鬼のセンチネル

弓葉

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玖賀の過去

取るに足らない地方伝承

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 鬼と生まれし者より、人成りの方が鬼らしい。

 執念深さ、恨み、嫉み、鬼の棲処は人の心。

 そう言って見知らぬ男は指先を爪で切った。ポタポタと血が垂れている。

「飲め」

 差し出された手を無視する。土蜘蛛つちぐもと名付けられ、追いかけられたが人間だ。血は飲まぬ。

「いらん」

 見知らぬ男に顔をそむける。すると、男は顔を掴んできた。 

「死ぬぞ」

 その時、初めて男の顔を見た。目が赤く光っている。獣のような目だ。だが、獣が話しているところなど見たことがない。どうやら、人と違えば異形を呼ぶらしい。

「なんだ、お前は……」

 うまれて初めて、未知なるものに恐れを成した。

「我は青葉のおぬ

 ザワザワと木々がざわめき、風が強く吹く。曇が流されゆっくりと、月が男の姿を浮かび上がらせる。

 ゴツゴツとした醜い顔だ。だが、人ではない。二本の角が生え、髪は短く白く染まっていた。山姥のような見た目、低い声と体型から男と判断した。 

「お主、名はなんという?」

 陰は口を開けると、鋭い牙が見える。犬のような鋭い獣の歯。肉をたくさん喰らっていそうだ。肉片を見つける前に名を名乗ろう。

「玖賀耳之御笠《クガミミノミカサ》」

 侵入者に土蜘蛛と呼ばれて退治された。要するに統治していた土地を奪われた。そう、弱肉強食の世界で負けた男だ。

 たとえ、土地を明け渡したとしても侵入者は玖賀を殺そうとしていた。そういう声が玖賀には聞こえていた。だから、戦った。だが、侵入者の方が戦いに長けていた。こうして草木に塗れて死にかけている。

「玖賀耳之御笠よ、殺したいか」

……殺したい。

「復讐したくないか」

 復讐したい、だがこの身体では……。玖賀は自身の身体を見る。矢と槍が身体に突き刺さり動けずにいた。血もかなり出ている。このままだと目の前にいる陰に喰われぬとも血を嗅ぎつけた他の獣に喰われて死ぬ。

「我の血を飲めば、不老不死の力を得るぞ」

 まだ、陰は玖賀に血を飲ますことを諦めてはいなかった。玖賀は陰の指を見る。陰の指先から落ちた血は地面に生えた草の成長を促していた。

 また、玖賀が流している血と混ざれば死んで黒ずんだはずの血が赤々しく生を取り戻している。まるで血が陰の血を求めるかのように意思を持ち始めていた。

――ほう、面白いな。

 飲めば自分の身体がどうなるのか興味が出た。元々、生まれつき人が考えている声を聴くことができた。今もこうして、よくわからない物の声を聴いている。

「そうか、ならばその不老不死とやらを試してやろう」

 玖賀は血が滴り落ちる陰の指を咥えた。陰の血は燃えるように熱く、舌が熱でヒリヒリする。飲みこむのも一苦労だった。まるで神酒みきでも飲んだかのような喉越し。

 毒かもしれない、と思ったが冷え切った身体が温かくなっていく。陰の血を飲めば不思議な力を得たような気がした。

「うっ……」

 途端に、身体に異変が生じる。ドクドク、と忙しなく血液が巡りだし身体が燃えるように熱くなる。目が痛い、手で目を覆う。

「うが……」

 目が腐り落ち、暗闇に。ドロリ、と自分の肉体が腐り落ちた。

――騙された。

 身体が溶けて再生される。陰のような見た目に変われば、土蜘蛛と呼ばれても相違そうい相違ない。

「ん……」

 次に目を開けた時、世界が変わって見えた。

「あ?」

 さらり、と腕に何かが触れた。髪の毛だ。ただ、髪の毛は黒から白へと変わっている。身体に刺さっていた槍や矢は燃え落ち、黒い塊へと変わっていた。

「美しいな」

 陰は玖賀の姿見て嬉しそうに笑った。玖賀は自分の見た目が変わったことに気づいていない。玖賀の姿は鬼へと変わっていた。

「ようこそ、地獄の釜へ」

 その時、意味が分からなかった。だが、今だとわかる。今まで一人で生きてきたが、この日を境に独りじゃ生きることができなくなった。
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