乙女ゲーの愛され聖女に憑依したはずが、めちゃくちゃ嫌われている。

星名こころ

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25 神力

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 目を開けると、そこは自室だった。

「……?」

 頭がぼんやりして、久しぶりに少し熱っぽい感じがする。
 状況が理解できない。
 どうして私、寝てるんだっけ……?

「オリヴィア!」

 私を呼ぶ声に驚いてそちらを見ると、ベッド横の椅子からルシアンが立ち上がった。
 その表情には焦りが浮かんでいる。
 こんな表情、初めて見た。

「えっと……どうして?」

 どうして私がここに寝ているのか。
 どうしてルシアンがいるのか。
 うまく言葉にできなくて幼子のような問いかけをしてしまった。

「ヴィンセントから話を聞きました」

「ヴィンセント……?」

 まだ頭がはっきりしない。
 ヴィンセントがどうしたんだっけ。

「メイドを助けるため、おそらく無理やり神力を引き出したことで倒れてしまったのでしょう。なんという無茶を……」

 その言葉に目を見開く。
 そうだ、メイが馬に跳ね飛ばされて……!

「メイ、メイはどうなりましたか!?」

 起き上がろうとしたけれど、彼に軽く肩を押さえられてまたベッドに沈む。

「心配いりません。今は眠っていますが、命は助かりました。あなたが助けたんです」

 それを聞いて、起き上がろうとするのをやめる。
 同時に、体がガタガタと震えだした。
 ――こわかった。
 メイが死んでしまうんじゃないかと、本当に怖かった。

「メイが、馬に」

「ええ、知っています。報告は受けていますから。道が整備されている王都でも、馬車や馬の事故はよくあることです」

「聖騎士が守ったのは、私だけで……」

「仕方がありません。それが彼らの役割です」

「聖騎士を責めているわけじゃないんです。自分ができもしないことを、何故できなかったんだと責めることなんてできません。ただ、メイが死んでしまうんじゃないかって。私が街に誘ったばかりに」

 喉の奥がぐっと苦しくなって、涙があふれてくる。
 こめかみを、いくつもの涙が伝った。

「初めて……なんの裏もなく優しい笑顔を向けてくれた人なんです」

 ルシアンがこくりとうなずく。

「彼女は大丈夫です。何も心配いりません」

 優しい声音に、また涙があふれる。
 ルシアンが私のこめかみをそっとぬぐった。
 彼の白い手袋に、私の涙がしみ込んでいく。
 表情も、言葉も、仕草も。なんだか今日は、ルシアンが優しい。

「メイは、罰せられたりしませんよね?」

「事故もあなたが倒れたことも彼女のせいではありませんからね。特に罰する理由はありません」

「よかった……」

 護衛の聖騎士が私だけを守ったことで、あらためて身分の怖さというものを思い知らされた。
 私を守ることが最優先されて、メイは余裕があれば助けてもらえる程度の立場。
 頭ではわかっていた。ただ、実感が伴っていなかった。

「自責の念にかられることのないよう。あなたが街に誘ったことが原因ではありません。ただ不幸な事故が起きてしまった。それだけのことです」

「……はい」

 自分を責め続けたって、慰める側の負担にしかならない。
 この苦い感情は、飲み込むしかない。

「それよりも、あなたはまずは自分の心配をしてください。双子の聖石であなたが意識を失ったことを知って、どれほど肝を冷やしたか……」

 ため息まじりに彼が言う。
 そういえば、彼は私の体調の変化を感知する聖石を身に着けていたんだった。

「私、まずい状態なんですか?」

「ただの神力の使い過ぎですから、心配いりません。体がだるくなって少し熱が出る程度でしょう。私も経験があります」

 そういえばルシアンは能力に目覚めたときに意識を失ったと言っていた。
 彼が手袋を外して、私の額に触れる。

「ああ、やはり少し熱が。別のメイドに世話をさせましょう」

 こくりと頷く。
 私の額に手を置いたまま、彼が考え込む。

「何か?」

「やはり神力が回復していますね……」

「回復、というと」

「以前と同じとまではいきませんが、かろうじて聖女と言えるレベルの神力があるということです。癒しの力が発動したのは、偶然ではなかったようです」

「もともと回復していたんでしょうか。それとも、無理やり癒しの力を使ったから……?」

「なんとも言えませんが、おそらく後者でしょうね」

「偽聖女でも、頑張れば神力まで使えるようになるものなんですね」

「……」

 ルシアンが手を離す。
 私の神力が回復すれば偽物のふりに便利だから喜ぶかと思ったのに、彼は複雑な表情をしていた。
 どうしたんだろう?

「顔色が悪いですね。もう少し休んでください。それから、まだ保有神力に対して負担が大きいので、治癒魔法はしばらく使わないようにしてください」

「わかりました」

 ルシアンが黙って私を見下ろす。
 再び、無表情に戻ってしまった。何を考えているんだろう?

「どうかしましたか? ルシアン」

「いえ……」

 珍しく歯切れが悪い。

「何か話でも? ……もしかして、悪い話ですか?」

「そういうわけではありません。ただ、もう少しはっきりしてから話しましょう」

 それについて追及する暇もなく、「では」と踵を返してルシアンが部屋から出ていってしまった。
 えっ……なにそれ、気になる。
 はっきりしてからって、何がはっきりするの?
 何か思うところがあったように見えたけど……。
 もやもやするけど、あの感じだと聞いても教えてくれないんだろうなあ。
 
 まあ……いっか。
 熱にうかされた頭では、あれこれ考える余力はない。
 今はメイが助かったことを、ただ素直に喜んでおこう。
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