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26 聖女とメイド
しおりを挟む暗い。何も見えない。体が痛い。
でも、体の痛みと傷はきっとすぐに消える。いつもそうだから。
月明かりが差し込んで、部屋がほんの少しだけ明るくなる。
鉄格子の向こうの小さな窓から、月を見上げた。
あまりに綺麗で、枯れたと思った涙が流れ落ちる。
どうしてだろう。
あなたのこと、信頼していたのに。
どうして、私をこんな目にあわせるの?
***************
――また、オリヴィアの夢。
そう思いながら、体を起こす。
今見たのは、いつ頃の出来事なんだろう。というか、内容がはっきりしない。
ただ、とても悲しく感じていたこと、そして裏切られたと思っていたことだけはわかっている。
なんだか気分が重い。
幸い熱は下がったようで、四日目にしてようやくだるさを感じずにすんなりと起き上がることができた。
時計を見ると、もうお昼近くになっていた。朝食を食べ損ねたらしい。
ひとまず食事はあとで昼食を持ってきてもらうとして、お風呂に入りたい。
メイドを呼ぶためベルを鳴らす。
入ってきたのは、メイだった。
「メイ! もう体は大丈夫なの?」
そう問うと、メイは涙目になって勢いよく頭を下げた。
「申し訳ございません……!」
驚いて、言葉に詰まる。
メイは頭を下げたまま小刻みに震えていた。
「何を謝るの?」
「私のせいで、聖女様がお倒れになったと聞きました。大変申し訳ありません!」
「……メイ、聞いて。それはあなたのせいじゃない。私にはメイの傷を治す力があって、メイに生きてほしいからその力を使った。ただそれだけのことよ」
「ですが……!」
顔を上げたメイは、いまにも泣き出さんばかりの表情だった。
「倒れたのは、目覚めたばかりで神力が安定していなかったせい。もう体調もほとんど回復しているのよ。だから申し訳ないだなんて思わないで」
私とメイは、決して対等じゃない。対等じゃないから、友達にはなれない。
だから、申し訳ないと思うな謝罪するなというのは無茶なのかもしれない。
だけど。
「ねえ、メイ。あなたは私に対して最初から何の偏見もなく接してくれたわ。ただ新人だからという理由じゃない。あなたは心の温かい人よ。そんなあなたが、私は好きなの。だから、助かって良かったと心から思うわ」
そう言うと、メイがぼろぼろと涙をこぼした。
「わ、私こそ、聖女様にお仕えできて本当に幸せなんです。以前いた神殿では、神官長様のお目に留まったのをお断りしたら、神殿内でひどく虐められるようになって……。もう、どうして私なんて生きているんだろうとまで思うようになっていたんです」
それで異動を願い出たのかな。
とんでもない生臭神官だわ。腹が立つ。
「でも、聖女様は私をちゃんと一人の人間として扱ってくださっただけでなく、優しくしてくださいました。だから、私、本当に……うれしくて……」
しゃくりあげながら必死で訴えるメイを、年上なのにかわいいと思った。
一人の人間として扱うなんて、そんなの当たり前のことなのに。
でも、メイにとっても、私に偏見なく接してくれたのは「当たり前」のことだったのかもしれない。
何気ないことがお互いの心を温かくするって、なんだかいいよね。
「そう言ってくれてありがとう。私も専属がメイでよかったと思っているわ。これからもよろしくね、メイ」
メイがしばらく考え込む。
そして袖でごしごしと目元をぬぐって、笑顔を見せた。
「はい、よろしくお願いいたします。精一杯お仕えいたします!」
きっとメイの中にはまだ罪悪感があるんだろう。
でも、謝罪ばかりしていては私の負担になると考えたのだと思う。やっぱり優しい人だ。
私の専属メイドがメイで、本当によかった。
彼女の手伝いで入浴と着替えを終え、再び一人になる。
そこではっとした。
そうだ、日記……! 私、前回の返事を書くのを忘れてた。
引き出しを開けると、日記が青い光を放っていた。昼間だと青い光は目立たないみたい。
おそるおそる日記を開く。
『織江さん、返事がないけど大丈夫?
もしかしてルシアンに何かされたの?
心配だわ、無事にこれを読んでいるならどうか返事をしてね。』
なんて返事を書こうか迷う。
ルシアンが本当のことを言っているなら、少なくともルシアン関連についてオリヴィアは嘘をついている。
その理由は、よくわからない。もしかしてルシアンに執着しているからとか?
わからない……。
とりあえず、無視していたら怪しまれるかもしれないから無難に返しておこう。
『私は無事です。
ただ、どうしたらいいのかわからなくて色々怖くなってしまって……。
少し、考える時間をください』
ひとまずこれでよしっと。
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