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79 ……答えは簡単です。その必要がないからですわ

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「オレのこと、責めたり、怒ったりしないの!? いつものキミなら、ネチネチネチネチ怒るでしょ~!? 大好きなお兄様と大好きな雅さまの邪魔をするなって! それはもうこっちがげんなりするくらいそりゃあ口うるさくてやかましく」
「……今までそんなふうに思ってたんですか? まったく、失礼ですわね」


 こんなか弱い女の子に対して、その言い草は、あまりにもひどい。黄泉様、今けっこうひどいことおっしゃってるってお気付きかしら? 親衛隊の子だったら泣いてましたよ? ……まあ、黄泉様はお兄様のこととなると、少し考えが足りないところがありますから。

 好かれているなんて、そんな希望抱いていなかったけれど……前世の推しにここまでわかりやすく嫌われているとさすがの私も落ち込む。……本当に、どうしてそんなふうになるんだろう? 私は、私が、何のために……今まで黄泉様に小言を並べてきたか! 全然伝わっていなかったんだと思うと、思わずため息をついてしまった。


「黄泉様、聞きましたわよね、何故責めたり、怒ったりしないのかって。……答えは簡単です。その必要がないからですわ」


 元々責めたり、怒ったりしたつもりはなかったんだけど……それは今はいいわ。


「確かにわたくしは昔からとある理由により、お兄様とお姉様、お2人の婚約を望んでいましたし、今でもそうなればいいと思っていますわ。ですから、黄泉様がお姉様にちょっかいをかけていると知った時、黄泉様のお言葉を借りるならすぐにネチネチ言いましたよね?」
「……もしかしなくても怒ってる?」
「いいえ、おかしいですね。怒っているように見えますか? いつも通りですよ。元来げんなりするくらい口うるさくてやかましくネチネチした性格なもので」
「かなり怒ってるんじゃん……」


 脱線した話を戻すように「そんなことより」と会話を軌道修正する。


「そうしたのは、もちろん、2人が結ばれて欲しかったというのもありますが……わたくしなりに、黄泉様のことを考えてのことだったのです」
「……オレ? どうしてここでオレの話になるの?」
「……だって、あなた。絶対後で自分のしたこと後悔して、自分を責めるじゃないですか。親しくなってから、自分の目的のためにお姉様に近づいたご自分を、最低だとか悪い人だとか、しまいには自分は見た目以外は何の取り柄もない人間だとか言って落ち込むじゃないですか……」
「……なんでっ」


 心の中を言い当てられたせいか、彼はそれ以上何も言わなかった。

 おそらく彼は「なんでわかるの」と続けたかったのだろう。わかったというよりは、ただ知っていた・・・・・んです。

 ここは前世でプレイしたことのある、クーデレ系乙女ゲームの世界なんですから──。



***



 数多くの優秀な人材、つまりエリートを輩出してきた麗氷学園というお金持ち学校の最高峰に、高校2年生の五月という変わった時期に転向してきた平凡な少女がいた。

 母子家庭だった少女は母が亡くなったことにより、今まで死んだと思っていた父親に初めて対面し、そして引き取られることになる。

 実は彼女の父親は、とある有名な企業の社長だったのだ。そして彼女の父親は、引き取った少女を無理矢理麗氷学園へ転校させたのだ。

 慣れない環境に戸惑う主人公。親しい友人は出来ず、孤独な毎日。そして繰り返されるいじめの数々。そんな日々で、少女がいじめに合っている所を遭遇した学園の王子様が助けてくれて──!?



 ──と、私が記憶している限りではそんなイントロダクションだった気がする、私が転生してしまった乙女ゲームは。

 どのルートにも共通しているのは、最初にいじめから助けてくれるのは学園の王子様である『一条青葉』こと、この世界での私のお兄様であること。

 乙女ゲームにしては珍しい全攻略キャラ冷めてる、このゲームの攻略キャラは全部で4名。

 金髪碧眼、この学園の王子様である『一条青葉』。大好きな姉にしか笑顔を見せなない、ツンデレ担当『有栖川赤也』。自分と青葉しか愛せない、俺様ブラコン『一条真白』。そして、女の子にチヤホヤしてもらうの大好き、学園一のフェミニストである『西門黄泉』。


 ──そう、『西門黄泉』はその中でもフェミニストという立ち位置だった。


 主人公である『結城桃子』は青葉という初めての友人が出来てから、黄泉からちょっかいをかけられるようになる。口説かれているのだと理解しているものの、彼の本心は別にあるような気がする桃子。親しくなるにつれて、彼は青葉の婚約者である『立花雅』のことが好きで自分に近づいてきたのだと発覚し、関係が険悪になるのだ。


『……黄泉様の本当に好きな人は、雅様だったんですね』
『……うん、そう。ごめんね~? キミが一条と親しくするとあの子すごく悲しそうな顔するからさあ……。見た目以外は何の取り柄もないオレには、キミをオレに夢中にさせてあいつから引き離すことしか思いつかなかったんだよね~』
『……なんとなく、黄泉様の本心はどこか別のところにあるような気がしてましたので、あまり驚きませんでしたが……実際言葉にされると落ち込みますね』
『……桃子』


 この時既に黄泉は桃子に惹かれていたのだが、彼女を利用しようとした自分には想いを伝える資格なんてないと自分を責めるのだ。


『……それでも、私は黄泉様がっ……』
『もしかして、まだオレのこと『いい人』だなんて思ってる~? アハハ! 傑作! それはキミを利用するための演技。ホントのオレは悪い人だよ。自分のことしか考えられない、最低な奴なんだよ』


 あの時そうだったように、たとえお姉様やお兄様が許してくれても、あなたは自分のことを許すことができない。──あなたはそういう人だから、私はずっとたとえあなたに嫌われようとも小言を言い続けてきたのだ。なのに、全然伝わってなかった。……まあ、別にいいけどね。


 この世界があのクーデレ系乙女ゲームの世界で、自分がメインキャラの『一条青葉』の妹『一条瑠璃』だと気づいた時は嬉しかった。


 だって、あのゲームの青葉には妹なんていなかったはずだ。私は元々いるキャラではなく、新たに『一条瑠璃』としてこの世界で生を得たのだ。それは多分私の大好きだった『立花雅』様のキューピットになるため。

 ああ、誰かの『代わり』なんかじゃない、私だけの役目。私のずっと欲しかったもの。それがやっと手に入ったような気がした。

 でも、彼女は私が憧れ会いたかった『立花雅』ではなく、私と同じ転生者だった。無意識の内に、あのゲームの『立花雅』と同じだと思い込んでいて、肝心の彼女自身のことは全然見ていなかった。

 お兄様を一途に恋い慕う、その真摯でひたむきな『立花雅』の想い。その想いを成就させようと、私がしてきたことは全て自分勝手な行動で、それに気付くまで随分時間がかかっちゃった。

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