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少年は意表を突かれた(絵有)
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「なんで、そう思ったわけ?」
今までと打って変わった冷たい声に驚いて、口ごもりながら返答した。
「えっ……と、あ、あの……さっきのお店に、時々顔を出されると、聞いたので……」
「へえ? 誰から?」
「こ、これ……」
寺で渡された封筒を取り出し、男に差し出した。表にはホンジョウ宛とだけ書かれている。五親王の五の字もない。早まったかと少し後悔した。
彼はそれを手に取ってすぐ裏返し、印を確認した。
「ふ~ん……」
意味深な相槌だった。封筒は素っ気無く返された。
「……わかった」
何が?
男の反応の意味がわからず、戸惑ってみんなを見た。アイラスはともかく、他の二人も訝しげな顔をしていた。
その時、ザラムが後ろを振り返った。先程の店があった方向だ。ロムは警戒して一歩進み出た。
程なく、武官のような男が一人走ってきた。走り方から、只者でないことは見てとれた。ザラムと共に、腰の獲物に手を伸ばした。
「ちょ、ちょっと待って! 彼は追手じゃないから!」
走ってきた男が立ち止まった。声を張り上げて呼んだ名に、場が凍りついた。
「五親王!!」
ロムは、呼んだ男と呼ばれた男を交互に見た。
「あ、あなたが? 五親王、なんですか!?」
「あーあ……カッコよく名乗りをあげようと思ったのに。先にバラされちゃったな」
アイラス以外、開いた口が塞がらなかった。何、何? とキョロキョロする彼女に、トールが説明していた。
男……五親王は頭をかきながら、照れ臭そうに笑っている。よく見ると威厳が……いや、全く感じられない。わざわざ庶民の服まで着て。詐欺でしょう、これは。
むしろ今来た武官のような従者の方が、礼儀正しく尊厳があった。
その従者が、張りのある声で叱りつけるように言った。
「心配させないで下さいよ。何度も申し上げているでしょう? お供も連れずに外城に出るのは、もう止めて下さい」
「わかったわかった」
全然わかってなさそうに見える。マイペースなところは、アドルに似ていると思った。
五親王は、まだ何か言いたげな従者を無視して、ロムに向き直った。
「俺ん家、すぐ近くなんだ。詳しい話は、そこでね」
歩き始めると、すぐに五親王が距離を詰めてきて、耳元で小さくささやいた。
「さっきの出来事は内緒で頼むよ?」
「は、はい」
「無駄ですよ」
背後から、不機嫌そうな従者の声が聞こえた。恐る恐る振り返ると、厳しい顔をした彼が立っていた。
「店の主人から一部始終を聞いていますからね。奥方様が随分と心配してらっしゃいましたよ」
「あちゃー……」
諌められて顔をしかめる姿には、やっぱり威厳なんぞ微塵も感じなかった。
帝国の王朝は上下関係が厳しいと聞いていたのだけど、実情は少し違うんだろうか。
「金の髪の少年……」
従者の表情がふっと和らいだ。
近くで見ると、彼は五親王よりも若く見えた。自分の少し上くらいに思える。
「君が助けてくれたと聞いています。ありがとうございました」
丁寧に頭を下げられて慌てた。
「い、いえ、そんな……」
「こんな人でも親王ですので」
そう言うと、また眉間にシワを寄せた。五親王はバツが悪そうに、明後日の方を向いた。
しかしすぐ、何かを思いついたようにくるりと身体を戻した。悪戯っ子のような笑みを浮かべていて、嫌な予感しかしない。
「そんなに心配してるならさ、お前先に行って無事を伝えてくれよ。ああ、恩人をもてなす準備も頼んどいて。いや、心配すんなって。この子、お前に匹敵するくらいつえーから」
途中、従者が口を開きかける度に、被せるように畳み掛けていた。従者は不満そうな顔で一礼し、先に走って行ってしまった。ちょっと同情した。
その背中が見えなくなってから、ようやく五親王は歩みを進めた。随分と遅い。マイペース極まりない。
歩きながら子猫の頭を撫でていて、アイラスが羨ましそうに覗き込んだ。
視線に気づいた五親王が、猫をひょいと渡した。彼女は戸惑いながら受け取り、優しく抱きしめた。可愛い。
「あの猫、どうするんですか?」
「あんな奴には返せないよ。うちで飼うかな……」
「奥方様に叱られないんですか?」
従者への同情から、さっき彼が言ったセリフを引用して、意地悪く言ってみた。
五親王は少し笑っただけで、何も答えなかった。
尻に敷かれていると想定して言ったのだけど、少し違ったかもしれない。
「あの女の子は喋れないの?」
「ええ。この辺の言葉を知りません」
「そっかぁ。うちの家内に、ちょっと似てるなぁ……」
えっと思って五親王をマジマジと見た。とても愛おしそうな目だった。そんな目でアイラスを見ないで欲しい。
ふと思い出した。帝国の王朝は一夫多妻制。まさかと思って、慌てて付け加えた。
「あ、あの子は、まだ十歳ですよ……!?」
「やだなぁ。そんなつもりで言ったんじゃないよ」
早まった。顔が熱くて、鏡を見なくても赤くなっているのがわかった。
したり顔で笑う五親王の視線が痛かった。
恥ずかしくて、うつむいた。
「君の大切な子なんだね」
優しい声に顔を上げて、五親王を見た。それから、子猫とじゃれ合うアイラスを見た。
「はい……」
小さく答えると、胸の奥が締め付けられるような気がした。
今までと打って変わった冷たい声に驚いて、口ごもりながら返答した。
「えっ……と、あ、あの……さっきのお店に、時々顔を出されると、聞いたので……」
「へえ? 誰から?」
「こ、これ……」
寺で渡された封筒を取り出し、男に差し出した。表にはホンジョウ宛とだけ書かれている。五親王の五の字もない。早まったかと少し後悔した。
彼はそれを手に取ってすぐ裏返し、印を確認した。
「ふ~ん……」
意味深な相槌だった。封筒は素っ気無く返された。
「……わかった」
何が?
