縁は縁でも腐ってる

長澤直流

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◆貳拾参

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 美慶が豊稔の早菜姫として総満の許に正室として籍を入れ、5年の月日が経った。
 美慶の周辺の世話を任された小姓達は全ての事情を知った上でその口を堅く閉ざし、適度な距離を保ちつつも、甲斐甲斐しく早菜姫、もとい美慶の不自由がないように世話を焼く日々に奔走していた。


 春うらら、せっかちなうぐいすさえずる中、美慶は着崩れた着流し姿で木の上に身を隠していた。
「――」
 気配を消すように息を潜め、目下の男を薄目を開けて見る。目下の男こと、総満はゆっくりと美慶の部屋の障子を引きながら既に部屋を離れている美慶に声を掛けた。
「美慶、起き――っ、彼奴また! 何処に隠れやがった!?」
 総満の声には苛立ちが聞いて取れたが美慶は素直に出て行く気は無かった。頻繁に部屋に赴く総満に美慶が肩透かしを食らわすことは今となってはそう珍しい事では無い。総満付の小姓が美慶の不在に恐々としながら彼の後を追う。
「ご、御前様。謁見のお時間が迫っておりますれば――」
「ああ?」
「ひぃっ!」
 総満が不機嫌にそう返すと睨まれた小姓は悲鳴を上げて尻餅をついてしまった。
 その情けなさに総満はさらに顔を歪めた。
「っチッ! 美慶! 後で覚えていろよ! 逃げる気も失せるくらい足腰立たなくしてやるからな!」
 奥にある美慶の部屋に続く渡り廊下の扉には常に外鍵が掛けられており、塀の外には見張りが配置されているため、美慶は与えられた敷地から出ることが出来ない。故に何処か声の聞こえている範囲で隠れていることはわかっているため、総満は声を張り上げて言った。
「――――っ」
 不満げに足音を立てながら総満が踵を返すと、腰を抜かした小姓は這いずりながらもその後についていった。
「――――――――ッハァ!」
 総満の足音が聞こえなくなって美慶はようやく息を吹き出した。
「ハァハァハァハァっ…………ふうっ」
 全身の力を抜き木の幹に体を預けると、どっと疲れが押し寄せてくるのがわかった。
(やっと諦めよった! 本にしつこい!)
 飽かれること無く総満の寵を一身に受け続け、美慶はほっそりとした線の麗しい男になっていた。
(朝から晩までネチネチズコバコと――! いい加減擦り切れる! 死ぬ! 体力バカも大概にしろ! 暫く顔も見とうない――!)
 実際、明け方まで総満の相手をしていた美慶の菊花は日々の慣れも有り、初めの頃のように切れることはそうそう無くなったものの、いまだ痺れを残している。
 早朝に総満が勤めで閨を離れた事をいいことに、惰眠をむさぼっていた美慶は、ふと虫の知らせを感じて痛む体に鞭打って木の上にすぐさま身を隠した。
 すると間もなくして、総満が美慶の部屋へと戻ってきたのだ。
 あのままふて寝していたら羽交い締めにあい、ろくな抵抗も出来ずに夕餉までドロドロの長期戦になっていただろう。
(眠い……)
 美慶は慢性的な寝不足だった。
(このまま少し寝てしまおうか……)
 そう思い至ったとき、美慶の部屋の前に宇木が現れ、部屋に向かって何やら囁いた。耳を傾けると、どうやら遅めの朝餉を用意してくれたようだ。
 美慶の体を労ってか、体に優しい雑炊の香りが食欲をそそり、思わず腹が鳴る。
 音の鳴った方に目を向けた宇木は木の幹に体を預ける美慶を見て赤面すると、すぐさま顔を背けた。同性といえど正常な男には美慶の気怠げなその色香は毒なまでに香りそそられる。
「そちらにいらっしゃいましたか。今ならまだ御前様も戻られますまい。ささ、お熱い内に――」
「……」
 美慶はもぞもぞと木から下りると着物を整えて部屋へと上がった。
「御前様は今日もまた体力が有り余っておられるようだが……元からでありましょうか?」
「あぁ……いえ。もともと元気な方ではありますが、閨事に関しましては判りかねます――」
「私は訳あって嫁いだ身故、ある程度は覚悟しておりましたが……こう毎日毎日……日に何度もとなりますと体が持ちませぬ」
 そう言って腰元でゆるく結われた髪を揺らす美慶に、宇木は五年の月日を感じていた。
 美慶の肩ほどの長さまでしかなかった髪は、既に鬘を必要としないほどには伸びていた。
「このままでは、私は床から抜けられぬ廃人になりましょうぞ。何とかなりませぬか」
 美慶は宇木にそう言って笑って見せた。しかし、決して本心では笑っていないことは明白だった。
(……目が笑っておらぬっ)
 宇木は冷や汗を流しながら言葉を探してはみたものの、むしろそうなった方が総満には都合が良いのでは無いか……と、一瞬頭によぎらせたが、そのことを美慶に告げることなど出来るはずもなく――――
「………………今暫くご辛抱くださいませ」
 宇木はそう言って、雑炊を忌々しげに口へと掻き込む美慶を宥めるほかなかった。
 美慶はご馳走様でしたと手を合わせ、羽織をその身に纏わせると、何の躊躇いもなく小さな押し入れへとその身を潜ませ戸を閉め、寝息も控えめに丸くなって眠りについた。
 人が寝に入るとは到底思えない場所だ。
 その手慣れた姿に宇木は頭を下げ、お膳を下げた。

 空になったお膳を台所へと運んでいると、一人の小姓が宇木に話しかけてきた。
「奥方様は朝餉をお召し上がりになられたのですね」
「ああ、先程消化の良いものを――」
 完食された雑炊の器を見て小姓はほっと胸をなで下ろした。
「……ありがとうございます。あの、奥方様は今どちらに?」
「……お休みになられておられる。御前様は今どちらに?」
 そう問うと小姓は顔色を悪くし、申し訳なさそうに言った。
「早々にお勤めを終えられ、再び奥方様のお部屋へと……向かわれました」
「――――それは……それは…………」
 宇木は苦笑いするしかなかった。
 美慶が総満の奥に落ち着いてから、宇木の地位は格段と上がり、既に安定している。本来、奥に朝餉を運ぶなどしなくてもいい立場なのだ。だが、たまにひっそりと美慶の居る方角に手を合わせてしまうほどに彼には負い目を感じていた。
 間をおかず、美慶の部屋の方角から何か扉がひしゃげたような音が聞こえてきたが、彼等にはどうすることも出来ない。下手に止めに入ると自身の命が危ういのだ。
「そういえば、以前も似たような破壊音を聞いた覚えが――」
「宇木様、それは御前様が奥方様の部屋の襖を全部蹴破りになられた時のものでしょうか? それとも奥方様の動きを封じるために御前様が家宝の槍をへし折って奥方様のお召し物ごと畳に穴をおあけになられた時のものでございましょうか? それとも御前様が――……」
「……」
 美慶の部屋の周りで破壊音がするのはそう珍しい事では無い。遠い目をして淡々と宇木に問い続ける小姓に、宇木は一生美慶の部屋の方角に足を向けて寝ることなど出来そうにないと思わずにはいられなかった。
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