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◆零
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山と谷に囲まれた小国、豊稔では夜も更ける中、男達がひっそりと火鉢を囲み、深刻な顔をして、只々静かに燃ゆる炭を見つめていた。
「件のことでございますが――」
「美慶は了承しておらん」
「しかし、我が国では美慶様に行っていただく他無く――」
「だがしかし……当人が嫌そうな顔をするのじゃ」
「そんな……、殿は美慶様とこの国を天秤におかけになられるか!?」
家老の一人がそう声を荒げると、その場の空気が一瞬にして凍り付いた。
「口が過ぎるぞ、谷垣」
そう言って嗜めたのは筆頭家老の長谷川だ。
暫し重たい沈黙が流れる。
「美慶は儂の大切な……大切な子じゃ」
初老の男がポツリポツリと口を開く。
「儂の大切な……」
家老達は皆沈黙を続ける。
そんな中、やはりこの男、谷垣が静寂を破った。
「だからこその人質ではございませぬか! どうでもいい相手など無意味でごさいましょう?」
「しかし、美慶は――」
「御前様がお気に召されなければ、こちらの非無く追い返されましょうし……」
「暫しのお別れではございまするが、極が落ち着けばいずれ役目を終えられ無事帰ってきましょうぞ」
家老一同、確かにその通りだと安堵を装い息を吐く。
だが、初老の男は縦に首を振ろうとはしない。
「気に入られてしまったらどうする?」
皆の視線が初老の男一人に集中する。
「お気に召されてしまったら如何するというのだ。それによって無体にあい御前様の不況を買ってしまった場合、美慶の身の保証は無いのだぞっ」
家老達は押し黙った。
「確かに美慶様のあの魅力は……単なる人質では済まされまい」
「その場合、悪くすれば我らは御前様を惑わしたと御家取り潰しとなることもけして世迷い言ではござらぬのではないか」
家老の誰もが息を呑んだ。
「では、如何なさると――」
初老の男が重い口を開いた。
「……早菜を出そう」
「なっ――姫様を!?」
「極からのお達しは人質、もしくは御前様の奥方候補の差し出しだったはず、何の問題もなかろう」
「早まりますな!畏れながら姫様には荷が重うございます!」
「じゃが姫は姫、れっきとした儂の娘じゃ」
「荒れますぞっ」
長谷川が静かにそう告げると初老の男は一拍の沈黙の後、鼻で笑って言った。
「今に始まったことではなかろう」
家老の誰もが口を閉ざした。
「誠によろしいのですか?」
長谷川が初老の男にそう確認すると初老の男は目を逸らすことなく言葉を返した。
「構わぬ、ただし人質としてでは無く奥方候補として送り出してやれ。あの子の場合、一旦人質になれば恐らく……生きては帰られぬじゃろう。……じゃが奥方候補ならば、見初められなかった場合、ぼろを出す前に帰ってこられるだろうて」
初老の男は目を細め、実子の早菜姫と義子の美慶の幼少時代を思い出した。
二人はちょうど同じぐらいの年頃だった。
一方は玉のように丸く、ハリの有る肌をし、上質なおべべを纏った子供。その瞳には希望と輝きしか映っておらず欲しいものを欲しいと言える我が娘。
もう一方は全てを諦め、ガリガリに痩せた体で汚れた布切れを纏い、そう遠くない死を待つ子供。宗近の行動に対する戸惑いと不安、そして一縷の希望を期待する瞳をこちらに向けながらも、何も物を言えぬ憐れな拾い子。
最初はただの気まぐれだったかもしれない。若くして妻を亡くし、酒に明け暮れていた頃、城下町を訪れた際、何故か目が離せなくなって攫うように連れ帰って来てしまった道端の名も無き孤児……それがこの初老の男の最愛の養い子となったのは何年前のことだろうか。
「儂はあの子がかわいい、かわいくてかわいくて仕方が無いのじゃ………………血を分けた娘よりな」
出来れば自分がこの世を旅立つ時には共に……とまでは言わぬが、己の最後を看取って欲しいと願うほどに初老の男こと豊稔国蒼城城主、坂口宗近は美慶に入れ込んでいた。
