風の音にさえ掻き消されそうなほど弱々しいものだったが、サラが聞き間違えることのけしてない他ならぬサルメの声だった。
サラは嫌な予感がしてサルメの方を見た。
そしてすぐさま、サラはサルメから目を逸らしていたことを後悔した。
サルメは酷く血の気の引いた白い顔をしていた。崖壁を掴む手は少しだけ震えていて、どう見てもサルメの状態は尋常ではなかった。
「私のせい……で……」
「サ、サルメ……?」
「サラ…………私――」
「今更後戻りなんて出来ないわ。わかるでしょ? 大丈夫、ユリアにばれなきゃいいんだから!すべてうまくいくわよ!だから――」
予測しなかった事態に不安を感じてサラはサルメを説得にかかるが、彼女は頭を振るばかりだった。
サラがサルメの名を呼ぶと、彼女は泣きそうな顔をして言った。
「ごめん、出来ない――」
次の瞬間サルメは崖壁から手を離し崖下へと飛び降りていった。
サラはサルメの行動が理解できず、一瞬頭が真っ白になってしまう。
不測の事態、早急に対応しなければならないというのに、サラの頭はフリーズしてしまって全くといっていいほど機能しない。
「――っ」
焦りだけが募る中、サラはユリアに駆け寄ろうとするサルメの姿をただ目で追うことしか出来なかった。
ユリアは苛立つ思いを押さえながら男児達に声を掛けた。
「そこを退いてくれるかな?」
「……」
「邪魔なんだけど……」
「……」
男児達はユリアの進行方向を塞ぐだけで敵意を露にしない、その行動はユリアにとって不気味以外の何物でもなかった。
(何が目的? 何で僕を邪魔するんだろう……攻撃してくるわけでもないし……いったい何がしたいんだ?)
ユリアは大きな溜め息を吐いた。
(……早く登りたいのに…………っ)
ユリアの苛立ちはふつふつと沸き始めていた。
ユリアが不気味な男児達と対峙している中、サラとサルメは崖の中腹まで登り、崖下の様子を見ていた。
「おお、やってるやってる。あんなんでも足止めにはなるものね」
男児達はサラを支持する同世代の集まりだった。
サラは強く美しく、明るい気質で一部の同世代に絶大な人気を博す。そんなサラを慕う彼らは彼女のためなら死ぬことすら恐れない狂信者でもあった。しかし正直なところ、彼らはサラにとって取るに足らない存在だった。故にそんな彼らをサラはユリアを足留めするための捨て駒として利用することにしたのだ。
まずまずの事の成り行きに口端を上げるサラに、サルメは少し不満気な顔をした。
「……」
「何よ、後で登ってくるんだからいいじゃない」
「ユリアはたぶん……王候補になりたいのよ」
「はあ?」
「だからっ――、…………王候補になるには、この試練を1位で通過しなくちゃ……でしょ?」
「……」
クリムゾン王国では実際のところ、その力さえ証明できれば、王候補になる必要はない。ただ、王候補になれば必然と力を発揮せざる得ない状況へと送り込まれるため、活躍の機会も増える、つまりは実戦が訓練となるのだ。むろん危険な死地に向かうのだからいくら王候補とはいえ実力や戦運が見合わなければ運悪く死に至ることも少なくはない。運も実力も全てを味方につけた者だけが生き延びられ、さらなる高みへと成長を成し遂げることが出来るのだ。そしていつのまにか必然と経験値が上がる王候補と、ただの戦士の間には埋めようのない差が生じてゆくのである。
「……だから、だからね――」
「だからよ」
「え?」
「ユリアが1位通過したら……王候補になったらあいつはあんたのものにはならないわよ。あいつにはすでに心に決めた人がいるのだから、あんたには見向きもしない」
「そんなこと――」
「人の気持ちなんてそうそう変わるもんじゃないわ。まして他人の気持ちなんて、何も行動せずに変わるのを待ってたら死んじゃうわよ」
サルメは反論の言葉を探したが、言葉が見つからなかった。
サラの言っていることは間違っていない。この国では結果が尊重される。もちろん純粋な強さが最も尊ばれるがその過程が如何様でも勝者は勝者、それが全てだ。
「でもっ、でもこんなの嫌なの! ユリアを邪魔して手に入れても嬉しくない!」
サルメはかつてのユリアに感化されていた。
サラはそれが気にくわなかった。
「じゃあどうしたいのよ!あんたが嫌なのは、ユリアに嫌われたくないからでしょ!」
サラは綺麗事を言うサルメに苛立ちを露にした。
「あんたの好きなユリアの綺麗事を通そうとする今のあんたじゃ、あんたがユリアに勝てるかわからないから安全策を実行してるの!私最初に聞いたよね? 誰を敵に回してもユリアが欲しいかって!」
それは無論、ユリアも含まれている。
サルメは目を見開き言葉を失った。
黙ってしまったサルメにサラはちょっときつく言い過ぎたと後悔した。
しかしサラもまだ5歳の子供、素直になれなかった彼女はサルメから目を逸らした。
「さぁ、登ろう。そろそろ足止めも限界だろうから……」
サラの目的はユリアの1位通過阻止だけだ、彼がこの試練を乗りきること自体は問題ではない。このまま何事も無く自分達がユリアより先に試練を乗り切れば――、最悪何かの手違いがあってユリアに先を越されたとしても自分達が試練を乗り切りさえすれば彼女の目的は達成される。
サラがサルメと目を合わせぬまま再び崖を登ろうと崖壁に掛ける指先に力を入れたその時、サラの耳は小さな声を拾った。
「……ユリアは……王候補になれない」
それは小さな風の音にさえ掻き消されそうなほど弱々しいものだったが、サラが聞き間違えることのけしてない他ならぬサルメの声だった。
サラは嫌な予感がしてサルメの方を見た。
そしてすぐさま、サラはサルメから目を逸らしていたことを後悔した。
サルメは酷く血の気の引いた白い顔をしていた。崖壁を掴む手は少しだけ震えていて、どう見てもサルメの状態は尋常ではなかった。
「私のせい……で……」
「サ、サルメ……?」
「サラ…………私――」
「今更後戻りなんて出来ないわ。わかるでしょ? 大丈夫、ユリアにばれなきゃいいんだから!すべてうまくいくわよ!だから――」
予測しなかった事態に不安を感じてサラはサルメを説得にかかるが、彼女は頭を振るばかりだった。
サラがサルメの名を呼ぶと、彼女は泣きそうな顔をして言った。
「ごめん、出来ない――」
次の瞬間サルメは崖壁から手を離し崖下へと飛び降りていった。
サラはサルメの行動が理解できず、一瞬頭が真っ白になってしまう。
不測の事態、早急に対応しなければならないというのに、サラの頭はフリーズしてしまって全くといっていいほど機能しない。
「――っ」
焦りだけが募る中、サラはユリアに駆け寄ろうとするサルメの姿をただ目で追うことしか出来なかった。
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