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24 ただ助けたい
しおりを挟むふっと、通りをこちらに向かって歩いてくる男に目が行く。
男はひどく酔っぱらっているようで、右にふらふら左にふらふらと真っすぐに歩くことすらままならない様子だった。
昼間から泥酔かあと思いつつも、こちらには護衛がいるので絡まれることを恐れる必要はない。
まあそういう人もいるよねと視線をそらそうとしたその時。
足がもつれたように男が転び――道の端をゆっくりと歩いていた衛兵が乗った馬の腹に思い切りぶつかった。
響き渡る、馬のいななき。
振り上がる前脚。
振り落とされる衛兵。
そして興奮した様子でこちらに走ってくる馬。
すべてがスローモーションに見える。
馬って走るのが本当に速いんだなと、場違いなことを思った。気づけば、馬はすぐ目の前に。
轢かれる――そう思って目をつむった瞬間、強い力で引っ張られた。
何が起きたかわからず、目を開ける。
「ご無事ですか。お怪我は?」
私を抱えている護衛の聖騎士が言う。
おそらく、彼がとっさに私を引っ張ってくれたんだろう。
「私は大丈夫……」
そこでふと気づく。
傍にいた護衛は彼一人。彼は私だけを抱えている。
じゃあ……メイ、は?
慌てて彼の腕を抜け出し、周囲を見回す。
目に飛び込んできたのは、少し離れた場所に倒れている、メイ。
「メイ……!」
彼女に駆け寄って傍にしゃがみ込む。
私の呼びかけに、彼女がうっすらと目を開いた。
「メイ、しっかりして!」
「せい……さま、ご無事で、よかっ……」
ひどく苦しそうに呼吸していて、顔色が真っ青。
これは、なに。
何が起きているの。
「しゃべってはだめ、今お医者様を……!」
誰かが隣に来て膝をつく。
鮮やかな赤い髪に灰色の瞳の、フードを被った男。ヴィンセントだった。
メイの呼吸に雑音が混じる。
ひどく苦しそう、どうしよう、どうしたら。
ヴィンセントは無言でメイの首やお腹に触れ、彼女の胸に耳を当てる。
そして小さく舌打ちした。
「女二人ぐらい同時に助けられるだろ。何やってんだ」
「申し訳ありません」
ヴィンセントと護衛の聖騎士の会話が、どこか遠くに感じる。
そんなことより、メイを助けなきゃ……!
「ヴィンセント卿、お願い、医師の手配を……!」
「……。申し訳ありません。医者を呼んでもどうにもなりません」
「……えっ?」
頭の中が真っ白になる。
今、この男はなんて言ったの?
「ひとまず人目を避けるため、彼女を運びましょう」
ひどく冷静にメイを見下ろしながら、ヴィンセントが言う。
たしかに、周囲にざわざわと人が集まってきた。
彼が合図すると別の聖騎士が二人来て、布で作られた担架にメイを乗せた。
ああいうの持ち歩いてるんだ、とやけに冷静に思った。
訳も分からないまま彼らについていき、気づいた時にはメイは宿屋らしき場所のベッドに横たわっていた。
部屋には私とメイとヴィンセントだけ。
なにが。何が起きているの。
これは現実なの?
メイの顔色が……さっきより悪い。意識がほとんどない。呼吸も……。
ねえ、嘘でしょう?
「ヴィンセント卿。医師は」
「先ほども申し上げましたが、医者では彼女を助けることはできません。その状態では残念ながら……長くはないです」
全身の血が、凍るような感覚。
ヴィンセントが私を嫌っているのだとしても、きっとその言葉に嘘はない。
ここには救急車なんてなくて、緊急手術を行える医者もいないから。
メイは素人目に見ても危険な状態なのがわかる。肺なのかわからないけど、たぶん……内臓を損傷していて……。
メイが苦しそうに咳き込むと、赤い血が口からあふれた。
濃くなっていく、死の気配。
「メイ……メイ……っ!」
呼びかけても、もうほとんど反応しない。
ヴィンセントの視線を感じる。
こう言いたいのだろう。医者では彼女を助けられない。でも聖女の癒しの術なら治せると。
本当に聖女なら治せるはずだろう、と。
腹が立つ。
こんな状況で私を疑うヴィンセントにも。偽聖女に過ぎない、無力な自分にも。
おそらく私には神聖魔法の中でも上位だという治癒を使えるほどの力はない。
本物のオリヴィアなら、助けられたかもしれないのに。
でも。
メイはこの世界にきて初めて、なんの裏もなく笑顔を向けてくれた人。
それなのに、死にゆくのを見ているしかないの!?
そもそも私が街に誘わなければ……!
ごめんなさい。
ごめんなさい、ごめんなさい。
涙がこぼれ落ちる。
唇が紫色になってしまったメイに手をかざす。
この体のどこかに神力が残っているなら、お願い、今だけでもいいから、私に力を。
メイを治したい。
偽聖女がどうとか、疑われているとか、どうでもいい。ただ彼女に生きてほしい。
お願い、どうか……!
突然、私の手が金色の光を帯びる。
これが……神力なの?
でも、メイに変化は見られない。足りない。まだ足りない。もっと力を!
体中のエネルギーを無理やり集めているような感覚。体がひどく痛む。
ああ、でも。
たしかに感じる。
力の流れを。これが癒しの力。
治って、お願い、治って……!
メイを、まばゆい金色の光が包み込む。私の力に耐えかねたのか、髪の色を変えていた腕輪が砕け散った。
「聖女様、もういい!」
ヴィンセントが私の手首をつかむ。
かすむ目でメイを見ると、彼女の顔色が戻っているように見えた。呼吸も安定している気がする。
私……メイを助けられたのかな……?
そう思った瞬間、体から力が抜けていく。
倒れこむ私を、力強い腕が支えた。
メイが助かったのか聞きたかったけれど、私の意識はそのまま闇に沈んだ。
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