かくして夜会合の末、早菜姫が奥方候補として極国へと赴くことになった。
「件のことでございますが――」
「美慶は了承しておらん」
「しかし、我が国では美慶様に行っていただく他無く――」
「だがしかし……当人が嫌そうな顔をするのじゃ」
「そんな……、殿は美慶様とこの国を天秤におかけになられるか!?」
家老の一人がそう声を荒げると、その場の空気が一瞬にして凍り付いた。
「口が過ぎるぞ、谷垣」
そう言って嗜めたのは筆頭家老の長谷川だ。
暫し重たい沈黙が流れる。
「美慶は儂の大切な……大切な子じゃ」
初老の男がポツリポツリと口を開く。
「儂の大切な……」
家老達は皆沈黙を続ける。
そんな中、やはりこの男、谷垣が静寂を破った。
「だからこその人質ではございませぬか! どうでもいい相手など無意味でごさいましょう?」
「しかし、美慶は――」
「御前様がお気に召されなければ、こちらの非無く追い返されましょうし……」
「暫しのお別れではございまするが、極が落ち着けばいずれ役目を終えられ無事帰ってきましょうぞ」
家老一同、確かにその通りだと安堵を装い息を吐く。
だが、初老の男は縦に首を振ろうとはしない。
「気に入られてしまったらどうする?」
皆の視線が初老の男一人に集中する。
「お気に召されてしまったら如何するというのだ。それによって無体にあい御前様の不況を買ってしまった場合、美慶の身の保証は無いのだぞっ」
家老達は押し黙った。
「確かに美慶様のあの魅力は……単なる人質では済まされまい」
「その場合、悪くすれば我らは御前様を惑わしたと御家取り潰しとなることもけして世迷い言ではござらぬのではないか」
家老の誰もが息を呑んだ。
「では、如何なさると――」
初老の男が重い口を開いた。
「……早菜を出そう」
「なっ――姫様を!?」
「極からのお達しは人質、もしくは御前様の奥方候補の差し出しだったはず、何の問題もなかろう」
「早まりますな!畏れながら姫様には荷が重うございます!」
「じゃが姫は姫、れっきとした儂の娘じゃ」
「荒れますぞっ」
長谷川が静かにそう告げると初老の男は一拍の沈黙の後、鼻で笑って言った。
「今に始まったことではなかろう」
家老の誰もが口を閉ざした。
「誠によろしいのですか?」
長谷川が初老の男にそう確認すると初老の男は目を逸らすことなく言葉を返した。
「構わぬ、ただし人質としてでは無く奥方候補として送り出してやれ。あの子の場合、一旦人質になれば恐らく……生きては帰られぬじゃろう。……じゃが奥方候補ならば、見初められなかった場合、ぼろを出す前に帰ってこられるだろうて」
初老の男は目を細め、実子の早菜姫と義子の美慶の幼少時代を思い出した。
二人はちょうど同じぐらいの年頃だった。
一方は玉のように丸く、ハリの有る肌をし、上質なおべべを纏った子供。その瞳には希望と輝きしか映っておらず欲しいものを欲しいと言える我が娘。
もう一方は全てを諦め、ガリガリに痩せた体で汚れた布切れを纏い、そう遠くない死を待つ子供。宗近の行動に対する戸惑いと不安、そして一縷の希望を期待する瞳をこちらに向けながらも、何も物を言えぬ憐れな拾い子。
最初はただの気まぐれだったかもしれない。若くして妻を亡くし、酒に明け暮れていた頃、城下町を訪れた際、何故か目が離せなくなって攫うように連れ帰って来てしまった道端の名も無き孤児……それがこの初老の男の最愛の養い子となったのは何年前のことだろうか。
「儂はあの子がかわいい、かわいくてかわいくて仕方が無いのじゃ………………血を分けた娘よりな」
出来れば自分がこの世を旅立つ時には共に……とまでは言わぬが、己の最後を看取って欲しいと願うほどに初老の男こと豊稔国蒼城城主、坂口宗近は美慶に入れ込んでいた。
かくして夜会合の末、早菜姫が奥方候補として極国へと赴くことになった。
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