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鬼のセンチネル
陰陽師の共感覚
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――帰りたくない。
藤は窓の外を眺めながら通行人を見ていた。物思いにふけっているうちに日が沈んでいる。頼んだコーヒーはとっくに冷めていた。
窓にポツポツと雨粒が当たり、現実に引き戻される。
「あ、帰らなきゃ……」
別に門限は決まっていない。ただ、帰りが遅いと玖賀はとにかく機嫌が悪くなる。カフェの会計を済ませて外に出れば、雨が強く降ってきた。
「最悪だ……走ればいいか」
最初は小雨だったのが、次第に雨足が強くなる。バチャバチャと水たまりを踏んづけて走った。
「傘を持ちながらだと走りにくいしな……」
藤は傘をさす人たちを見ながら帝都を駆け抜けた。
家に帰れば、藤の予想通り玖賀は怒っていた。
不機嫌になった玖賀をなだめる。怒っている理由を聞き出せば、センチネルが現れ召集がかかっていたらしい。召集があれば、陰陽寮の人間が藤の元に知らせにくるのだが来なかった。
――カフェにいる間、なにかあったのだろうか? まさか宍色の男が……いや、わざわざ能力を使って話をしたんだ。派手な行動はとらないだろう。
藤は召集が来なかったことを玖賀に伝えたが信じてもらえなかった。
「そんなはずはないだろう。お前が任務を放棄したんだ」
玖賀はそれの一点張りで藤の話を聞こうとしなかった。
「そんなことしないって……人質とられてるのに」
「人質? なんのことだ」
「あ……」
うっかり口を滑らせてしまった。宍色の男のせいだ。能力で見た列車の景色を見たせいで、村に残してきた弟を思い出してしまう。
「いいや、何でもない」
藤は鼻を指でかく。陰陽寮はもちろん玖賀も信用はしていなかった。ただでさえ敵塗れだと言うのに、これ以上、弟の敵を増やしたくはない。
「陰陽師が私という武器を手に入れたのだから、嬉しいのだろう?」
玖賀は藤の顎を持ち上げた。藤は口をつぐむ。
「嬉しくなんてない……僕、僕は……」
藤は口を開きかけてやめた。玖賀の境遇から考えれば、眠っているのを勝手に起こされ、苦しみながら生きている。『陰陽寮に言われたから関係を持った』なんて言えば、関係は悪化するだけだ。
「お前が嫌がると言うならば、私は生き地獄を生きようか」
言葉が続かない藤に対し、玖賀は吐き捨てるように言った。
「え?」
「私にはまだまだ力が足りぬ。お前がどこかに行っている間も苦しんでいる」
玖賀は頭を抱え、ため息をつく。
「そうなんだ……知らなかった」
藤は目を伏せた。本当はわかっていたが、知らないふりをしていた。自らの自由を優先したかったからだ。
「陰陽師なのに、共感覚を持っていないのか」
陰陽師には『共感覚』と言って周囲の感情を感じ取ることができる能力がある。そのこともあって、世間から穏やかで従順な性格と思われがちだ。
「そう……かもね……」
藤は目をそらし、言葉を濁した。
「ならば、半人前と言ったところか。それならば、よりいっそう身体を合わせねばならぬな」
玖賀の手が藤の軍服の袖に入って来た。中にシャツを着ているため、直接肌には触れられないが、シャツ越しに胸を弄ってくる。
――やっぱり、そうなるよな……。
藤は半分あきらめ状態で身体を許した。
「身体をよこせ。そうすれば、浅草で女どもと寝てようが許してやる」
玖賀は藤を布団の上に押し倒す。藤の軍服を脱がして肌に触れた。
藤は窓の外を眺めながら通行人を見ていた。物思いにふけっているうちに日が沈んでいる。頼んだコーヒーはとっくに冷めていた。
窓にポツポツと雨粒が当たり、現実に引き戻される。
「あ、帰らなきゃ……」
別に門限は決まっていない。ただ、帰りが遅いと玖賀はとにかく機嫌が悪くなる。カフェの会計を済ませて外に出れば、雨が強く降ってきた。
「最悪だ……走ればいいか」
最初は小雨だったのが、次第に雨足が強くなる。バチャバチャと水たまりを踏んづけて走った。
「傘を持ちながらだと走りにくいしな……」
藤は傘をさす人たちを見ながら帝都を駆け抜けた。
家に帰れば、藤の予想通り玖賀は怒っていた。
不機嫌になった玖賀をなだめる。怒っている理由を聞き出せば、センチネルが現れ召集がかかっていたらしい。召集があれば、陰陽寮の人間が藤の元に知らせにくるのだが来なかった。
――カフェにいる間、なにかあったのだろうか? まさか宍色の男が……いや、わざわざ能力を使って話をしたんだ。派手な行動はとらないだろう。
藤は召集が来なかったことを玖賀に伝えたが信じてもらえなかった。
「そんなはずはないだろう。お前が任務を放棄したんだ」
玖賀はそれの一点張りで藤の話を聞こうとしなかった。
「そんなことしないって……人質とられてるのに」
「人質? なんのことだ」
「あ……」
うっかり口を滑らせてしまった。宍色の男のせいだ。能力で見た列車の景色を見たせいで、村に残してきた弟を思い出してしまう。
「いいや、何でもない」
藤は鼻を指でかく。陰陽寮はもちろん玖賀も信用はしていなかった。ただでさえ敵塗れだと言うのに、これ以上、弟の敵を増やしたくはない。
「陰陽師が私という武器を手に入れたのだから、嬉しいのだろう?」
玖賀は藤の顎を持ち上げた。藤は口をつぐむ。
「嬉しくなんてない……僕、僕は……」
藤は口を開きかけてやめた。玖賀の境遇から考えれば、眠っているのを勝手に起こされ、苦しみながら生きている。『陰陽寮に言われたから関係を持った』なんて言えば、関係は悪化するだけだ。
「お前が嫌がると言うならば、私は生き地獄を生きようか」
言葉が続かない藤に対し、玖賀は吐き捨てるように言った。
「え?」
「私にはまだまだ力が足りぬ。お前がどこかに行っている間も苦しんでいる」
玖賀は頭を抱え、ため息をつく。
「そうなんだ……知らなかった」
藤は目を伏せた。本当はわかっていたが、知らないふりをしていた。自らの自由を優先したかったからだ。
「陰陽師なのに、共感覚を持っていないのか」
陰陽師には『共感覚』と言って周囲の感情を感じ取ることができる能力がある。そのこともあって、世間から穏やかで従順な性格と思われがちだ。
「そう……かもね……」
藤は目をそらし、言葉を濁した。
「ならば、半人前と言ったところか。それならば、よりいっそう身体を合わせねばならぬな」
玖賀の手が藤の軍服の袖に入って来た。中にシャツを着ているため、直接肌には触れられないが、シャツ越しに胸を弄ってくる。
――やっぱり、そうなるよな……。
藤は半分あきらめ状態で身体を許した。
「身体をよこせ。そうすれば、浅草で女どもと寝てようが許してやる」
玖賀は藤を布団の上に押し倒す。藤の軍服を脱がして肌に触れた。
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