男の反応の意味がわからず、戸惑ってみんなを見た。アイラスはともかく、他の二人も訝しげな顔をしていた。
その時、ザラムが後ろを振り返った。先程の店があった方向だ。ロムは警戒して一歩進み出た。
程なく、武官のような男が一人走ってきた。走り方から、只者でないことは見てとれた。ザラムと共に、腰の獲物に手を伸ばした。
「ちょ、ちょっと待って! 彼は追手じゃないから!」
走ってきた男が立ち止まった。声を張り上げて呼んだ名に、場が凍りついた。
「五親王!!」
ロムは、呼んだ男と呼ばれた男を交互に見た。
「あ、あなたが? 五親王、なんですか!?」
「あーあ……カッコよく名乗りをあげようと思ったのに。先にバラされちゃったな」
アイラス以外、開いた口が塞がらなかった。何、何? とキョロキョロする彼女に、トールが説明していた。
男……五親王は頭をかきながら、照れ臭そうに笑っている。よく見ると威厳が……いや、全く感じられない。わざわざ庶民の服まで着て。詐欺でしょう、これは。
むしろ今来た武官のような従者の方が、礼儀正しく尊厳があった。
その従者が、張りのある声で叱りつけるように言った。
「心配させないで下さいよ。何度も申し上げているでしょう? お供も連れずに外城に出るのは、もう止めて下さい」
「わかったわかった」
全然わかってなさそうに見える。マイペースなところは、アドルに似ていると思った。
五親王は、まだ何か言いたげな従者を無視して、ロムに向き直った。
「俺ん家、すぐ近くなんだ。詳しい話は、そこでね」
歩き始めると、すぐに五親王が距離を詰めてきて、耳元で小さくささやいた。
「さっきの出来事は内緒で頼むよ?」
「は、はい」
「無駄ですよ」
背後から、不機嫌そうな従者の声が聞こえた。恐る恐る振り返ると、厳しい顔をした彼が立っていた。
「店の主人から一部始終を聞いていますからね。奥方様が随分と心配してらっしゃいましたよ」
「あちゃー……」
諌められて顔をしかめる姿には、やっぱり威厳なんぞ微塵も感じなかった。
帝国の王朝は上下関係が厳しいと聞いていたのだけど、実情は少し違うんだろうか。
「金の髪の少年……」
従者の表情がふっと和らいだ。
近くで見ると、彼は五親王よりも若く見えた。自分の少し上くらいに思える。
「君が助けてくれたと聞いています。ありがとうございました」
丁寧に頭を下げられて慌てた。
「い、いえ、そんな……」
「こんな人でも親王ですので」
そう言うと、また眉間にシワを寄せた。五親王はバツが悪そうに、明後日の方を向いた。
しかしすぐ、何かを思いついたようにくるりと身体を戻した。悪戯っ子のような笑みを浮かべていて、嫌な予感しかしない。
「そんなに心配してるならさ、お前先に行って無事を伝えてくれよ。ああ、恩人をもてなす準備も頼んどいて。いや、心配すんなって。この子、お前に匹敵するくらいつえーから」
途中、従者が口を開きかける度に、被せるように畳み掛けていた。従者は不満そうな顔で一礼し、先に走って行ってしまった。ちょっと同情した。
その背中が見えなくなってから、ようやく五親王は歩みを進めた。随分と遅い。マイペース極まりない。
歩きながら子猫の頭を撫でていて、アイラスが羨ましそうに覗き込んだ。
視線に気づいた五親王が、猫をひょいと渡した。彼女は戸惑いながら受け取り、優しく抱きしめた。可愛い。
「あの猫、どうするんですか?」
「あんな奴には返せないよ。うちで飼うかな……」
「奥方様に叱られないんですか?」
従者への同情から、さっき彼が言ったセリフを引用して、意地悪く言ってみた。
五親王は少し笑っただけで、何も答えなかった。
尻に敷かれていると想定して言ったのだけど、少し違ったかもしれない。
「あの女の子は喋れないの?」
「ええ。この辺の言葉を知りません」
「そっかぁ。うちの家内に、ちょっと似てるなぁ……」
えっと思って五親王をマジマジと見た。とても愛おしそうな目だった。そんな目でアイラスを見ないで欲しい。
ふと思い出した。帝国の王朝は一夫多妻制。まさかと思って、慌てて付け加えた。
「あ、あの子は、まだ十歳ですよ……!?」
「やだなぁ。そんなつもりで言ったんじゃないよ」
早まった。顔が熱くて、鏡を見なくても赤くなっているのがわかった。
したり顔で笑う五親王の視線が痛かった。
恥ずかしくて、うつむいた。
「君の大切な子なんだね」
優しい声に顔を上げて、五親王を見た。それから、子猫とじゃれ合うアイラスを見た。
「はい……」
小さく答えると、胸の奥が締め付けられるような気がした。
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